土砂降りの中で登山
土砂降りのニューリアン。リーデッヒの病院から南下し、カイロニア国境の山脈付近はいつも天気が悪くなる。この辺りは常々雨が降っている。
馬車は止まってしまった。これ以上は進めないとの判断。
「いかがしましょうか?」
「構いませんわ。だけど見せておかなくてはいけない」
馬車の中に顔出すガレロと、パンツスタイルの女王が話し合った。見せておくっていうのは、何やら俺に見せたいものがあってのことらしいが。
外から傘が傾けられて女王が馬車を出ていく。俺も後から続いて、傘は自分で持てと手渡された。しかし見ると、女王も自分で傘を持っているようだ。
「クロノス。少し歩きます」
「はい……」
あまり良い気分じゃない。
馬車が止まったのは山道の手前。トンネルがある国道から大きく外れた場所で、整備されていない道の上を馬車がひっくり返りながら通ってきた。そこからまた歩くのか。この土砂降りの中を。
「少し険しいですが、それほど遠くはありませんわ」
これを言ったのを最後に、女王が筆頭となり数人の兵士を連れて歩き出した。傾斜のあるぬかるみ道。足を滑らせながらも決死に登っていく。……年に四度の遠方演習みたいだ。徴兵の時にやらされた。
一列になって進むと、俺の後ろはジャスミンが歩く。まだここでも俺がどっかに行ってしまわないように見張ってるらしい。
黙っていてもいいが、気になったから俺は身近なそいつに言う。
「まさかこんな時間から山越えする気じゃないよな?」
多少息は上がってた。ジャスミンもだ。
「はぁ……どうでしょう。私にも分かりません」
「どこに行くのか知らないのか?」
「気象学舎があるとはガレロさんから聞いたことがありますが」
なるほど。たしかに高い山の上だと観測するのに良いだろう。しかしこの時間とこの天気でそこまで高い標高に行くのは無理だし軽装すぎる。
「……さすがに違いますかね」
「そうだな。俺に見せたいものがあるって言っていた」
「私にも。見ておいて欲しいものだと仰っていました」
謎は深まる。
前の進みが遅いのは、道がもう道として機能していないからで。草木を切り分け、時には落石したものを迂回しながら進む。とはいえ道の痕跡はあるらしかった。
地図も目印もない道を、女王が先導して歩いていくところを見ると、メアネル家だけに伝わっている何かがあるんじゃないかと俺は考える。
傘は邪魔になって途中から杖の代わりになった。そしてついに上り坂だったところが平坦になり、女王が足を止めていた。
「みんな、ありがとう」
ずぶ濡れの面々に向かって女王が言う。女王とて雨をしのぐのを諦めて前髪から水が滴っている。
そして気になる目的地とは。ニューリアンの街が見下ろせる山の一角で、反対側のカイロニアまでは見渡せない場所だった。そこにひとつ、ぽつんと墓がある。
「墓参りに連れてこられたんですか……」
俺の他にも何人がげっそりしただろう。
道中の休憩時には、他の兵士も目的地が分かっていないことを話し合っていて。埋蔵金があったりだの、隠れ温泉があったらだの、夢を出し合って激励していたっていうのに。
「ふふ。ごめんなさいね」
女王は知っていたみたいだ。平然としながらも心の中で枯れ果てている兵士たちに、せめてもの笑顔を見せて言っていた。
「どなたのお墓なのですか?」
ジャスミンが訊く。他の奴らも、せめてそこが気になった。
墓の形態は緻密。賢者メリックの知恵の剣と、暴者テアの栄誉の杖。この二つが交差して形作られた宗教的な、そして最も格式高い墓だった。最近の簡易的な四角墓とは違っている。
ここに埋葬されている人物が偉大だってことも考えられるが、こうとも考えられるな。
「いつの時代の墓なんだよ?」
頭脳派じゃない奴は「確かに」と漏らしてた。
「知りませんわ」
「えっ……」
俺だけじゃない。一同声を揃える。
泥まみれのスラックスで女王が墓に近づいて行く。その足でぐるぐると回って墓の状態を観察し、周りの土をちょっと木の枝で刺してみたりもしていた。
何をやっているんだろう。早く誰か声を掛けないか。……そんな風に兵士たちは互いに顔を見合わせていた。
すると、ひとり動いていた女王が「やっぱりこれね」と言いだす。
「墓石を押し倒すわ。手伝ってちょうだい」
「ええ!? 良いんですか!?」とは兵士たちが戸惑っているんだ。
「良いのよ。早くしなさい」
進んで出たのはガレロ。この一行の中で特に力がありそうだが、ひとりでは剣も杖もピクリとも動かない。ジャスミンとアナーキーが手伝っても無理だった。
こうなったらバチが当たる覚悟で全員で取り掛かるしかない。俺は嫌だったが否定権がなかった。遠目で眺めていたら「あなたのためにやるのよ」とかって言われて駆り出される……。
押す人材と引く人材。足や手を挟まないようにと声を掛けながら。
「せーのっ!!」
土がえぐれて墓石が倒れた。しかし土の中には鉄が残っている。複数人で掛かったから墓石が折れたのか? 女王が汚れも気にせずに地面に膝で立ち、覆った土を手で救って退ける。
するとどうだ。出てきたものは地下へ通じそうな鉄の扉だった。雨水に打たれてカンカンと音を鳴らしている。その大きな鉄が墓石を支えていたんじゃなく、墓石が鉄の扉を守っていたみたいだ。
「ま、埋蔵金ですか!?」
まさか、いち兵士の夢話が当たったのか?
「……いいえ。もっと恐ろしいものよ」
女王はガレロを指名し扉を開けさせた。鍵は掛かっていなく、しかし重そうな扉をガレロは踏ん張りながら開けた。案の定、その中に現れたのは地下に降りる急な階段だ。灯りがなくて真っ暗。
埋蔵金の兵士とアナーキーが恐怖で抱き合っていた。
「し、下に降りるっすか? マジっすか?」
「ガレロ。懐中電灯は持ってきているわね?」
「はい。テレシア様」
懐中電灯で階段が照らされる。永遠に続くかのように見えていた階段は、意外と浅いところで着地点になっていると分かる。
「よかったわ。降りられそうね」
これがアナーキーへの答えだ。
女王は立ち上がる。ここにいる少ない兵士の顔をひとりずつ見ていき、俺にも目を合わせた後で告げた。
「ここにいる全員で下の様子を見ます。戻る時も必ず全員で。そして、これからあなたたちが見るものは誰にも他言出来ないものです」
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