ネザリア王国
この街の祝いムードに当てられてか雨は止んでいた。それでも曇天なのは変わらないが、市民全体が浮かれムードなんで皆傘を持たずに外に出てる。
浅海の青緑を掲げた旗がヒュルヒュルと強風に吹かれていた。新しい事業をこのタイミングで起こし、国道沿いでは新装された店が連なっている。好景気の影響でどこもかしこも行列だ。
ネザリア城を中心に栄えた街。城はもう観光地になっているが。相当栄えた王が暮らしていたかと思えばそうでもない。見栄えばかりで統治していた国だからな。
どの角度でも見える城壁ととんがり屋根を眺めていたら、車は城を通り過ぎても南下した。そして新設された迎賓館の敷地へと入っていく。壊せる建物がたくさんあるから、五カ国首脳会議場の真隣に用意したみたいだな。
ロータリーにて車が分かれていった。荷物を積んだ車はそっちの駐車場へ。人を乗せた方は会議場へ。集まるには丁度良い時間になっている。
高級車が列になり、エントランスのボーイにて順番に案内されていくらしい。もちろん馬車なんて道中からここに至るまでひとつも見ていない。あんなもので登場したら逆に目立って仕方がないだろう。
手旗の合図によって車を進めたらエントランスに到着。見えるように各国が送った生花や像などが飾ってある。ニューリアンが送ったものも、セルジオが送ったものもだ。
「さあ、エスコートしよう」
意気揚々と降りたリーデッヒがテレシア女王の手を取って降車を手伝った。しかし彼の役目もここまで。それに俺もここから先は待機になる。五カ国首脳会議の会議室には入れない。
扉までは女王の横にリーデッヒが付き添った。するとドアマンが一歩前へ。
「愛人、護衛の方はご遠慮いただきます」
ネザリア国旗を胸に刻んだ兵士が立ちはだかった。「愛人」ときっぱり告げるあたり。俺に少し違和感を与えた。
とはいえ二人は落ち着き払っている。こんなことは想定内だったみたいだ。テレシア女王は、残されていく俺とリーデッヒを振り返った。
「送ってくださり感謝いたします。では後ほどまた」
丁寧にお辞儀をしたあと、会議場へと入って行った。
「……さぁて。どうやって時間を潰そうか。……って、おいおい。ひとりで何処に行く?」
ガシッと腕を持たれるが、ブンと振って払う。
「他の代表者に見られるとややこしいので」
俺は、大理石の床をカツカツ鳴らして車の進む方向へと歩いていく。いつまでも扉もとで留まっていると、会いたくない人物にも顔を見られるかもしれない。
「なるほど……」
何がなるほどなのか独り言が聞こえ、すぐに追いかけてくる靴の音も近付いた。リーデッヒは俺の横にピッタリと付いて、早歩きに歩幅を合わせてきた。
「彼女の弟が現れたとなれば大混乱だ。姉思いの弟だね」
「……」
まあ、女王が付いた苦しい嘘に騙されているならそれで助かる……か。
残念ながらセルジオの軍事部はネザリア領域に駐屯地を置いていない。時間潰しにはマリウスの盗聴も楽しめるかと思ったがそれも叶わない。
「おーい。どこまで行くんだい?」
「……」
「ため息が多いな。大丈夫?」
無意識のため息まで拾われる。
「疲れたなら歩いていないでカフェにでも入ろう?」
「……」
この男が好きそうだと思ってショッピング街を目指してきたんだが。目に留まったものに興味を引かれているうちに姿をくらましてやろうとした作戦は失敗だった。
ネザリアの地図も頭に入っていないし、道中で撒くのも難しい。あんまりフラフラ歩いていたら普通に道に迷いそうだ。不用意に裏道に入ったら何か問題でも起こされそうだし……。
その時、時刻を告げる鐘が鳴った。ちょうど広場にあった時計台から時間も見れる。会議は始まったようだ。
「変な音だね」
「……」
言う通りだ。何の金属を鳴らせた音なのか。聞き慣れない音に、俺もリーデッヒも足を止めてしまっている。
この時刻が合図なのか、近くの店が続々と看板を出してきた。そういえば、ネザリアの南は工業が盛んな街だ。だから酒場が昼過ぎから開くと同期が話していたっけなと思い出す。
その名残なのか? あの変な鐘の音と、こんな時間から開く店……。
考えていると、ふとこの広場で見覚えのある軍服を見つけてしまう。赤い剣の紋章……あれはセルジオ軍兵で間違いない。会議中の待機でこの辺をうろついていてもおかしくないか。
「……カフェに入りましょう」
すぐ側にあった店がちょうど店員が看板を持って外に出てきたところだ。それと入れ違うようにして店の中へと入った。リーデッヒも楽しそうに付いて来た。
席は店の一番奥。俺からもリーデッヒからも自然な角度で窓の外が眺められる。
「即決したのは良いけど、ちょっと渋くないか? この店は」
「どうせならローカルなものを味わいたいと思いまして」
民謡を流すような田舎食堂だった。ここなら観光客は入りたがらないだろう。窓から見える別の店では早くも行列を作っているところもあるが、ここは俺たちの他に二組客が入って来ただけで途絶えてる。
セルジオ兵士が店を横切った。ひとりが窓から内部を覗いたが、あれは見たことがない新人兵士だったな。俺の顔も知らないはずだ。
しかしうっかり俺の身がバレがされないように気を付けないと。リーデッヒと同行していることも知れたらややこしい……。
「決まった?」
「この盛り合わせにします」
「酒のつまみじゃないか。飲まずに食べるのか?」
「はい。減量中なので」
注文はリーデッヒから店員へと伝えられる。サービスの少ない店員が去っていくと「軍兵士みたいだな」と、独り言を言いながらテーブルに向き直った。
もちろんこの好景気に肌を出さない女店員がそう見えたのじゃなく、俺のことを言っている。
テーブルから身を乗り出す勢いで、俺のことをまじまじ見つめてくる目がそう語っている。
「……君には色々と聞きたいことがたんまりとあるんだ。でも、よしておく。他人に根掘り葉掘り聞かれるのは気分を害すだろう?」
「まあ、そうですね」
リーデッヒは身を乗り出すのをやめて、椅子に背中を付けてくれた。
「突然沸いて来た『弟』なんて信じ難いけどね。テレシアがそう言うなら信じるよ」
それで普通にグラスの水を飲んでいる。
よっぽど女王のことを気に入っているんですね。と、言いたい気持ちがあったが……やめておいた。無言で眺めていると、喉を潤したリーデッヒがまだ喋ってくる。
「なにせ僕もそうだ。周りには僕が自分のことを聞いて欲しくてたまらないように見えるらしいんだけど、こう見えて秘密主義なんだよ」
ひとりでフフッと笑う。そしてまだ少し水が残るグラスを俺の方に傾けて来た。
「互いの秘密は尊重すべきだ」
片側の眉を上げた。俺に、そうだろ? とでも問うみたいに。
「……」
仕方がないから俺もグラスを持ち上げて相手のグラスに少し当てた。カチンと鳴った後、リーデッヒは嬉しそうに白い歯を見せて笑い、水は飲まずにそのままテーブルへと置く。
「あまり美味くない水だ。店選びを間違えたね」とも言って笑う。
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