終わりの襲来1
錬星盤を起動したクロムが八ツ星錆を倒したものの、
独立機工都市に今度は月貴族が襲来する。
独立機工都市の上空を埋め尽くすのは月貴族の降下船と神装機兵たち。
連中からの散発的な攻撃が続いてるが、今はただの威嚇に過ぎない。
本格的な攻撃が始まれば市街地は火の海に変わるだろう。
『……兄さん、兄さん聞こえる?』
「アルミナ!? 状況は?」
『月貴族の襲撃です。あの子の言ってたことは本当だった……兄さんもすぐ地下駐車場に……』
「アルミナ……? くそっ!」
通信が途切れがちなところを見ると何らかの妨害でも行われているのか。
アルミナの能力を上回る者がいるとは到底思えないが、月貴族の技術ならありえなくもない。
問題は彼女が示した先である。
地下駐車場の名前は先程もナトリ先生の口から聞いていた。おそらく事前に脱出の準備でも整えていたのだろう。
だが、自分達だけ逃げてもいいものか。
「せんせぇ、クロムさん……この音、なに?」
リンも心配そうに様子を見ている。
まだ幼い彼女に外の光景は刺激が強すぎるだろう。
いずれにせよ二人を連れて逃げるべきか……迷うクロムにナトリは、
「クロっち、君には君にしかできないことをやるっス。
それとこれを……」
「これは……?」
彼女が差し出したのは小さなアンプルケース。中には見慣れぬアンプルが5本と無針注射器が入っていた。
おそらく例の薬だろう。
「念のためこれを持っていくっス」
「先生たちは?」
「うちらは大丈夫。それより、急ぐっスよ」
言われて暫し考える。
錬星盤を使えるようになったら世界を救う旅に出るというのは、ジルコン団長も承認済みの事柄だった。
これほど急に別れが来るとは思わなかったが、早いか遅いかの違いでしかない。
それでも、月貴族という仇敵の襲来に何もできないというのは歯痒かった。
「だったら、せめて……」
アンプルの一本を取り出し、それをナトリ先生に渡す。
「これをリンに」
「君は相変わらずっスね……わかった、彼女の事は任せるデスよ」
「クロムさん……」
ちらりと親友の妹に目をやると、幼い少女はクロムを気遣うような視線を返していた。
それを何でもないといったように軽く頭を撫でると、リンは子犬のように頭を摺り寄せてくる。
ひとしきり堪能してから、クロムは踵を返して走り出す。
「他のみんなは……まあ、心配ないか」
窓の外には、既に地上に降り立った自律機械の制圧部隊の姿も見える。
強行突破するなら彼等は間違いなく障害になるだろう。
問題は自分の体がどこまでついてくるか。
薬の副作用だろう左半身の感覚の喪失は続いている。錬星術はもちろん、普通の錬金術も使いこなせるか怪しい。
それでも前に進むしかなかった。
●
少し時間は遡る。
八ツ星の錆の討伐後、帰還したステインは暫しの休憩の後に呼び出しを受けていた。
本来ならリンの様子を見に行くついでにクロムの見舞いでもしようかと思っていたので、少し機嫌が悪い。
まだまだ慣れない本部内の通路を進みながら、地下駐車場を目指す。
「んー、ここか?」
たどり着いた地下駐車場の一角には仕切りがあり、そこで作業している見覚えのある人物を見付け、おそるおそる声を掛ける。
その男は慌ただしく作業していたが、仰々しく振り向くと、
「おお、来たか。思ったより早かったな……ん? クロムの姿が見えないではないか。一緒に来いと言っただろう?」
「あれ? そうだったか?」
「……まあいい。反応を二度楽しめるというものだ。それにしても、ステイン君とは久し振り……というほど前ではないが」
入団テストが5、6日ほど前だったことを考えると、ここ最近の出来事が目まぐるしすぎる。
この独立機工都市に来てからも2週間に満たない。
「それでおっさん……ええと、用事は何だ?」
「……クラインだ。まさか私の名前を忘れたわけではあるまいな?
まあいい。君達フェルミ班が特別任務で錆漠を越えるから急ぎ乗り物を用意しろと団長に言われてな……一から作るのも大変なので、君の乗ってきたバスを改造させてもらった。
旧時代の遺物だから頑丈さは折り紙付き。錬成機関の出力を50%上昇し、最新式の軽量錬装合板で装甲も補強しておいた。タイヤも丈夫な軍用のチューブレスに取り換えておいたぞ」
「おお!」
仕切りを退けながらクラインは自慢げに説明する。
そこにあったのはステインが乗ってきたスクールバス。錆漠を渡ってボロボロだったのに、新品同然に整備されていた。
これなら再度の錆漠越えにも耐えられるだろう。
「さらに内装も大幅に改修してある。
特に運転席周りはプロ仕様だ!」
「な、なんかよくわからんがすげーな!」
クラインの説明は回りくどいが、要するに物凄くパワーアップしたらしい。
白銃のシャムロックが瓦礫の中から復元したスクールバスではあるが、彼の腕前もなかなかのものだろう。
「あとは物資を積み込めば……む?」
「なんだ?」
その矢先、どこか遠くで爆発音が響く。
顔をしかめる二人に今度は近場からの爆発音と、警報が聞こえてきたことによりようやくそれが何者かによる攻撃だと気付いた。
「襲撃? 帝国か!?」
「いや、この様子だと月貴族のようだな。でなければここまで接近に気付かないはずがない」
クラインの予想は当たっていた。
であれば状況はかなり切迫している。
「なるほど、道理で……」
『イン……ステインさん、無事? 私達も地下駐車場に向かって……兄さんも無事みたい……そっちに……』
「アルミナ? ちっ、通信が……リンは無事か?」
辛うじて通信が聞き取れるが、目下の心配は妹の安否である。
リンを置いて自分達だけ逃げ出すわけにはいかない。
「ステイン君、落ち着きたまえ。妹御はナトリ先生のところであろう?
であればこの街で一番安全だ。私が保証する」
「どうしてそんなこと言いきれるんだよ!」
「とにかく落ち着くのだ。まだ万全ではない彼女を連れて錆漠を渡る方がよっぽど危険だとわかるだろう?」
「……くっ!」
そんなことは実際に錆漠を渡ったステインもよくわかってる。
わかっていても、感情が受け入れてくれない。
リンはこの世に残されたたった一人の家族なのだ。それを守ることが自分の生き甲斐だと断言できるくらいに。
だが、もし彼女を連れて逃げれたとして、その先に頼れるものなど何もない。
「わかったよ……取り乱して悪かった」
「ふむ、冷静さも錬金術師には必要な資質だ。
さて、となると問題はあれだな……」
ようやく落ち着きを取り戻したステインに、クラインは厳しい声で警戒を促す。
その視線の先、地下駐車場の出入り口から侵入した自律機械の集団が見えた。
当然のようにここも制圧の対象になっているのだろう。
「お仲間が来るまで時間を稼ぐぞ、ステイン君」
「応よ!」
バールを錬成しながらステインが応じる。
今ここで移動手段を失うわけにはいかない。
地下駐車場を舞台に二人の戦いが始まろうとしていた。
●
「月貴族の襲来……こないな時にかなんなぁ」
「どうしますの?」
「どうもこうも……予定通りアルミナはんとお姫様を回収して地下駐車場に向かうしかあらへんやん」
空を覆う神装機兵を見上げながら、フェルミは小さく嘆息する。
彼女が子供の頃に何もかも奪っていった仇敵……怒りに任せて行動するのはたやすいが、班長という立場がそれを許さない。
傍で見ていたレベッカも、せいぜい連中が彼女の逆鱗に触れないことを祈るしかなかった。
「通信に応答なし……どういうことですの?」
「嫌な予感がするなぁ……とにかく、まずはアルミナはんと合流しましょ」
その間にも降下部隊の自律機械が本部を占拠しようと迫っている。
二人の前にも人型の自律機械の集団が立ち塞がっていた。
「押し通りますぇ!」
眼前の敵などものともせず、フェルミが小柄な体に似合わぬ脚力で通り過ぎる。
それを追うように自律機械が振り返ろうとし、そのままバラバラになって崩れ落ちていた。
どうやら通り過ぎる瞬間に髪の毛で切り裂いたらしい。
「相変わらず凄まじい切れ味ですわね……」
先行するフェルミの後姿を全力で追いかけながら、レベッカは冷や汗を浮かべる。
あまり前面に出ない彼女だが、いざ戦闘となるとその力はとびぬけていた。
これで全力を出していないから余計に恐ろしい。
その進撃を止めるべく、今度は多脚戦車型の自律機械が立ち塞がる。
象ほどのサイズもある分厚い装甲に覆われたそれに、並みの攻撃は通用しないだろう。
「オムニ合金? なら……」
レベッカの爆弾にすらやすやすと耐え切る防御力に、フェルミは思わず歯噛みする。
関節部を狙えば倒せそうだが、そんなまだるっこいこともしてられない。
真っ直ぐに飛び掛かると、その手のひらを正面装甲にぶつける。
ただの掌底、そんなものでオムニ合金を破ることなどできない。
だが、表面に傷一つ付いていないにもかかわらず、多脚戦車型の自律機械は異音を響かせながら活動を停止していた。
オムニ合金を破壊できなくとも、内部に直接衝撃を伝えれば機械は破壊できる、らしい。
「これが錬丹術の裏の力……」
「このまま急ぐで!」
呆然とするレベッカをよそに、さらに彼女は先を急ぐ。
フェルミとナトリが生まれたコロニーは錬金術とは違う独自の技術体系を持った者たちの集団だった。
医学や薬学を中心とした錬丹術を扱う彼等は、最終的には不老不死の秘薬を生み出し仙人に至るのが目標とされている。
だが、その錬丹術には裏の顔があった。
自身の肉体を強化し、より破壊的な力を引き出す……そうして生まれたのが戦闘に適した竜の業。己が身を竜と化し破滅すら厭わない暴力的な戦い方である。
それ故に反動も大きいらしく、彼女が直接戦闘する姿は滅多に見ることができなかった。
せいぜい竜の髭と呼ばれる髪の毛を使う技を披露するくらいである。
いわば表の錬丹術を受け継いだのがナトリで、フェルミは裏の錬丹術を受け継いだらしい。
その容姿から小龍とも呼ばれる彼女であるが、団員内でもその本当の実力を知る者は少ないだろう。
「アルミナはん!」
指令室へ続く廊下の先、自律機械に追われる青髪の少女の姿を見付け、フェルミが一目散に飛び込んでいく。
ただの蹴りで一機を撃破し、振り向きざまに流れるような回し蹴りで二機を撃破、残敵がいないのを確認してようやく一息ついた。
「アルミナさん、無事ですの?」
「ええ、ただ……」
能力を発動させながら、アルミナは戸惑うような反応を見せた。
戦闘能力が殆どない彼女が機工師団に所属してるのも、ひとえにその情報収集能力によるものである。
しかし、いつもは街全体をカバーできるほどのその能力が殆ど機能していない。
「あの時と同じ……何者かに邪魔されてる」
「それじゃ、お姫様の居場所も……」
以前彼女たちを見失ったのはイオン自身の能力によるものだろう。
しかし今回は違うらしい。
おそらくそれ以上の力を持った何者か。それがアルミナの能力を妨害している。
冷静なフェルミの背中にも冷たいものが走った。
「ひとまず地下駐車場に向かいましょ。みんなと合流して、それからお姫様の保護に向かうで」
「わかりましたわ……」
事態は急を要する。
フェルミ班の行く先に暗雲が垂れ込め始めるのを誰もが自覚していた。




