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女王とリーデッヒの関係1

 エルシーズの地とも呼ばれるこの土地で、アスタリカ軍とは海を渡ってきた脅威で間違いない。もともとは海外の大国から派遣された調査隊だった。それが六十三年のうちに三国も堕とした。

 貴重な歴史があり、エルシーズの礎ともなる聖地もアスタリカ軍に奪われた今、この土地の国々はどう動くのか。何を変えるのか……。

 今日行われる五カ国首脳会談の席にアスタリカ軍人が座っていない『今』しか、話し合える時間は無いと言える。

 ……と。店の主人が個人的に付けたラジオから伝えられている。

 俺とリーデッヒの席にも聞こえるが。

 注文した酒のつまみと前菜にはどちらからも手を出そうとせず、ずっと窓の外をぼんやり見ていた。話し合うことも特に何もないと黙っていた。ラジオを付けるまでは。

「……有意義な話をした方が良さそうだ」

 何を思ってか、リーデッヒの方からそう切り出した。

「有意義な話とは?」

「うん。君もきっと気になってしょうがないだろうから。僕とテレシアとの馴れ初めから話すよ」

 それは……あんまり有意義とは思えないな……。

 窓からテーブルへ視線を戻したリーデッヒ。俺の嫌な気持ちが顔に出ていたのか「そう嫌な顔をするな」とすぐに言う。

「人の恋愛話に興味ないです」

「そう言うな。君が知って損はない……!」

 はっきりと言い切るこの時のリーデッヒは、本当に何か俺に伝えるものがあるのかと思わせた。分からないが、アスタリカ軍の中でのことなのか、これから起こりうる大きなうねりなのか。

 しかし。俺まで少し気張らせておいてから。次にリーデッヒは肩を丸く縮こませ、悲観的なため息をついていた。

 俺の「どうしました?」を待っていて、それが無いから自ら語り出した。

「テレシアとはひとつ大事な約束がある。彼女がそれにケジメをつけるまで、僕たちは幸せな未来を結べないんだ……」

「……」

 約束? ケジメ? 何かしらの俺の反応を待っている感じの間を作るも。俺の反応が無いんでまたリーデッヒが勝手に語りを再開する。

「悲劇の二人……。命懸けの恋さ……。僕が決断したとしても、彼女が決断するにしても。僕たちは一緒にはいられない。僕がテレシアとの約束を守り、テレシアが自ら踏み出せたら、ひとつの幸せが手に入るかもしれない。だけど望み薄……ではあるんだけどね」

「はぁ……」

 と、ここでリーデッヒが背を正した。悲劇を取り払った顔と目が合った。

「僕、昔は演劇団に入っていたんだよね。ちょっと様になっていただろ?」

「……え? はい?」

「もう。演技力のことだよ。ちゃんと見ていてくれないと困るな」

 言いながら机の皿からナッツを摘んでポリポリと食べる。その間に足を組んだようだ。俺が演技力を褒めないのなら真面目に向き合う価値がないとも思ったのかもしれない。

 本当にここからリーデッヒの話が始まる。

「テレシアと出会ったのは二年前だよ。彼女の夫の葬式の次の日だ。実際僕がニューリアンに渡って初めてテレシア女王を見たのは葬式の日だったけど。さすがにその日に声をかけるのは出来なかったな。死因は聞いているかい? ……落馬でも戦死でもない、原因不明の突然死。後から聞くと持病も特に無かったと言うじゃないか。いたたまれない気持ちになるよ」

 そうは言いつつチーズの欠片を荒く咀嚼してるが。

「僕とテレシアとの関係がどこまで進んだかって? そんなことを聞くのは野暮だからね。いくら君がテレシアの弟君だったとしても、姉の個人的な関わりまで晒すわけにはいかない。分かるかな?」

「はぁ……」

「分からないか。まだまだ青いね」

「……」

 歳の差をからかわれるところよりも、アスタリカの連中に卑下されているようで若干腹が立つ。

「でも!」

 リーデッヒが言葉を足した。演劇団のそれが生かされているなら、注目を集めるみたいにはっきりと強い口調で言った。フォークで生ハムを突き刺したが、勢いがありすぎて下の皿に当たって金音が鳴った。

「君に奪われるわけにはいかないんだ。ここは先約に任せて身を引いて欲しい」

 フォークが浮いても生ハムは付いてこない。その四本の尖った先はリーデッヒの口に運ばれるんじゃなく、俺の顔へと向けられた。

 じっと見据える異国の瞳は狩人みたいに揺らぎがなく、俺をまっすぐに捕らえている。

「ええっと……。身を引いて欲しいというのは、女王に会わないで欲しいという意味ですか……?」

「そうだ。そもそも急にふらりと現れた弟に、彼女の側を任せて安心できるわけがない」

 ギラリとフォークの先が鋭く光っている。愛人の嘘にも騙されてやるとは言いつつ、さすがに信用するとはまた別の話みたいだ。

「俺のことが信用できませんか」

「ああ、出来ないね。全くもって信用ならない。それにどうしてだろう。君のことは探る気になれないんだよ。お互いに色々なことが明るみになると……分かるだろ?」

 分かるもなにも。ほとんど言い当てているようなもんだろう。

 俺がセルジオの軍兵だってことをリーデッヒは勘付いている。当たり前だ。相手の裏を掻こうとしないで軍隊の司令官なんて務まらない。

 だったらこの場で銃でも撃ってくるだろうか。流石にアスタリカ軍所属でもフォークの一本のみで人を殺すことは出来ないだろう。

 窓の外にセルジオ軍はもう歩いていない。あの一瞬窓から覗いただけでリーデッヒを見つけ、店の外に軍隊を待機させてある……なんて気も回して無いだろうし……。

「外が気になるかい? 友人でも見かけたなら是非紹介して欲しいな」

 脅していたフォークが下げられた。生ハムを掬ってからリーデッヒの口内に運ばれた。

「俺の友人を紹介したら仲良くしてくれるんですか?」

 咀嚼して飲み込んでからリーデッヒが答える。

「もちろんだ。君なんかよりも僕の方が色男だってことを証明させてやるさ」

 その生ハムが気に入ったらしい。次々に口に運んでいくが、その間の俺はというと拍子抜けしている。

「色男……?」

 そんなものを証明して何になるんだ?

「良いかい、クロノス君」

 忘れてた。弟役としてリーデッヒにはクロノスで通っていたことを思い出した。

「何ですか」

「恋愛はグループ戦だ。男は一匹狼で戦いがちだけど、女性が本気でイイ男を見極めるのには周りの評価を重要視しているもんだ」

「わかったかい?」と聞かれるが「分からない」と答える。

 リーデッヒの自論はもう少し続く。

「血の繋がりがあろうが無かろうが僕は怯まない。ただ、テレシアを一番に愛しているのが僕だと認めてもらえさえすれば、必然的に君の座は要らないものになる。そして君はもう手遅れだった。出てくるのが遅すぎた。このリーデッヒとテレシアの間には確実に愛が生まれて育っているのだからね。はっはっはっはっは。いけない、いけない。話し過ぎた……」

 秘密主義だと自己紹介したリーデッヒ。その色白の顔を赤くしていた。自ら照れる話を暴露してからグラスの水を一気に飲み干した。美味しくないと言いつつピッチャーから注いでもう一杯だ。

 俺は、分からないと言ったが、これで分かった。

 どうやらリーデッヒは、俺がテレシア女王の弟だということ自体は嘘だと気付いている。俺のことを信用していなく、排除したい姿勢だが。

 その理由は……テレシア女王を巡った恋敵なんだと勘違いしてのことらしい。


(((毎週[月火]の2話更新

(((次話は来週月曜日17時に投稿します


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