十年後に捧ぐ花
あなたがその死体を見つけたのは、十歳の時でした。
森の中です。
あなたは探検をしていて、それを発見したのでした。
白い骨でした。
男か女か分かりません。
大人ではあるみたいです。
服は風化してぼろぼろで、ちりぢりになって落ちています。
あなたは近くから花を集めてきて、死体のそばに添えました。
なかば遊ぶようにして。
二十歳の時です。
あなたは子供の時に見つけた死体に、花を届けに行きました。
なかば日課のようにして。
あなたは憂鬱な気持ちでした。
親が死んだのです。
モンスターに殺されたのでした。
まだ生きていたころに、親が言っていたことが頭から離れません。
「はやく結婚しろ」というのです。
あなたは嫌でした。
他人と共に生活するのが苦痛だったのです。
そこまで他者を信じることができなかったので。
三十歳の時です。
あなたは今までと同じように、あの死体に花を捧げに行きました。
性懲りもなく。
あなたは途中で勇者の一行に会いました。
彼らは三人のパーティで、いずれも『地球』という所から来たと言います。
そこは合理的で数理的な、『科学の世界』だということでした。
あなたは説教をされました。
一人には「名も知らない赤の他人に毎日花をあげるなんて、善人ぶった馬鹿のやることだ」とせせら笑われて。
一人には「ここは変な宗教が支配しているから」と、分かった風な顔をされて。
最後の一人には「やさしいんだね」と、頭の中身を哀れまれるようにして。
あなたは何も言いませんでした。
『勇者』たちは何者にも勝る武力があり、どんなケガもなおす治癒の技を持ち、王都の文官も凌駕する知識と魔法を駆使して、この世界の住民を困らせる凶悪な魔物をあっさりと蹴散らす戦士です。
多くの人の憧れで、言っていることもまた、さほど間違ってはいません。
しかしあなたは彼らの意見に従う気もなければ、「彼らのようになりたい」とも思いませんでした。
三人の勇者が、魔物と同じにしか見えなかったのです。
自分より力や立場の低い弱者をいたぶることでしか、いい気になれない醜怪な生き物という点に於いて。
四十歳の時です。
あなたはひとつの義務のように、相変わらずあの死体に花を持って行きました。
病に蝕まれながら。
あなたは物思いに沈んでいます。
神官に病気の回復を願っても魔法が効かず、薬も功を奏さない。
勇者一行に頼んだ施療もムダに終わりました。
『長くてあと十年だ』と言われたのです。
五十歳の時です。
あなたはあの死体に花を贈りに行きました。
最後のちからを振り絞って。
あなたはもう碌に目も見えません。
身体も言うことをききません。
耳も遠くて、まわりの音がよく分かりません。
自分が今どこにいるのか、近くにあの死体があるのかも、分かりません。
あなたはけれど、森の中を這って行きました。
あの死体がある所まで。
草を震える手で探りながら。
あなたは分かっていたはずなのに。
誰に言われるまでもなく。
この行いが無意味に過ぎないことを。
魂などというものが、存在しないということを。
もしあったとしても、自分の行動に応えるような所には、ありはしないのだということを。
子供のころに見つけた骸骨が、「もしかしたら生前はとんでもない悪党で、吹きさらしにしておくのが良い様なのかもしれない」という可能性を。
名も知らぬ死者に花を捧げる徒労を。
その歪さを。
愚かさを。
救いようの無さを。
それでもあなたは、出会ってしまったその死者に、少しでも喜んでほしかったのです。
読んでくれた方、レビューを書いてくれた方、ありがとうございました。