秘密−メアネルの血−
商業ビルの間をすり抜けて画材通りに入っても、女王は道端の絵描きに足も止めない。
もうすぐ日暮れということもあって急いでいるんだろうとは思った。
それよりも、俺はすでに勘付いていたことがある。
「誰かが後を付けていますよ」
女王に追いつくのを装って一応報告しておいた。
「放っておきなさい。今は時間が惜しいので」
俺たちの後ろで歩幅を合わせてくる人物。画材通りの金なしが身代金目的に近づいて来るんだったら良いが。なかなか高度な尾行が出来るようだから、セルジオかアスタリカの人間じゃないかと思う。
狭い通りが終わると、小さめの広場になった。そこは行き止まりだった。
足を止めた女王が柵に手をかけて景色を眺める。俺も近くに立ったが、ビルの二階から見下ろすような高さだ。
「自殺の名地とか?」
海に飛び込むならまだしも。ここから落ちても骨が折れるくらいで死にはしないだろうと思う。
女王は、風に吹かれながらフッと笑った。
「あそこに学校が見えるでしょう? レンガ屋根の、とても古い校舎が」
女王が指をさす。夕日が沈んで行こうとする場所から逸れた、見える景色の端っこにそれがあった。
「母校ですか?」
「いいえ。……あそこに息子がいます」
「息子!?」
離れた場所から校舎の中身までは見えない。だが、女王は遠い目でひとりの人物を見つめているかのように細くした目で眺め続ける。
「メアネル家で生まれる男子は病弱で、成人もしないうちに亡くなってしまうのが有名な話でした。なので、ずっと昔からこのニューリアン王家では女性が優位。夫となり、いずれ王となる人物は、婿入りさせることでこの血を引き継いで来たのです」
エルサの地を越えて、海外の国でも有名な話だ。ここでは奇妙とされるが、海外の奴らには神秘的に見えている。アスタリカ勢のリーデッヒですらそう言っていた。
「メアネル家では、生まれた王子に価値が無いのではなく。むしろ滅多に生まれず早逝してしまう王子が貴重な価値を持つと言われています。いくら女性優位という国だとしても、男子の継承地位が高いのは覆りません。ある時を境に、メアネル家は妊娠と出産の情報を隠すようにしたわ。他にも、詮索させないように全ての情報を公開するのを絶ったの」
ひとしりき語り終えると「ここまでは知っているでしょう?」と、俺を見る。
「はい。大体は」
「よかった」
「でも息子がいるのは知りませんよ」
「それはそうですわ。公開していないもの」
教会の鐘が鳴り出す。学生らはとっくに帰宅している時間だが、学校自体が閉まる時間だ。居残りしていた奴らが続々と校舎から出てくる。
そんな中から人を特定して俺に見せたいんだろうか。女王が何か言い出さないかと待ちながら、柵に手をかけながらぼんやりと眺めている。
夜風が吹き出した。尾行していた奴らはどこかで隠れて機会を伺っているのか。
「クロノス」
「はい」
「クロノスというのよ。息子の名前は」
その人物は見つからなかったようだ。校舎は門を閉めようとしている。
「弟じゃなかったんですか」
「母親違いの弟もいたけれど、彼は名前を与えられる前に死んだわ」
すると、女王は「不思議ね」と言ってため息を落とす。
「メアネル家の男子は弱いものだと思っていた。だけど実際は、寿命まで生きている男子もいるのです」
「えっ……」
さすがに意表を突かれた。それが本当なら、まさしく女王が言った通り、家の後継者として警戒しておかなくちゃならない。
「大丈夫ですわ。わたくしの息子クロノスが、わたくしの目の前に現れることはありません」
そして俺の知らなかった真実が語られる。
「男子の出産を隠すようになったというのは『手放す』という意味。生まれてすぐに死ぬかもしれない命を、孤児院へ渡すのです。親子は互いに顔も声も知らないまま別々の人生を歩むことになります」
「でもいつか気付くんじゃ?」
「その前に大体は死んでしまうわ。特にわたくしたちのこの髪色を引き継いだ男子は言葉を覚える歳まで生きられない。息子クロノスはあなたの髪色に似ているのかもしれませんわね……」
細い腕が伸びてくる。俺の髪に少し触れてから愛おしそうに見つめた。
弟だと思っていたこのクロノスという名前が実の息子の名前で。俺とは年齢も背丈も違うけど、どこか重ねて見ているんだとしたら気分が悪い。……が、後を残されていない女王にとって、たったひとつの拠り所なのかと思うと。どうだか。
「死ねない理由っていうのは、そのクロノスが大人になるまで見守っていたいとか?」
「……」
何か答えようと口を開けた女王が、やっぱり言葉に詰まって口を閉じる。伸ばしていた腕も引っ込んだ。ここに立っている男は自分の可愛い息子じゃないって現実に戻ったらしい。
「顔を見ても分からないもの。クロノスという名前も出産の前に呼んでいたあだ名ですわ。今は全く違う名前で彼の人生を生きています」
やれやれ、と自分でも呆れたみたいだ。背中を逸らしたり、腕を回したりして日頃の疲れや凝りを発散させようとしている。
「テレシア女王」
そんな彼女に俺は何か言いたくなった。
「本当に死んで良いんですか?」
バカなことだと自分で思う。女王もまた「おかしなことを言うわね」と笑っている。……笑っているといっても、無理に笑っている。
「王座なんて誰に奪われても一緒だろ。そんな無価値なもんに囚われて、命まで落とす必要があるんですか?」
確かに女王は多くの手から命を狙われている。けどそれは女王がなかなか王位から退かないせいで。貴族らにとっても最終手段でもある。
「後継者を選ぶのにあれこれしなくても、アンタがひとりで逃げたって何も変わらないはずだ。たったひとりの女王がここまで国のために尽くす意味が分からない」
「ひとりじゃありませんわ」
言葉を遮られた。
「言ったでしょう? ニューリアンはずっと準備してきたのよ。ここでわたくしの愚かな行動でニューリアンの意思を台無しにするわけにはいかないの」
「意思っていうのはこの貧乏な国を維持することですか?」
「いいえ。ニューリアンとセルジオがまたひとつに戻ること。アスタリカ勢力に勝つには、互いにそれしかありません」
夕日がわずかしか残らない空色。その下で足音が近づいて来る。尾行してから機会を伺っていた。いよいよその機会が来たようだ。
俺も女王も足音の方を向いた。しかし女王は最後に言った。俺にも、その向かって来る人物にもしかと聞こえただろう。
「わたくしはニューリアンをセルジオに……クロスフィル、あなたに託します」
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