リーデッヒの選択1
「死んじゃったかと思いましたよ! なんで生きてるんですか! クロスさん!」
出入り口がまだ開いていないのに、聞こえてくる声には勢いがある。
門番が操作して鋼鉄の扉が少し開いた。すかさず声の主マリウスが顔を出した。出入り口を塞いで俺と目があったら上から下までじっくりと見られた。
「……まさか。幽霊じゃないですよね?」
「バカなことを言ってないでさっさと入れろ」
「あ。本当にクロスさんだ」
ニューリアン北部に置くセルジオ軍隊の駐屯地。やっとここに入れると思ったら、変な迎え方をされる羽目になってしまった。
早々から、なんで俺が死ぬだの生きているだのと、マリウスが気にしているのか。貴族が食わない事件は新聞にも載らないが、マリウスには独自の情報入手方法がある。
「しっかり当たった音でしたからね〜。やられた〜って思いましたよ〜」
グラウンドを突っ切りながら、まるで当事者の感想のように言った。
「悪趣味だな」
「あはは、職業病ですかね。もう僕はこの快感を断つことは出来ないかもです。あはは!」
言いながらひとつの部屋に入った。休憩中だった兵士たちがだらけていたが、俺たちが入ると「お疲れ様です!」と起立する。俺は別にここの上司でもない。全員、マリウスの前ではしゃんとしなくちゃという意思からだ。
一方その先輩の方は全く気にしていないみたいで挨拶も返さない。俺を先導しながら話し続けている。
「情報は価値がある物だと思うでしょう? でもこれが全然逆なんですよ。人間は情報があればあるだけ色々な選択肢を作り上げるんですが。最後に判断する時はたいてい感情です。クロスさんも最後はそうなりましたね」
俺には、最終的に賢い判断が出来なかったと受け取った。
「嫌味?」
「いえいえ。そんなことは。ただただ面白いなぁって思って」
口角を上げ、目尻を下げながらそんなことを話すマリウスだ。腹の中では何を考えているのか全然分からない。
何部屋なのか。そこに入ると二重扉をマリウスが閉めた。
「それで。リーデッヒがわざと弾を外したんですか?」
謎のテープがぐるぐる回る謎の部屋だった。そこにふたりのみになったら、マリウスは直球に聞いてきた。
もうこいつに、どこまで盗聴していたのかを聞くのは無意味だろ。どうせ最初から最後までだ。テープのぐるぐるを眺めて余計に思う。
「リーデッヒの弾はちゃんと当たったよ」
「えっ? でも大掛かりな治療はひたいだけで済んだんでしょう?」
「……」
水受け場の鏡に顔を寄せる。擦れや汗などで傷が露わになっていることもなかった。
「血の音もしたと思ったんですけどね」
「血の音って何だ」
マリウスはほくそ笑むだけで答えない。何かカセットテープを探している最中だった。
「……はぁ。耳が良いのはよく分かった」
だけどマリウスが嬉しそうな反応を見せるから「狂気的にな」と付け加えた。それでも嬉しそうに鼻歌を歌い、カセットボックスをガチャガチャ鳴らしてる。
俺は準備が整うまでその辺の良さそうなソファーに座った。背もたれに深く沈み込んだら目線の端に窓が映った。
青空と、流れる雲と、山の先端も少し見えている。おかしなことだが、自分が生きていると実感することも出来る。
あの時広場で見上げていた夜に近い空色が最後の景色になるだろうとは、俺だって思ったんだけどな……。
銃声の音も鮮明に思い出せた。
「リーデッヒの銃からは肉を貫通する鉄鉛じゃなくて液体が飛び出た」
「液体? 毒液ですか?」
「いや、俺が死んでないってことは違う。あれは」
言葉で伝えるよりも見せた方が早いか。
「マリウス」
「何でしょう?」
奴がこっちを向いたのを確認してから、俺は腹の下から取り出した物を投げつけた。マリウスは綺麗にそれを受け取ったが、次には「気持ちわるっ!?」と言って投げ落とす。
そんなちょっとの衝撃ではどうこうなることはなく。俺が投げた異物は石の地面に跳ね返ってぶりんぶりんとその辺に転がった。
「血袋だ。中身は本物の血液じゃないけど」
そう聞けばマリウスの理解は早い。
「ああ、病院でクロスさんがリーデッヒに貰ったアレですか!」
「……まあ。そうだな」
何もかも筒抜けなのは便利な反面、良い気持ちが全くしないな。
「耳が良いお前でも勘違いさせられたんだ。その場にいたアスタリカ帝は飛び散る血飛沫も見ただろうから疑いもしなかった」
それはどういう技術かは知らないが。この血袋同様に刺激を与えて俺に致命傷を負わせたかのような演出をした。
「へえー。面白いことをしますね」
「戦争に出る前は劇団員に入っていたんだと。あいつは道化師だ」
「あはは! 本当に変な国だ。アスタリカは。全然侮れない!」
なんて言いながらガチャガチャとテープをセットしている。
探し物が見つかったら準備はすぐに済んだ。マリウスが俺を振り返る。
「時間潰しにどうですか? まだパーティー会場へ出向くには早いでしょう?」
「……?」
俺は考えるとともに、衣服にまた変なものが付いていないかと確認してみる。いつのまにか知らないバッヂが増えているなんてこともない。
「俺は計画をどっかで話してた?」
マリウスの盗聴は、俺の潜在意識からの行動も探れるのかと期待したけど。
「話してないですよ」
「そう?」
「僕の勘です」
相変わらず爽やかな笑顔を貼り付けている。それが良いものだとは受け取らないが。
「僕は情報通ですけど、感情を読み取るのも好きなんですよ」
「悪趣味な上に狂人なのか……」
俺は呆れている。しかし狂人であればあるほどセルジオの軍人には向いていると言う他ないか。
給湯棚に向かったマリウスの背中は普通の青年だ。軍服なのがもうすっかり板に付いているが、少し人生が違えばただのパン屋の後ろ姿だった可能性もあったろうに。
……まあ、詮索はしないけど。マリウスも何かしらの野望があるんだろう。
コーヒーの香りが漂った。それはセルジオ軍に配布されている安い豆の粉で、熱湯に溶かしたらすぐに飲めるようになっている代物だった。
「美味しくないですよね〜」と言いつつ、満タンに入ったカップを俺に渡してきた。それから給湯棚へ戻っていく途中でカセットデッキのボタンもマリウスは押して行った。
俺がこれを飲むのは久しぶりになる。確かに美味くない。コーヒーの味だと思って飲んだらダメだ。しかし今は、若干懐かしい気持ちがするのと、騒々しくなる前の落ち着きがあるからか。このコーヒーがありがたい。
ジリリとテープの歪みのせいで音が時々割れる。
『テレシア。久しぶりだね。元気だったかい?』
録音された会話が聞こえてきた。リーデッヒの声だ。
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