海風〜リーデッヒの手紙
破壊魔から逃げ出した俺とジャスミンだが、館に戻る前についでにと思って聞いてみる。
「ジャスミン。アナーキーはどうしてる?」
「アナーキーですか?」
テレシア女王が健在のうちに兵士を辞めていった若男のことだ。その名前は別に忘れ去られていたものでもない。特にジャスミンとは何かしらの繋がりがあっただろうから。
ジャスミンがアナーキーの居場所について「さあ……」と、とぼけるのも何か意味があるんだろうなと俺は察する。でも、黙っているわけにはいかない。
「アスタリカ帝が王族の遺産について情報を持っていた。ニューリアンの若い兵士から聞き取ったみたいなことを言ってたんだ」
「まさか。アナーキーが情報を流したと言いたいんですか?」
「それをどうなのか聞きたいんだ。アスタリカ帝は素直に教えてくれないだろ」
風が吹く道を歩きながら、空っぽになった民家を見送る。難民の中にアナーキーも紛れてもうとっくに国を出ている可能性もあるだろうか……。なんて考えた。
「居場所なら知ってますよ。でも、あなたのことは相当恨んでいるはずですが」
ジャスミンの案内で、横道に入り街の中心部へと向かった。まだここで仕事をしている馬車を捕まえると、ジャスミンは行き先を指定する。
「ディブラーの海岸までお願いします」
了解して馬車は動き出した。そこは俺が英雄メアネル・エバの名前を取って「エブ」と名付けた港の海だ。
穏やかな波と陽の光でキラキラと美しく輝く。港と言っても貿易船はひとつも止まっていない。また、桟橋に佇む人も居ない。ここは風も止んでいた。
「静かですね」
ジャスミンがそれだけ感想を言ってから「こっちです」と俺を連れていく。
砂浜から離れて低い植物が茂る道を少し歩いた。すると大きな墓が顔を出す。それがメアネル・テレシアの個人の墓。王家の墓地とは別に、彼女の希望を出した場所にこうして建てられたわけだ。
「辺な場所に作ったんだな。別にここから絶景が見渡せるわけじゃないし、粗大ゴミの放置場かと見間違える」
俺はわざと聞かせるために言った。テレシア女王の墓の前に人が居たからだ。慌てて逃げるようなら墓泥棒だっただろう。しかしその人物は違う。
「人殺し……。何しにきたんすか」
俺が見えるとふらりと立ち上がる。刃物も銃も手には持っていないが警戒は必要そうだ。
「心配すんな。墓にものを言いに来たんじゃない。お前に聞きたいことがある」
「……なんすか」
「お前。アスタリカ帝と会ってないよな?」
「……」
海のさざなみが聞こえるほど静か。心当たりが無いか、隠し事でもあるのか。突き詰めてみる。
「アスタリカ帝が、特別隊しか知り得ない情報を話に引き出して来た。情報源は……」
「なんなんすか。それ」
アナーキーは言葉を遮る。
「笑えないっすよ。オレが情報を漏らしたって? ああ……確かに。そうすれば良かったっすね。情報を渡す代わりにお前を殺して欲しいって頼んだら、テレシア様は死なずに済んだかも」
ヘラッと笑うアナーキーが、俺を恨んでいることはよく分かった。
「そうか。お前じゃないなら用はない。邪魔したな」
去って行こうとすると「待てよ」と言われる。それにも待つ必要がないと俺は判断した。風の吹かない海辺でそっと海を眺める時間も惜しい。その上、部外者と長く語っている時間も俺には無いんだ。
「待てって言ってんだろ!!」
後ろから迫ってくる足音は俺に刃物を突き刺さずに、腕を掴んで振り返らせた。ガレロよりも随分と弱い握力に引き止められて、揺れて定まらない瞳に俺は時々映る。
「なんでだよ」
「……」
「なんで全部取っていくんだよ。ジャスミンまで。どうせガレロさんもだろ……」
男の弱音が吐かれている。それを「下らない」と言う人物がいた。一歩先に馬車へ戻ろうと足を進めていたジャスミンが戻ってくる。俺の袖を掴んだ弱々しい手を払いのけた。
「説得は聞きませんでした。もう行きましょう」
俺に言った言葉であり、しっかりとアナーキーにも聞かせたものだ。俺がアナーキーと会う前に二人はすでに何かを話し合っていて。どうも結果に結び付かなかったらしい。
俺のことをいつまでも恨んでいるということは。そういうことだな。事実を受け入れられない奴に、受け入れろと言ったって難しい。
「そうだな。行こう」
「待てって! なあ!!」
再びを腕を掴まれるが、少し振るだけでアナーキーはその場に崩れ落ちた。それでもやるせない思いで今度は砂を投げられる。
「家族も仕事も無い俺とジャスミンをテレシア様は救ってくれたんだ! 一生テレシア様に着いて行くって決めたんだ! なのに! お前が来たせいで……。なんでテレシア様が死ななくちゃならねえんだよ! おかしいだろ……なあ!」
砂を投げながら。鼻をすすって声を返しながら叫んでいる。
「お前がこの国に来たから全部壊れたんだ! お前が俺たちに関わったから全部無くなったんだ! お前がテレシア様を殺したんだ! どうせ何とも思ってないんだろ。軍人は人を殺すことに慣れてるもんな。テレシア様の命もただの道具だと思ってんだろ!?」
「アナーキー!!」
ジャスミンを怒らせた。今にも飛びかかって殴りかかりそうだった彼女の肩を、俺は寸前で引き止められた。それでももがきながら、地面に伏せるこの最低最悪の男を蹴り上げたいと足をバタつかせている。
「落ち着け。怒る価値も無いだろ」
「そうですがこんな侮辱は許されません! ここで殺します!」
殺意を剥き出すジャスミンに対して、アナーキーは抵抗しない。生きていても仕方ないと嘆くよりも、いっそ死んだ方が清々しいと開き直っていた。
更には、開き直ることでジャスミンを挑発できると知ってもいた。バカのアナーキーでも頭を使える。俺は余計にジャスミンを止めなくちゃならない。
「殺すな。そいつは一生生かしておくんだ」
「どうして!!」
「テレシア女王の命令を勝手に破ったんだろ? その制裁だと思ったら良い」
ジャスミンとアナーキーはテレシア女王に同じ命令を受けている。それは『テレシア女王が死んだら俺に仕える』という内容で。俺は別に嬉しく思ってないけど、ジャスミンは女王の意思を継いで今一応ここに居る。
ついでに言うと、ガレロは女王に何を指示されているかは分からない。しかし女王と一番近い場所に居たあいつが、いつまでも俺を殺さなかったのはただの意気地なしという理由だけじゃないはずだ。
テレシア女王が、自分から死ぬことを告げたかどうかは知らない。それでも詮索せずに女王を信じて、最後まで女王を支えたのは紛れもなくジャスミンとガレロだ。今も意思は変わっていないと信じたい。
だったら。女王の元から去ったアナーキーは……。
「そいつはもう、テレシア女王の何でも無いだろ」
ジャスミンの肩から手を離しても、彼女は真っ直ぐに立てた。
「……そうでしたね」
「えっ……」
アナーキーは口を開けたまま彼女を見上げている。
「すみません。取り乱してしまいました」
「別に良いよ。気持ちは分かる」
先に行っているとジャスミンが草の道を行く。俺も最後に、何でもない男を見ておいてから行くことにした。
「……」
アナーキー。きっとテレシア女王への気持ちは誰よりも強かったんだろう。だけど残念だ。
「じゃあな」
ネザリアでもエシュでも、あるいはアスタリカにでも好きな場所に行けばいい。いつまでも俺を恨んで泣いていればいい。地面を殴って砂を投げて、顔を泥だらけにしても、その墓から女王が出てきて救ってはくれない。
馬車に戻るとジャスミンが先に乗っている。
「疲れただろ。ごめんな」
俺も乗り込むとジャスミンはすぐに顔を袖で拭いた。
「いえ。平気です。私も館で仕事をします」
「ありがとう。助かるよ」
馬車は動き出す。誰も喋らない静かな空間に、時々ジャスミンが鼻をすする音だけした。さすがに彼女が気にしたんだろう。
「海風で冷えました」
それだけを伝えくる。俺もさっきから鼻がムズムズとしてたまらない。
「俺もだ」
アナーキーの言ったことは間違っていなく。俺たちはテレシア女王を殺した共犯で、俺たちはテレシア女王を道具として扱ったんじゃ無いだろうかと考える。
鼻の奥がツンとしても、目に滲みても。俺たちは海風のせいにした。ガレロもそうするだろうか。
アナーキーは良い。怒りや、やるせない気持ちをぶつける先がある。
* * *
兵士採用も徐々に増え、セルジオからの応援兵も到着した。これから部隊を立て直し、新たにセルジオ西部として機能していこうというところ。
「クロノス」
俺はそう呼ばれていた。うちの兵士が言い慣れないという理由があったからだ。それに、元々の名前よりこっちの方が残す価値があって良い。
「ガレロ。どうした?」
「来たぞ」
書斎机から顔を上げると真面目な顔をしたデカ男が立っている。セルジオ王国でもニューリアン王国でもない紋章を胸に付けた男だ。
「そっか。やっと来たか……」
待ちわびていた。思ったよりも時間がかかってるらしい。おかげでこっちは準備期間が整えられて良かったが。
ガレロは一枚の手紙を差し出した。俺は受け取り、この場で封を開けた。中身は文章のみ。
『アスタリカ帝国は、セルジオ皇国およびセルジオ西部に置く新部隊を敵と見なす』
その文言から始まる内容だった。降伏する条件はどれも身を滅ぼすもので、戦争に参加することを強制している。アスタリカは勝って奪うことを主体としているから、らしいと言えばその通りだ。
「ディレイトじゃなくて直接うちに送ってきたということは、準備を急げってことだな」
「ああ。私も同感だ。どうする?」
「どうするって? うーん、そうだなー……」
一年や二年待ってもらったところで正当な戦争をするには足らない。とりあえず引き続き兵士の数を集めるのと、武器の生産を急ぐのと、国民の安全確保だ。またディレイトに「そんな金はない!」と言われそうだけど。
「とりあえず新部隊の名前を決めよう」
「は?」
ガレロの顔が分かりやすく歪んだ。
「『アイリス隊』は却下。考え直してってジャスミンに伝えてきてくれ」
しっし、と大男を手の甲で払う。ガレロは不服なままでこの部屋を出て行くようだ。扉が開いたら訓練中の兵士たちの掛け声が聞こえてきて、扉が閉まったら俺ひとりの部屋はしんと静かになった。
「はぁ……」
凝った肩を回して首を鳴らしてから、さっきの手紙をもう一度眺めてみる。
久しく見なかった『メアネル・テレシア』の文字があった。それを使った文章なら俺たちが無視をしないと考えてのことだろう。
手紙の最後に差出人の名前がある。『ゲイン・リーデッヒ』その名前も久しぶりだ。
ただただ端的な文章で要件をまとめてある構文。「テレシアのことを頼んだよ」と俺の肩を叩いたあのリーデッヒが、宣戦布告と実行までの期間を数字だけで綴ってきている。
手紙をひっくり返してみても、封筒の隅にも裏にも、どこにも。リーデッヒの個人的な文章は何も隠れていなかった。
(((これにて完結です!
(((最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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