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第八話 茉里の場合〜ピグマリオン〜

「本当、あなたはブスねえ。どうしてファンデーションもアイシャドウもうまく塗れないの?」


 婚活カウンセラー・二宮晶子の声が響く。


 ここはとあるメイクスタジオ。茉里はここで開催されていたメイクレッスンのイベントに参加していた。婚活セミナーイベントの一貫らしく、晶子は元メイクアップアーティストでもあり、広々と綺麗なメイクスタジオを事前で持っていた。


 友達に誘われて軽い気持ちで参加した茉里だったが、意外と晶子は塩対応。教えてくれたメイクスキルができないと怒号が飛んできた。


 茉里は介護施設で福祉士として働いていた。高卒後、家が借金まみれになり、介護が一番即働けるから選んだ。決してプラスの気持ちで選んだ道では無かったが、今は資格もあり、責任もある立場だった。


 毎日忙しい。メイクもついつい手抜きになり、最近は一切していない。職場でも誰にもメイクについて言われないし、元々こういったオシャレも得意ではない為、ファンデーションもアイシャドウも上手く塗れない。


「本当にあなたアラサー? 婚活する為にはメイクは必須よ。ブスはダメ」


 容赦ない晶子の言葉に茉里は挫けそうになっていた。


 職場の利用者から暴言を吐かれる事も多いが、それとは全く違うトゲがある。オシャレは苦手だが、茉里も女。ブスという暴言を吐かれて楽しいわけもない。


 それに今の時代はルッキズム。AIにブス判定されると障害者になるような時代。一応AIには「ややブス」という判定をもらってはいたは、こうも露骨にブスと言われると傷ついてしまった。


 居てもたってもいらてず、茉里はここから逃げた。衝動的に美容整形外科の門も叩いてしまっていた。


 ルッキズムの世に伴い美容整形も高額。トラブルも多いらしく、整形する前にカウンセラーの面談も必要だった。


 茉里もそう簡単に整形する事はできず、カウンセリングを受けることになった。


 カウンセリングルームはアロマオイルの良い香りが漂い、ソファもふかふか。インテリアも全体的に落ち着き、リラックスできる雰囲気だった。


 カウンセラーの井崎京子も優しそうな女性だ。年齢はアラフォーぐらいだが、美人でもブスでもなく、中立的な立場にいるのに安心した。オシャレが苦手なこと、晶子からの扱いを愚痴を吐くように相談していた。


「親指姫って知ってる?」

「は?」


 しかし京子は話題を変えてきた。童話の話をしてきて首を傾げてしまう。


 確か親指姫は様々な困難に遭いつつもツバメに救われ、最終的には王子様と結婚できる童話だったが。


「あの童話のツバメの立場って可哀想じゃない?」

「まあ、確かにそうですね。せっかく親指姫を救ったのに、結局王子様を選んだというか。少女漫画の当て馬的ポジションというか」

「ええ。だから世の中にはこういう報われない人っているんですよ。整形もそう。いくら頑張ってもどうしようもないケースってあるんです。努力が報われるのは運も必要です。もちろん親ガチャも成功してないとね」


 京子は整形の失敗事例の顔写真を見せてきた。こんな童話の話をしているのも遠回しに諦めさせているのだろうか……。


 さすがの茉里も色々と察してカウンセリングルームを後にしたが、友達が心配し、とある美容師を紹介してくれた。何でも美容師の人柄もいいらしく、ヲタクや引きこもりにも評判がいいらしい。この美容師を担当してくれた事をきっかけに引きこもりを脱出したものもいるらしい。


 美容室の外観は街に溶け込んでいた。よくある小規模な美容院。


 茉里は全く期待していなかったが、髪の毛を切りに行った。


 担当してくれた美容師は四十代前半ぐらい。ベテラン風で、黒髪短髪で落ち着いた雰囲気の男性だった。名前はケンタさん。この雰囲気だったら、コミュ障の人でも行きやすいかもしれない。漫画も多く置いてある。


「確かに茉里さんは、ちょっとメイクは雑かな? 自己流かな?」

「そうなんですよ〜」


 髪を切りながら晶子の件もついつい愚痴っていた。


「でもさ、ちょーっとだけ変えるだけでよくなるよ。髪だってそう。僕は自信があるからね。セットやアイロンが出来ないズボラさんでも綺麗な髪にするよ」


 そう語るケンタは自信に溢れていた。実際、その言葉通りに綺麗にカットしてくれ、メイクの細かいアドバイスもしてくれた。


 不思議な事に彼に言われた通りにすると、だんだんと綺麗になってきた。


「大丈夫。絶対綺麗になれるよ。茉里さんは高価で尊い」


 そう励まされ、メイクやヘアアレンジも楽しくなってきた。


 周りから褒められる事も多くなり、自信も出てきた。


 もしかしたらオシャレそのもの自体は本質的では無いのかもしれない。そうする事で自信を持ち、堂々と胸を張れる事が本質。オシャレも整形もあくまでも手段だ。


 気づくと茉里は、下を向く事もなくなり、婚約者もできた。


「おめでとう、茉里さん!」

「ありがとう」


 茉里は髪を切りにった時、ケンタに報告していた。


「不思議。ここで髪を切ってから綺麗になれた」


 鏡の中にいる自分は昔と変わっていた。


「言葉だよ」

「言葉?」

「ピグマリオ効果っていう言葉がある。他者から期待をかけられるとその期待通りに動くっていう心理学用語があるんだ。だから僕は茉里さんに期待をかける言葉を使い続けた」

「なるほど」

「聖書にも言葉が大事って書いてあるからね。言葉や思考は想像以上に人間の心に影響するらしい」

「そうか……」


 思えば昔は悪い言葉に同意していた。


「もともとピグマリオンは、御伽話みたいだけどね。ピグマリオンっていう王様が美しい彫刻に期待かけていたら、本当に人間の女の子になったというお話があるんだよ」

「へえ」

「人の願いも強いものなのだろうね」


 ケンタはそう言うと、白い歯を見せて笑っていた。


 ピグマリオの話を聞いた茉里は婚約者にも期待をかける事にした。


「大丈夫。あなたは社長!」


 まだ成功していな婚約者にも期待をかけ続けていた。


 彼が本当に社長になれるかはわからない。ピグマリオン効果も半信半疑だが、未来への期待だけは捨てないでおこう。

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