いいよ。教えてやる。
病院に戻れる小道に入る手前。ジャスミンが俺のことを突き止めようとしている。
暗殺者、とまでは言わないにしても。俺がテレシア女王の何か毒になる存在だと察しが付いているみたいだ。
「私はあなたの目的を知らずに仕えることは出来ません。なので、ここでお話しください」
暗殺計画を? それともセルジオ王国の未来でも?
女が兵士になることを法律で禁じてる国はここらに無い。しかしニューリアン王国は異端だ。過去にあまりに女を押し付けた経緯があるからか、何か勘違いしている奴が生まれてるな。
「……いいよ。教えてやる」
夢ばっかり見てる女に……。
ジャスミンは嬉しがった顔にはならなかった。それよりか、ひとつも聞き逃さないというように口を閉ざした。
「この国はいずれ戦地になるんだ。こんなに質素な街並みじゃ更地みたいなもんだし、住民ものんびりしてるから金でいくらでも買われる。失っても痛くない土地で、民衆で、国だからな」
怒って否定してくるだろうか。
いや、残念ながら。ジャスミンが立派な女兵士だってことを俺は思い知らされることになってしまう。
「アスタリカ軍勢とセルジオ王国の戦地になるのですね」
「ああ。いつかな。でも、それは明日の可能性もある……」
言って病院を見上げる。廊下の窓がいくつか並んでいるが人は見えていない。しかし俺が見ようとしているのが、アスタリカ軍勢指揮官のリーデッヒだということはジャスミンには伝わった。
「戦争を止める術は無いのですね」
「そんなことが出来たらとっくにやってる。メアネル・テレシアが」
「……テレシア様は住民を避難させるような指示を出したことはありません」
「だろ?」
国ごと心中するつもりか。それとも守る価値がないと切り捨てたか。ジャスミンは眉間に皺を寄せて考え込んでいた。どれくらい主人に期待を寄せていたのかは知らないけど。
「つまり」と、ジャスミンが考えた結果を言う。
「あなたは戦争が始まる前にこのニューリアンを取りたい。何か……不利にならないように」
「厳密に言うと『俺が』じゃない」
その時、ガラガラと鉄が擦れる音が響いた。
「おーい! クロノス君ー!!」
元気そうに両手を大きく振る男が窓から覗いている。リーデッヒだな。と思って見ていると「手を振り返してよー!」と、この陽気な天気と同じ感じで言われた。
あれだけ動けるということは腰は治ったみたいだな。張り切った声もすこぶる元気そう。
「裏道で女の子を口説いているなんて、やーらーしーいーねー!!」
「……!?」
リーデッヒの声は、ここらの平地に響き渡った。木の中に隠れていた知らない鳥たちも慌てて飛んでいくぐらいだ。もしかしたら少女像もあまりにうるさくて粉々に割れたかもしれない。
「はっはっは!!」
その悪質な男子は笑っている。
「テレシアが下に降りたよー! もう戻りなよー!」
それを最後に窓をガラガラと閉めた。リーデッヒは最後に俺かジャスミンに投げキッスを見せて屋内へ引っ込んでいく。
病院の前に戻ってくると、馬車の側にガレロとアナーキーが待機している。いつもはさっさと乗れと言われるんだが、今はちょっと待てと言われた。
「テレシア様が準備なさっている」
「準備? 何の?」
馬車の周りを厳重に兵士が取り囲み、しかも上から布を被せて窓や扉を塞いでいた。
コンコン、と音がする。それは馬車の中から女王か誰かが鳴らしたものだ。すると布は外されて兵士も退く。扉はエスコートされずに中から開けられた。先に出てきたのは世話役で、女王のドレスを抱えていた。
「クロノス。乗りなさい」
馬車の中からだ。
「今日中に周りきりたいわ。時間がないのです。早く」
女王の声が言っている。
ガレロとアナーキー、それとジャスミンはすでに馬に跨っていた。女王のドレスを持っていく世話役はここから歩いて館に戻るっぽい。
「クロノス」
「わかりましたよ」
あまりに呼ぶから馬車に乗り込もうとした。俺は「えっ」と、声が出た。ドレスを脱いだ女王は白いスラックスを履いている。
驚いている間にも俺は馬車の中に押し込まれ、すぐに馬が歩き出した。俺は体勢を崩しながらもどうにか座ったが、足のラインを見せる女王になんて声をかけたらいいのか……。
「話はついたわ」
「え?」
「きょとんとしないでちょうだい。あなたがアドバイスをくれたでしょう? 心配させる男はやめておきなさいって」
ガタゴトと動く馬車。その中で女王と俺は二人きりだ。だとしたら女王は今、俺に微笑んだらしかった。
「別れ話をしに行ったんですか?」
リーデッヒに用があるからって俺まで駆り出されて。しかし到着したら外で待てって言われて……謎だったんだ。
すると今度は女王が両手を口元に当てながら、あははっと笑っている。
「大変だったのよ? 別れ話はひと筋縄ではいかないものですね」
あまりに驚いたせいで、俺の口が勝手に喋っていた「関係は解消したんですか?」って。それに女王はさらに笑った。
「リーデッヒは前向きに考えると濁していました」
そして口は一旦閉じる。再び開く。
「油断していられませんわ。今はとにかく時間が惜しいのです。理解してくださいね。クロスフィル」
「……」
実名が呼ばれることと、女王の目の色が深刻さを伝えている。淡色の中に今だけは黒い光が入っているみたいに見えた。
今までは新聞紙の売り名が的を得ていると思っていた。『愛を捨てた未亡人』『最後の女王』それが今は別人になったみたいに感じて少し戸惑う。衣服でイメージが変わった以上に、中身から心まで入れ替えたんだろうか。
「……ところで女王。館に戻るんじゃないんですね」
さっき、今日中に周りきりたいって言ってたか。窓の景色は田舎風景になるんじゃなく、どんどん市街地へと向かっているようだ。
「あなたに見せたいものが幾つかあるのよ」
「へえ……」
女王が真面目な態度のまま言うもんで、何か信頼されてるみたいで落ち着かない。ため息を付いてから、俺は窓の外を見るのに徹する。
「他の愛人でも紹介されるんですかね……」
ぼんやり言うと、また女王が明るく笑いだしている。
「そうですわね。うんと嫉妬をすればいいわ」
「……女王が張り切っていると気持ち悪いです」
うっかり心の声が口から出てしまってた。
それなのに、女王は得意顔になって俺から目を離さなかった。
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