見舞い−約束してくれ−
「僕からも君に聞きたいことがあるんだ。テレシアについてだ。君はどこまで話を聞いてる?」
「話? 何についての内容ですか」
「王位継承の話だよ。単刀直入に、君がニューリアンの次の王を継ぐ気なのかい?」
なんだ、そっちのことか。とは、心の中だけで思ってる。このまま俺の素性を探られる流れになるのかと思った。
とはいえ、この話は重要だろう。未亡人で後継者のいない女王……その弟なんだったら跡を継ぐのが一般的な道筋だ。だが、俺は勝手に他人の衣を着させられている身で、もちろん王の座なんかに興味すらない。
「クロノス君、どうかな?」
「はあ。考えたこともないです」
するとリーデッヒにはこの場で呆れられた。
「僕が君に言った最後の言葉を忘れたようだね」
「『テレシア女王があんなに泣くとは思わなかった』でしたっけ」
「違う違う」
リーデッヒにもらった血のりは懐に仕舞い、ベッドの脇に椅子を置いて座った。顔を見て話したいからそうして欲しいってリーデッヒに言われてのことだ。しかし寝たきりリーデッヒは真正面の天井しか見れない。
「もう一回言うよ」
その姿勢のままで告げた。
「テレシアのことを君が守るんだ」
タイミング悪く教会の鐘が鳴っている。カーテンを閉めた窓の向こうで、鳥がバサバサと羽ばたいていった。雑音に気は散ったが一応言葉は聞こえた。
「ああ、そういえば。そうんなことも言ってましたね」
「……」
元気なリーデッヒなら、大事な言葉の受け取り方に怒ったかもしれないが。今は少し唸って不服を伝えて来るだけで済んだ。
「クロノス君。それも『嫌です』なんて言わないだろうな?」
ぎくり。
「今、ぎくり。としてないよね?」
顔は真正面を向いたまま。目玉だけで精一杯俺のことを見ようとしてくる。俺はその殺気立った視界から逃れるため、多少体を後ろに反らせたりした。
「はぁ……。今すぐ君を殴ってやりたいよ……。僕が動けるようになってからだ。それまで覚えておくといい」
「は、はい……」
俺が女王を殺した暁には、俺はリーデッヒに殺されるんだろうな。と、ひっそり思う。
「覚えておいてもらうついでに僕と約束もしてくれ。君がテレシアのことをしっかり守るって約束をだ」
「……」
黙っていたら、ゆっくりと鳴らす鐘の音がよく聞こえた。しかしそれも最後の鐘を鳴らし終えたみたいだ。川のせせらぎも届いてきそうなほど、この部屋は静かになった。
「約束してくれ。僕からの最後の頼みだよ」
リーデッヒは最後やら頼みやら念押しが過ぎる。
「何から守るんです?」
アスタリカ軍が何か情報を掴んであるのか? それとも近いうちに行動を起こすつもりなのか? リーデッヒはすぐに答えを出せた。
「全てだよ。テレシアを悲しませるものは全て排除してほしい」
「反王政の貴族たちを滅殺しろと言っているんですか?」
「うん……まあ、それも良いけど。それについては彼女は痛くも痒くもないんじゃないか?」
……確かに。むしろ女王の決断で、反王政の貴族が皆殺しに遭うということもあり得る。しかも残虐な処置に女王が悲しむこともないだろう。
「テレシアにはもっと耐えがたい苦痛があるんだ。僕でほんの一瞬の痛み止めになったかもしれないけど、今回の件で違うと分かった。メアネル家というのは、僕が思っていたよりも家族の絆を大事にしているみたいだ」
リーデッヒの顔が無理やりこっちを向いた。油を差さない人形みたいに、首から変な音が鳴っていた。
「君が選ばれる」
「……はぁ。そうですか」
真面目な目で断言されたが……。するとリーデッヒが困って眉を下げた。
「君は責任感を背負うのが下手だね。今は緊張したシーンだったろう? 固唾を飲み込んで頷く。主人公の心が入れ替わる瞬間だったじゃないか」
「俺に芝居の話をされても」
「ハッハッハ……うがっ。い、痛い……。とにかくだ。僕は君に負けたわけだから、いさぎよく身を引くよ。しっかりテレシア女王を支えることだ。いいね?」
もう寝ると言って俺を部屋から追い出した。無理やり曲げた首は元に戻らなく、俺が扉を閉める瞬間までこっちを凝視していたから怖かった。
歩いてどこに帰ろうかというところだが。病院から誰かが跡をつけている。下手な新聞記者ならすぐに気付けただろう。しかしどうやら相手は偵察が上手いらしい。影も反射も消していた。
考えうるのはアスタリカの部隊。もしくは状況を見に来たセルジオ部隊でもあり得るのか。
川の流れに逆流して歩いていると、その先にある情報部マリウスが常駐するセルジオ軍駐屯地を思い出せるが。また今日もそっちへ向かうのは無理だろう。
* * *
今朝は珍しく朝刊が届く。不景気の影響で隔週になった新聞紙の見出し記事には、いつの間に撮られていたのか、俺と女王が馬車から降りるところの写真が使われていた。
『血統を超えた恋愛劇』や『愛人からの略奪愛』なんて書かれ方をしている。その方が金を持っている貴族が喜ぶからだ。リーデッヒが言っていたように、新聞という情報誌はもはや貴族の娯楽と化していた。
ページを捲れば俺とガレロの写真も載ってある。内容は反吐が出るほど気色悪いから読まない。新聞紙は机の上に放った。窓からの風によって床に落ちたが知らない。
正確な情報はマリウスが掴んでいるだろうが連絡を取り合う手段が無かった。窓から乾いた風を浴びていても、矢文が飛んでくるなんてことも無いな。いくら古風な文明で暮らすニューリアンだったとしてもな。
城壁もない地続きの街を眺めている。今日も記者は忙しく早朝から駆け付け、ぞろぞろと南側へと回り込むみたいだ。南側に正面玄関があり、女王の部屋もそっち側にあるってことを何故だか知ってるらしい。
教会の鐘が鳴り始めた。ここで過ごすと鐘の音ばっかり聞いてる気がする。宗派の信徒は祈りを捧げたりする時間だが。記者には関係ないみたいだな。
それと別に、メアネル系領地内でもこの時間になって動き出す連中がいた。
芝生の上に兵士が数人で掛け声と共に現れ出す。
あれが中途の応募者か……。十人にも満たない数で体力作りに走っていた。
新聞紙にも一応隣国の情勢について書いてあったか。
どの国も軍力を上げる動きがあると書き記してあった。理由はもちろんリーデッヒの一件が取っ掛かりだが。きっと出版社は情報を掴めなかったんだろう。適当にありそうな理由が添えられてた。
ニューリアンもその動きに便乗したんだろうが、この数だとチリのようなもんだろうな……。
「ん?」
走っている男の中に知った奴がいた。先頭で特に張り切っている若い男だ。新人育成の長官なのかと思ったが、長官は別のところで号令をかけているし、その若い男も他と一緒に走らされているように見える。
「アナーキーか?」
答えが分かったところで、この部屋にノックが鳴った。扉を開けて覗いてきたのはガレロだ。
「ちょっと来い」
ドアを開けっぱなしにして先に行ってしまう。ちょうどいい。暇してたんだ。ついでにアナーキーが何をしてるのかも聞いてみよう。
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