見舞い−リーデッヒのカバン−
ニューリアン随一の大病院じゃなく、セルジオとの国境に近い場所にある地味な病院だ。午後の診断時間は過ぎていて、ベルを鳴らして入ってくるのは俺くらいしかいない。
口数の少ない看護師で助かる。集中治療室と書いたプレートを通り抜け、関係者以外立ち入り禁止のパーティションも越えた。その先にある一室が、今は特別な病室として使われてるみたいだな。
無機質な扉を開けると、中は普通の病室じゃない。大層豪華な作りになっている。家具や絨毯にも金がかかっていた。メアネル家の古屋敷よりもよっぽどこっちの方が貴族が住んでいそうだ。
部屋に見入っている間に看護師はもう勝手にどっかに行ってしまった。仕事に不真面目な看護師で本当に助かる。
これで俺と、ベッドに横たわる人物だけになったわけだ。
「かなり豪華な部屋に住んでるじゃないですか。自分で注文したんですか?」
言いながらベッドに近付く。すると書斎スペースの壁に、この病院の創業者なのか肖像画がいくつも飾ってあるのを見つけた。だとしたら、この部屋は多分病院の医院長とかの部屋なんだろうかとも考えた。……どっちでも良いけど。
「……」
「……」
返事がない。
「生きてます?」
人がいるのは間違いない。日当たりのいいベッドからリーデッヒの頭と片手が生えて出てる。
眺めているとその手は動き始め、俺に向かって手のひらを左右に振った。次の瞬間は息絶えたみたいに力無くマットの上に転がった。
「暇で死にそうだ」
ようやく喋った。
「生きてますね」
口しか動かない顔の方は無表情の男で。ベッドに伏しながらずっと天井のシミを数えていたらしい。それと部屋の豪華さについては、特に何も気に入っていないと事務的に言った。
ふと、ベッドの下に新聞紙が落ちているのを見つける。仕方がないから拾ってやり、寝込んだ怪我人の上に載せたが、特に反応なしだ。これは重症だな。
「不運ですね。せっかく無事だったのに、階段で足を滑らせて腰をやってしまうとは」
言うと、ようやくリーデッヒが軽く笑った。
「本当だよ。日頃の行いかな」
少しも体を動かせないせいで笑う時もぎこちなく。ヘヘッ、ヘヘッ、と気持ち悪い。
わずかな揺れでも新聞紙がまた落ちた。また俺は拾う。親切心で枕元に置こうとしたら断られた。リーデッヒは「貴族向けの雑誌だ」と皮肉も言っている。
だから俺も皮肉のつもりで枕元に置いてやった。リーデッヒは否定するにも気力が湧かないみたいだ。天井を見上げたまま言う。
「テレシアのことばかり気がかりだ。毎朝毎晩彼女のことを思っているよ。目を閉じるといつもテレシアの泣き顔が浮かぶんだ。変わらずに元気に過ごしていると良いんだけど」
「女王はだいたい床に伏せていますよ」
「なんだって!?」
これを聞くと、リーデッヒは天井のシミから目を離した。さっきは要らないと言った新聞紙を目線で指して言う。
「毎日、彼女と君との関係を面白おかしく書いてある。写真も載っているから、てっきり元気にしていると思っていた……」
「外出や国務はこなしてますけど。そうじゃなかったら部屋から出ません」
「なんてことだ」
「食事も要らないそうです」
「はぁ……それは心配だ。こうしちゃいられない……!! ……はあ。無理だ」
微動だにしていない。しかしリーデッヒ的には懸命に体に力を入れたんだと思う。それに諦めは早かった。
「君にお願いするしかないか」
「嫌です」
そんな気がした。
「何を言うんだクロノス君。姉上が弱っている時こそ、弟の君が支えてあげなくちゃ。他に誰がやるって言うんだ」
「……」
愛人のあなたなのでは? と、言うところだったが。先にリーデッヒがボソボソと続けた。
「僕だってテレシアの力になりたい。支えてあげるはずだった……。しかしこのざまだ。警戒を欠いて刺されて撃たれて寝たきりで。その上、腰まで痛めているおじいさんだと知れば、テレシアは失望するかもしれない。そうだろう? クロノス君。君はテレシアに私の現状を報告するだろう?」
「……聞かれれば」
「だよね。もう完全に僕は嫌われてしまう。最悪だっ!! うっ……」
嘆くにしても体が痛いらしい。
ところで俺には疑問があった。このリーデッヒがネザリアの岬にて、刃物で刺されて銃で撃たれ、大量の出血があったはずなんだが。今無事で痛めているのが腰だけだという不思議だ。
いくらアスタリカ勢の強靭な体を持っていても、あれだけの出血もある大怪我で無事で居られるわけがないだろ。
「あの。救命処置は何も必要なかったって医者から聞いたんですけど。どういうことですか?」
「え? ああ、僕のこと?」
この、ケロッとしているところも相当怪しいもんだ。
輸血の点滴も繋いでないし、替えの包帯も置いていない。あの大事件から数日後、重症患者として病院に運ばせたリーデッヒが、今ただの腰痛患者なんだが……。
「あれだよ」
「あれ? あれ、じゃわかりません」
「指を見てよ」
動かせる指がリーデッヒの足元を差している。壁際まで目をやると、ソファーの上に黒いビジネスバッグが置かれてあった。
「中を見てごらんよ。入ってあるから」
「えっ……。見ても良いんですか?」
敵国の軍人が持つカバンだ。何を思ってか、さすがに俺は遠慮していた。
「僕は動けないんだもの、仕方がないからね。ただし趣味が悪いとは言わないでくれよ? 袋のものがあるから出してみて」
「はい……」
アスタリカ軍の指揮官ゲイン・リーデッヒのカバンを、まさか俺が開けるとは夢にも思わない。しかし、そう気軽に言えるってことは、きっとただの旅行用品しか入っていないんだろう。
「袋のものがあるだろ?」
「袋……」
ファイル、散弾銃、弾薬、通信機、それから言われている『袋のもの』があった。
「病院に持ってくる品々じゃないですね……」
「護身用に持たされているんだ。重くって仕方がない」
ハハハと笑って、イテテと言っていた。
この中では袋のものよりもファイルが最も気になるけど……。手元が狂うというのは難しいから、ここでは袋を取り出してみる。赤黒い液体を密閉して包んだビニールだ。
「ジュースですか?」
「違う違う。血のりだよ。衝撃を与えて中の液体が飛び出せば、まるで致命傷を負ったみたいに見せられる演劇道具さ。ほら、僕は劇団員に居たって言ってただろ?」
「……なるほど。初めて見ました」
ぷよぷよしていて冷たい。それに、窓の光に当てると少し綺麗だ。
「貴族向けの公演にはあんまり使わないかもしれないね。名劇『エヴァーアイリス』でも殺傷シーンで血を流して演出したら誰も観に来なくなっちゃう。そうだ。ひとつ持って行くと良いよ。防弾チョッキの上に当てがっておくんだ。下だと意味がないからね?」
自分で言ってからまたハハハとイテテだ。大変だな。
「ありがとうございます」
「いいえ。じゃあ種明かししたってことで……。僕からも君に質問をして良いかな?」
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