殲滅
テレシアの婚姻祝い、今夜のパーティーに合わせて盛り上がろうと、街は早くから祭り騒ぎになっている。
地図の道は単純だったが露店が道を塞ぐこともあり。道を知っているジャスミンの機転が効いた。
「回り道になりますが」
「任せる」
裏道の方へ入っていく。馬も馬で利口なのか、足元の土が変わっても動揺しないらしい。
表通りの影になるこの道で、ふと、酔っ払って横に転がる若い男を見送った。
「そういえば、アナーキーは最近見かけないけど?」
「……」
返事がないのは、風と蹄の音で聞こえなかったせいかと諦めかけたが。そのうちにジャスミンが答えてくれる。
「あいつは……兵士をやめましたよ」
それからは何も話さない。理由はどうだか知らないけど、大体は俺も察しがつく。
馬車が止まる豪邸に到着した。前に来た時は俺はテレシア女王の弟クロノスとして中に入れてくれたが。今はどうだか。
しっかりとセルジオの腕章が見せつけているわけで、あの時の同じ顔がこの服を着ていたら驚きすぎて死ぬかもしれないな。
「そういえば、抑制って具体的にどういうことすれば良いの?」
豪邸の敷地に入る前にジャスミンに訊く。そっちでは馬の手綱をしっかりとくくりつけているところだった。
「特に何も。私はあなたのやり方に従えと言われたのみです」
「俺のやり方?」
「はい。その方がすぐに終わるだろうとも言っていました。何か策を預かっているものかと思っていましたが?」
……俺のやり方っていうとひとつしか無いんだけど。
小首を傾げる女兵士の目の前で、そんなことが許されるのかと一瞬よぎった。
いや、違うな。邪念は捨てなくちゃならない。
「分かった」
ジャスミンの準備が整ったら俺たちはいよいよ豪邸のベルを押した。
「身を守るものは持ってるのか?」
「はい。剣なら常に持ってます」
じゃあ別に気にしてやる必要もないな。
俺は懐から銃を抜き取っておく。
最初に出てくるのは大体使用人だ。賢い人物は覗き窓から来客をあらかじめ確認するから、玄関先にはジャスミンを立たせておいた。
来客が女兵士だと分かると甘く見て鍵を外す。その時、ジャスミンに外からドアノブを思いっきり引かせれば、使用人はバランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。
バン。と、まずはひとつ音が鳴り響き、額に穴が開く。
込められた弾はあと三発。豪邸の中へ踏み込んでいけば何人かの使用人と鉢合わせになった。三発の弾を使うのは勿体無いが、俺の行動速度が最優先なんだったら仕方がない。
銃声に気付いた輩が足音を鳴らしに鳴らす。巣を荒らされて走り回る蟻みたいだ。思ったよりも人数が居るとみて、こんなことなら持ってくる銃を選んでくるべきだった。
「む、無害な人も殺すのですか!?」
「殲滅した方が早いだろ」
キッチンの窓辺で銃に弾を込めている。ジャスミンは俺の後ろを付いてくるだけで特に仕事はない。気絶せずに居ることに多少は俺の方が驚いているかもしれない。
するとキッチンの横を雇い兵士が横切った。俺たちに気付くとすかさず戻ってきたが、せっかく込めた玉がまたひとつ消耗した。
「足りますか?」
「微妙だな」
ジャスミンが指摘したように、無害な人間まで入れたら弾は足りないかもしれない。
貴族の家だしどこかに銃くらい持ってるだろ。そう思った時、奇跡でも起こったのか俺の手の上に拳銃が舞い降りた。っていっても、ジャスミンがその銃口部分を握って持っていた。
「どっかで拾った?」
「いいえ。私の銃です」
そういえば。ネザリアでリーデッヒを暗殺未遂したジャスミンだ。その時も銃を自ら撃っていたな。古典的なニューリアンではそんな現代的な武器をよく持っていたなと関心すら覚えるくらいだ。
「銃弾もあります」
「……」
どこの生まれなのか見当もつかないその瞳の色にヒントでもあるのか。覗いてみるけど大したことは分かりそうにない。
「ここだ!! 居たぞ!!」
ジャスミンから目を逸らされる前に、また俺たちは見つかる。
ひとり、ふたりと消していくのは決闘と違ってだいぶ楽だ。
そして部屋を捜索して、片っ端からトドメをさしていった。逃げようとしている貴族も見つけた。命乞いに色んなことを喋りそうになったが、それすらも聞く必要はない。なにせ貴族らが気を遣ってくれなくても、女王はいずれ死ぬからな。
ジャスミンが渡してくれた銃に弾の余力が残ったまま、この屋敷はしんと静かになった。
「これで最後でしょうか」
「たぶん」
ぐったりと動かない死体がゴロゴロと転がっている。目立った出血もなくて、血に塗れた匂いもしない。今日のために用意した生花の花束の方がきつい匂いを放ってる。
「夜には十分間に合いますね」
「……」
それから。ジャスミンが平気でこの光景を見ていることにもやっぱり俺は驚く。
「こういうのは慣れてるのか?」
「……まあ、はい。貴族とは反対の暮らしをしていたので」
銃を返すとジャスミンは服の内側へと仕舞った。ひたいの汗を拭いながら、しかし彼女は「驚きました」と呟く。
「クロノス……いや、クロスフィル。あなたは本当にセルジオの軍人なんですね」
言いながら剣を使ってカーテンを切り裂いている。何をし始めるのかと見守っていれば、切り出した布切れを死人の顔の上に乗せていった。いくら慣れていても死に顔は見ていたくないか。
俺はジャスミンのところに近づいて、持っていた布切れを少し奪う。
「もっと早くに俺がセルジオの人間だって知りたかった?」
ちょうど足元に貴族の死体が転がってる。そっと顔に布を乗せてやる。
「いえ。このタイミングで良かったと思います。じゃないと……私も、アナーキーと一緒に兵士をやめていたかも」
「ふっ」
少し可笑しくて笑ってしまう。忠実な兵士が主人の死にたがりを受け入れた、というわけなのか。
「じゃあお前は……」
しかし銃声が言葉を遮った。俺はジャスミンに「良い兵士になるな」と言いたかったんだけど。
「クロスフィル。この人物はまだ生きていましたよ。布地の奥で息をしていました」
止めはジャスミンが撃ったらしい。さっきの銃声はそのものだ。
「し、死に顔が見たくなくて乗せていたんじゃないのか!?」
「えっ。本当に死んでいるか確認するためですが?」
間抜けな顔でジャスミンが言っている。
いよいよ俺は驚きが度を超して耐えられなくなった。その場で腹がよじれるほどに笑いが込み上げた。
「な、なんで笑うんですか!?」
「いや。ははは! 無理だろ、笑うだろ。ははは!」
ジャスミンに「笑ったり出来るんですね」なんて言われ方をされても止まらない。最終的にはあまりに俺が笑うんでジャスミンにも移った。
こんな死体まみれの場所でふたりして笑える。やっぱりこいつは良い兵士になると思う。
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