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セルジオ軍兵のやり方1

 川沿いを上流の方へ歩いていく。その途中、進行方向から「おーい!」と手を振る男が現れた。何が嬉しくてそうするのか分からないが、こっちからも少しは手を振ってみた。

 その男は俺の方へまっすぐ走ってやってきた。立ち止まったら息を整えている。

 そいつは小ぶりな男で、俺を見上げると心からの満面の笑顔だった。俺は早速ウッと胸が気持ち悪くなり、川辺に咲く春の花の方がマシだとそっちに視線を移す。

「お久しぶりです! クロスさん!」

 切っていた視界に無理やり顔をねじ込んできた。

「うわっ!」

「クロスさん、僕もクロスさんの笑顔が見たいです!」

 ……え?

 その男は変なことを言ってきた。


「いやぁ、クロスさんと一緒に動けるなんて光栄です! 自分は徴兵してからクロスさんの噂話を聞きまくって憧れていました! なのに遠征、遠征、遠征……。もう二度と会えないかと思いましたよ!! クロスさぁぁん!!」

 腕を掴まれてぶんぶんと振られている。朝の散歩で歩いていた婦人には「仲が良いのね」なんて声を掛けられたが、この男は何か勘違いしたままで「はいです!」と元気に答えていた。

「あまり気安くしないでくれ」

「もう! そんな冷たいことを言わないでくださいよ! それよりも笑顔! 笑顔! 僕もクロスさんの笑顔が見たいです!」

「……」

 よく喋る男で困る。

「テレシア女王との朝食を見張ってたのか」

「はいっ! ニューリアン常駐情報部このマリウスにかかれば!」

 そう言ってから、自分の衣服につけている勲章バッジをトントンと指で突いて見せてくる。しかしそれはニューリアンの入国証でも情報機関の紋章でもない。見たことのない模様のバッジだ。

 それが俺にも付いていると指差してきた。

「なんだこれ」

 知らない間に、知らないバッジが付いてる。しっかりと針で止まっているから何らかの拍子にくっ付いたわけでも無さそう。

「僕のパン屋のバッジです」

「パン屋?」

「はい! パン屋を開くのが子供からの夢で!」

 なんで? 宣伝のためにわざわざ付けたのか?

「ニューリアンでは結構話題のお店なんですよ」と嬉しそうに言っているが。昨日と同じ軍服でパーティーではそれなりに人と話したし、バッジについて触れられたこともあったのに、誰も何も言ってこなかったぞ。

 不要なものだな。そう思って針を仕舞おうとすると、ほんの小さな基盤が仕込まれているのが見えた。

「あれです、あれです! 僕の店です! 可愛いでしょう?」

 見ると確かにバッジと同じ絵が看板に描かれている。『マリウスの麦畑』その店名に合わせた麦の絵だ。マリウスの画力にはやや問題がある。……だが、問題はそれよりこの基盤だろ……。

「情報部ですからね。いつどこで重要な話が聞けるか分かりません」

 パン屋からマリウスに視線を移すと、相変わらず満面の笑顔でいる。

「あっ! パン屋の話ですよ?」

 笑顔によるシワがより濃くなった。

 この小さな基盤を身内の部隊にも忍ばせて情報収集か。仕事が出来て偉いな、と言うべきか……。俺からは何も言わないでおいた。



 ニューリアン領地北。森林地帯に開かれた場所があり、その中に駐屯地がある。なお、川を挟んだ向こう岸に立派な城の壁が見えている。

「川を埋めたらセルジオ城の方が近いですよ」

 俺がそっちを見ているのに気付いてマリウスが言及した。確かに。テレシア女王が拠点に暮らす古屋敷は、もう下流の方に見えなくなっている。

 マリウスは開門の手続きを色々とやっていた。俺が到着したことも伝えてくれている。その間、小鳥がピチピチ鳴いていて平和だ。

 普段見慣れているはずの軍事基地だが、のどかな森の風景にどっしりと構える鉄の扉が物騒だなと感じた。

 門番の兵士、それからマリウスも。腕章にセルジオ王国の強さを象徴する赤い剣の紋章を身に付けてある。それも仰々しいなと思うほど。

 手続きの合間で待たされるとマリウスが度々声をかけてきた。

「ニューリアンに居ると平和ボケしますよ」

 同感だ。

「俺もパン屋を始めるかもしれないな」

「ははっ! クロスさんのお店の方が人気が出そうですね!」

 言っていると門が開き、俺の元にも腕章が渡された。別にこれを身につけて気が引き締まる思いはしないが、少し平和ボケが抑えられる気になる。


 訓練生のいないグラウンドを横断し、天井の低い個室に入った。そこは接客室であり、軍兵たちの休憩所でもある。テーブルの上は昨日のものかそれ以前か、何人かで晩酌をした後がそのままだ。カードゲームなんかも片付けられていない。

 俺はここで湯を沸かし、支給弁当を温めようと取り掛かるが。しかしそれにしても楽しい会話が聞こえているみたいだ。

 だが、この部屋に居るのは俺とマリウスの二人だけ。透明人間が酒を交わしているんじゃないかと怖くもなるくらい、会話はよく聞こえている。ただし音源はテーブルの上のスピーカーからだと分かる。

「誰と誰が喋ってる?」

「会食ですけど、主にリピン侯爵とアルメダ夫婦の商売取り引きです」

 マリウスが答えた。

「取り引き?」

 まさか、わざわざ俺のために聞かせるようと話している会話じゃない。情報部マリウスが基盤を仕組んで盗聴している内容かと思う。話は弾んでいて、婦人の笑い声もオッホッホと機嫌が良い。

 情報部が上から探らされている要件なのか……。会話内容を気に留めるよりも、俺は腹が減っていた。しかし、耳に入ってくる単語を繋いでいるだけでも、どうやら俺にも心当たりのある内容だと察しがついた。

 火の音がうるさく、弁当の暖まり具合も見ずにガス栓を閉めた。

 会食の明るい会話ではこう言葉が飛んでいる。『我々は幸運でしたな。女王の訃報も時期に届くでしょう』と。




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