あなたは悪なのですか。善なのですか。
陽気に当てられた昼過ぎ。川のせせらぎを聞いているのは、俺にやることが無いからで。
テレシア女王は、ガレロ、アナーキーと一緒にリーデッヒが寝込んでいる病院へと入って行った。俺も建物の中で待っている……っていうのも暇すぎて。速攻出てきたんだ。
河辺の石を踏んでジャッと音がした。それは、クロノスを護衛するという目的で付けられた女兵士ジャスミンだ。
俺がつまらないから適当に歩き出すと、そいつも一緒にどこまでも付いてくる。何か言葉を話そうなんてどっちも思ってない。
そのまま上流の方へ歩いていくと、だんだん石の道が整備されて公園になったみたいだった。子供は学校とかに行ってる時間だろう。誰も人は居なかった。そこで佇んでいるのは少女の石像だけだ。
それも俺は通り過ぎていた。しかしこの先の河辺の道はゲートで封鎖されていて通り抜けできなかった。仕方がないから引き返したら、そういえばジャスミンが付いて来ていなくて。どうやら少女の石像を眺めて立ち尽くしていたらしい。
「知り合い?」
初めて声をかけると、ジャスミンはチラッとこっちを向いた。日焼けなのか元々なのか若干褐色味のある肌で得体が知れない。
あまり俺に顔を見させることをしないで、すぐに石像の方へ顔を戻されてしまう。
「ニューリアン王女です」
台座の上に高々と立つ少女像を見上げて言った。
「へえ。これが……。ただの水難防止の記念碑かと思ってた」
「違います。でも、現物を見るのは私も初めてです」
魚が跳ねる川を見ている少女像。それか。川の向こうにある森と、その奥にあるセルジオの街まで見つめているのか。物を言い出しそうなほど忠実に作られた石像が、まるでさっき少女を石に変えたみたいに見えた。
ニューリアン王国とセルジオ王国は、もともとひとつの国だったらしい。その所有者は仲の良い兄妹だったんだが突然転機が訪れた。
妹の方に目を付けた別国の男が、彼女と結婚をし、ついでに領地ごと自分のものにしようという算段だった。その陰謀が分かったのが結婚式当日。
夫婦になる数時間前に、兄妹は急いで国を二人で分け合ったんだそう。兄妹の名前から得て、国名はニューリアンとセルジオだ。
その時彼らは約束をした。
『国を分けたのは一時的な措置に過ぎない。いつか兄妹はまたひとつの国として戻る』と。
兄セルジオは、奪われた妹ニューリアンを取り戻すために強力な軍隊を作っている。
妹ニューリアンは、夫が勝手を起こさないように美貌と知恵で側から離れなくした。
ここまでが大筋だ。今にも伝わっている……。
「気味が悪い」
「……」
ジャスミンが睨んできたのは適当に流し、俺は再び下流の方……病院へと戻ろうとした。ジャスミンも靴音を鳴らしながら付いてきた。
「あなたはニューリアンの人間じゃないのですか」
「どうだろうな」
「まさか……セルジオの潜入兵では無いですよね?」
「だったら?」
背中側にジャスミンが衝撃でも受けていそうな息の音がする。「どおりで……」と、小さく聞こえた。知らないけどジャスミンの中にあった疑問が解決でもしたみたいだ。
「ガレロさんも知っていたのですね」
「さあね。あいつは睨んでくるだけで何を考えてるのか分かんない」
「ガレロさんは聡明なお方です。あなたを生かしているということは意味があるはず」
「俺はそうは思わないけど。ただの腰抜けだろ」
足元は再び小石が散らばっている。いくつも石を弾かせてジャスミンが掛けてきた。
「何?」
俺の前に立ち塞がってギッと睨んでいる。こいつも人をよく睨むな。
「あなたは悪なのですか。善なのですか。テレシア様や我々に近づいて何が目的なのです?」
しばし生ぬるい風がジャスミンの服を揺らす。小鳥も気にすんなと言ってるみたいにピーチクパーチク鳴いていた。
「……はぁ」
正義感が強いのは感心感心。「まあまあ」と言ってジャスミンの横を通り過ぎる。当然、待ちなさいと声を荒げているが。
「私には知る権利があるのです!」
「……」
「お金ですか! それとも地位を欲しているのですか! メアネル家の謎を解こうとしているとか! まさか女王のお心まで奪おうとしているのですか!」
前に立ちはだからなくなったものの、後ろで着いてきて延々言われてる。もうすぐ病院の敷地も見えてきてるっていうのに、大きな声で妄想を叫ばれると仕方ない。
病院敷地の裏小道に差し掛かる前に、振り返って訊く。
「なんでお前に俺のことを知る権利があるって? その怪我と関係あんの?」
顎で指したのはジャスミンの右手。包帯に巻かれた親指、人差し指、中指。それらは普段は気にせず過ごしていても、あえて人に見られると咄嗟に背中側に隠していた。
この時も俺が注意をしたら隠した。
「愛人を小銃で撃った罪として指を切り落とされたわけでもないみたいだな」
言うと、ジャスミンはそっと右手を前に出してきた。やっぱり包帯に巻かれていても指は全部で五本ある。
「これは。私自身の戒めです」
「へえ。人の心臓を狙っておいて、戒めが指の三本なんて甘いこと」
「……そうです。私は甘いのです。なので重罪を働いた私に、女王が下した命令の意味が分かりません」
風が吹いて木々をざわめかせた。あれだけ騒がしかった鳥も風に驚いて飛んで行った。
「テレシア様は私に『自分が死んだ後はクロノスに仕えるように』と仰いました。アナーキーにも同じ言葉を。テレシア様がご病気でない限り、身の回りに命を狙う人物が居るのだと想像すると……」
毛色の分からない瞳の色が俺を取り込む。
「それがあなたではないかと私は思っていたのですが?」
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