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ラストワールド  作者: しじまゆう
第一章 錆びる世界
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迫り来る危機3

 アーケンローズに迫り来る八ツ星の錆。

 覚悟を決めたクロムは錬星盤を起動させる。

 錆漠(さばく)を割り裂き巨大な建造物が姿を現す。

 直径10キロにも及ぶ独立機工都市アーケンローズ、それを取り巻くように蜷局(とぐろ)を巻いた蛇のような何かが砂礫の中から浮上していた。

 その衝撃だけで周囲に集っていたただの(ラスト)は消し飛んでいく。


「な、なんですの、これ!?」

「マスドライバーユニット……聞いたことある。このアーケンローズは元々宇宙港やったって」


 かつての(サイバー)崩壊(デストラクション)の折、月貴族(アルテミス)たちが地上を脱出した際に利用したと言われる超高速電磁射出装置の残骸。

 実際にはロケット推進や重力制御技術との併用で無理矢理大気圏を脱出していたらしいが、いずれにせよ旧時代の人類が生み出した最大級の建造物であることは間違いない。

 その全長、なんと50キロにも及ぶ。

 化け物じみたその装置を動かしてるのが、たった一人の若い錬金術師であることを知る者は少ない。


『兄さん、大丈夫?!』

「ああ、問題ない」

『でも、腕が……』


 錬星盤(エメラルドタブレット)を持った左手から手首ほどまでが錆に浸食されている。

 それは自分の許容量以上の力を行使している証に他ならない。


「これくらいどうってことないさ。それより、目標の観測情報を頼む」

『わ、わかった! 目標、依然動かず……』

「射角調整。標的は八ツ星(ラスト)、第一射装填、シリンダー内の圧力軽減、電力供給50%……60……70……」


 一度は砂に埋もれ朽ち果てた兵器が唸りを上げる。

 その代償にクロムの左腕が肘のあたりまで錆に浸食されていく。


「80……90……100%、弾体加速開始、発射まで10秒、最終調整よし……3、2、1……レーヴァティン、ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 轟音を響かせながら、超音速の砲弾が射出される。

 赤熱する砲弾が直撃するまで一秒余り。八ツ星の巨体では回避すらままならない。

 それでも中心部をそれたのか、翼の根元に直撃した砲弾が、そこにあった黒い賢者の石(アンチフィロソフィア)を消し飛ばし後方の錆漠(さばく)に突き刺さる。


 爆風と衝撃波が過ぎ去った後で、八ツ星の(ラスト)はようやく自分の身に何が起こったのか理解していた。

 怒りに任せて一声吠えるとマスドライバーに狙いを定める。


『目標内に高エネルギー反応、攻撃来ます!』

「砲身冷却、第二射準備。貫通炸裂弾を装填……」


 間に合わない。

 そもそもマスドライバーの再発射には膨大な時間がかかる。

 だが、それも織り込み済み。


 熱線がマスドライバーの砲身を直撃し、先端が切り落とされる。だが、それだけ。

 八ツ星の翼のような放熱板が片方失われた今、あちらもそう簡単に連射はできない。


「砲身高速修復……各部チェック、異常なし。引き続き第二射発射準備……」


 マスドライバーの第二射を止めたければクロムの方を狙うべきだっただろう。

 とはいえたかが酸化現象ごときにそこまでの知恵はない。

 だが余計な力を使った分、左腕を覆った錆は顔にまで到達していた。


『兄さん、もうこれ以上は……』

「安心しろ、もう一射までなら耐えられる!」


 強がりを言いながらも、第二射の最終段階まで進めていく。

 対する八ツ星はアークの反動で暫く動けない。


「電力供給100%、弾体加速開始、最終確認異常なし」


 錆の影響であまり動かない左腕を庇いながら。

 クロムは最後の力を振り絞る。


「3……2……レーヴァティン、発射!!」


 放たれた砲弾が今度こそ八ツ星の中心部を捉えていた。

 それは分厚い装甲などものともせず(ラスト)の体内に食い込むと、さらに圧縮された炸薬が大爆発を引き起こす。

 次の瞬間、轟音とともに超巨大な(ラスト)が爆発四散していた。


『目標の黒い賢者の石(アンチフィロソフィア)、すべて消滅を確認……』

「ははっ、あいつやりやがった……」


 アルミナの報告とステインの称賛を聞き届けながら、クロムはゆっくりと膝から崩れ落ちる。

 もはや立っていることすらままならない。


『……兄さん? 兄さん! 医療班、早く!』

「クロ君! ええよ、うちが運んだる!」


 駆け付ける仲間の足音をどこか遠くに聞きながら。

 その手に握られた物言わぬ錬星盤(エメラルドタブレット)は、鼓動のように不気味な明滅を繰り返すだけだった。


  ●


「何とか撃退したか……」

「これで最低条件は揃ったわ。例の計画、予定通りに進めてもらうわよ」

「わかってる……が、例の件が本当なら、こちらもあまり動けないぞ」

「……仕方ないわね。あの子達だけで後は上手くやって見せるわ」


 いつもの団長室。

 冷や汗をぬぐうジルコンと、いつもの平常心を取り戻したイオンと。

 二人の会話が終わると同時に、世界の再生の物語が進行しようとしていた。


  ●


 どこか見覚えのある場所で目を覚ます。

 嗅ぎなれた薬品の匂い。おそらく本部の医務室だろう。


「お、やっとお目覚めかい? クロっち、大活躍だったみたいっスね」

「ナトリ先生……っ!」


 無理矢理体を起こそうとして、左半身の感覚がないのに気づく。

 バランスを崩すクロムの体を支えながら、ナトリは彼の体をベッドに戻していた。


「薬が効いてるから暫くは動けないっスよ。

 それにしても、あれだけの力の代償とは言え無茶しすぎデスね」

「薬? ホントだ、錆が……ほとんど消えてる?」

「秘薬の効果っスよ。めちゃくちゃ高価だから滅多に使えないんデスけど」


 見る限り左腕が錆びた痕跡はほとんど残っていなかった。

 左手と左頬に少し痣が残ってるくらいである。

 おそらくステインが欲しがっていた薬だろう。それは本来なら希少な錬金術師を錆堕ちから救うための物らしい。


「そうだ、戦況は!?」

「今、残敵の掃討中だよ。じきにみんな戻るっス」

「そっか……」


 自分はみんなの期待に応えられたのだろうか。

 そう思うと同時にこれからの不安も押し寄せる。

 だが、それを覚悟して自分は一歩を踏み出したはずだ。だから後悔などはない。


「僕、出来たんだ……」


 枕元に置いてあった錬星盤(エメラルドタブレット)を見やる。

 相変わらず不思議な鼓動のような明滅を繰り返しているが、それは確かに自分の呼びかけに答えてくれた。

 その意識の深淵の先で繋がった少女の指先の感触さえ思い出せる。


「そういえば、クロっちは例の姫さんと旅に出るつもりなんデスよね?」

「ん? ああ、イオンの事か……」

「それで技研のクライン氏が見せたい物があるから、後で本部の地下駐車場(ガレージ)にステイン君と一緒に来てくれって言ってたけど……」

「…………?」


 クラインと言えばステインの入団試験を担当した試験官だったか。

 たしか本職は技研の技官か何かだったような気がする。

 それがわざわざ二人を呼びつけるとはどういうことだろう。


「ま、薬の副作用も半日あれば落ち着くから、ゆっくり……ん?」

「せんせぇ……おくすり……あ」


 医務室の入口に何処かで見たような7、8歳くらいの女の子が立っていた。

 病衣を着ているところを見ると患者だろうが、ここに一般の人間はいないはずである。

 ただ一人の例外を除いて。


「君は確か……」

「…………あぅ」


 ステインの妹のリンだったか。

 恥ずかしいのか咄嗟にナトリの背後に身を隠す。どうやら体に浮いた痣を見られたくないらしい。

 それは体を錆に蝕まれた後遺症特有の痣であった。


「あれ? お兄さんも……リンと同じ?」

「ん? ああ、これか……」


 クロムの体にも同じような痣があるのを確認し、リンは少しだけ興味を示す。

 どうやら話し掛けるくらいはできそうだ。


「ええと、君はリンだっけ?」

「お兄さん何でリンのこと知ってるの?」

「ああ、リン。こいつがクロムっスよ」

「クロム……さん? あ……!」


 ナトリに説明されて彼女も気付いたらしい。

 今度は驚いた顔をしている。


「リンとお兄ちゃんを助けてくれた人……お礼、言わないと……」


 それでも咄嗟の事で焦っているのか、オロオロしていた。

 先程からコロコロ変わる表情を見ているだけでも面白い。


「あの……ありがと……」

「例には及ばない」

「相変わらず素直じゃないっスね~」

「…………」


 からかうような口調のニトリに、クロムは思わず憮然とする。

 そんな様子を眺めていたリンも、ふふっと笑みを溢していた。


「さて、リンは薬の時間だったな。急患のせいで忘れてた」

「うん、早く良くなって……お兄ちゃんを安心させるの」


 兄思いな所を見ると似たもの兄妹らしい。


 その矢先、本部の警報が鳴り響く。

 赤く明滅するランプが非常事態を告げていた。

 さらにどこからともなく爆発音が鳴り響く。強固な設計の医務室にまで振動が届くあたり、かなり大きい爆発らしい。

 それが立て続けに何度も……さすがにただ事ではないだろう。


「な、なんだ!? (ラスト)の襲撃か……?」

「いや、これは……」


 八ツ星の(ラスト)を殲滅したばかりで次の(ラスト)が襲撃してくるなどそうそうないだろう。

 有り得るとすれば二つ……そのうち最悪の事態が頭をよぎる。


「ぐっ……動いてくれ!」

「ちょ、これ以上無茶しちゃダメっス!」


 クロムが再び起き上がろうとするのを、ナトリが慌てて押し止めようとしていた。

 辛うじて足は動くものの、やはり一人では真っ直ぐ立てもしない。

 それでも気力を振り絞り、心配する医者の制止を振り切って外へ出る。


「…………な!?」

「これは……」


 窓から見上げる空に浮かぶのはまるで鯨のような姿をした降下船。

 それら何隻もの船から天使の姿を模した多数の自律兵器が舞い降りてくる。

 散発的な爆発は奴等の攻撃によるものだろう。


神装機兵(アルコーン)……!」

「って事は、やっぱり……」


 過去に直接見たことがあるのか、ナトリがその姿に歯噛みする。

 二十年の時を経て、彼等は戻ってきた。

 かつて帰還戦争を引き起こし世界を混乱に陥れた元凶。地上を見捨て自分達だけ月に逃れた人類の裏切り者。


月貴族(アルテミス)!」


 クロムが忌々しくその名を口にする。

 空を覆う彼等の影が、まるで天使の喇叭のように新たな戦乱の始まりを告げるのだった。


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