第七話 美優希の場合〜かぐや姫の帰郷〜
美優希は家族経営の古臭い会社の秘書をやっていた。
これだけAIが発達し、平成にあった仕事もだいぶ減っていた現実もあったが、ここは日本。ガラパゴス化するジャパンだ。こんな2028年でも未だにハンコ、ファックス、リモート化もしない会社は意外と残っていた。
男女差別も相変わらず。つい先日、昭和や平成のように「美人すぎる秘書集団」としてメディアに取り上げられた事もあった。もっとも美優希はこの中ではベテラン。お局化しつつあるので、たいして嬉しくはなかった。こんな古臭い男女差別だが、今の時代のルッキズムと相性は良く、現状は意外と昭和や平成のままだった。AIなど進化しているのに、人間はさほど変わっていないのかもしれない。AIのお陰で消えている仕事は多いが、宗教、風俗、占いは何故か全く消えていなかった。
「美優希先輩、美人税、だるくないですか?」
そんな会社の社員食堂で定食を食べていたら後輩から相談を受けた。今は美人というだけで税金が取られる時代だった。こういう相談はよく受ける。
「うん。こればっかりは仕方ないわ。まあ、特権階級?」
美優希は社員食堂の奥の方にいる障害者雇用社員を見る。ブスも障害者認定される時代は、やたらとこういう弱者も増えた印象だ。メディアで報道される障害者と違い、仕事も出来ない上に素直さも無い連中ばかりなので、社内ではいじめられている。美優希は可哀想だとは思うが仕方ない。この世は残酷だ。弱肉強食なのだ。弱者を食い物にする狼ばっかりなのだ。
「先輩、そんな露骨に言わないでくださいよ」
「だって事実じゃない?」
「まあ、そうですけど。あ、そういえばマッチングアプリやってみませんか?」
後輩は婚活のマッチングアプリをオススメしてきた。何でも女性はAIで美人判定されたものしか入会できないアプリらしい。美優希の中にある優越感が刺激されていた。再び、社員食堂の隅にいる障害者を見ながら、ちょっと笑ってしまう。
「そんなのあるのね? やってみるかな」
こうして婚活を気軽に始める事にした。
別に結婚相談所に行くようなブスとは違って焦ってはいない。美優希はモテる。そんなプライドがあった。
大学生のころは、男性達にいっぱい貢がせ、無理難題もふっかけていた。それでも「可愛い」「美人すぎる」とチヤホヤされた。同性からは「かぐや姫のようだ」と言われた。確かにかぐや姫のように男性へ無理難題をふっかけていたが、美優希は美人という自負もあった。実際、AIにも美人判定される。かぐや姫とバカにされようと全く気にしていなかった。
婚活もきっと余裕だ。いつも通りに男性に我儘を言い貢がせよう。
しかし、マッチングアプリを初めた美優希は、現実の壁にぶち当たった。
女は美人しかいないので、レベルが高い。若い子も多いので、アラサーの美優希は思ったほど「いいね!」は貰えなかった。高学歴、高収入の女性も多い。今の日本経済はずっと低迷しているので、経済的自立も魅力の一つになっていた。一方、美優希はバリキャリでも高学歴でも無い。
もしかしたら一般的な婚活アプリを使った方がマッチング率は高かったかもしれないが、ずっと美人としてチヤホヤされていたプライドが邪魔し、現実が見えなくなっていた。
低いマッチング率だったが、一応公務員の男と会う約束は取り付けた。
高橋という名前のアラフォー男で容姿も話し方もスペックも何もかも冴えなかった。
いつものように無理難題を吹っかけようとそたが、高橋に連れて行かれたのはファミレスだった。しかも割り勘。奢りですら無かった。
「俺、実は専業主夫希望。奥さんに介護も仕事も育児も全部やって欲しい」
その上、無理難題もふっかけてられてしまった。
このまま去ろうと思ったが、今までの美優希も似たようもの。鏡を見せられているようで、何も言えない。
気づけば職場でもお局。鏡の中の自分は、劣化している。その割には中身は何も成長していない。現実が見えてきた。かぐや姫は月ではなく、現実世界に帰るべきなのか。美優希のプライドは粉々になった。
「もう私は若くは無いんですね。現実が見えてきました」
美優希は美容整形外科の門を叩いていた。即整形はできず、カウンセラーと面談する事になってしまった。
目の前にいるのは井崎京子というカウンセラーだった。今の時代は美容整形外科にこういったカウンセラーがいるのは一般的だ。AIではなく人間にしか出来ないカウンセリングは需要も高かった。
京子はアラフォーぐらいの女だが、美人でもブスでもない。白衣が似合う知的な感じの人だ。お陰で本音もスラスラと出てきてしまう。カウンセリングルームはアロマオイルの香りもする。椅子もふかふかでリラックスしてしまうというのもあるが。
「ええ。普通の男性、年収五百万以上、大卒、高身長の未婚男性なんて極々僅かです。婚活は楽では無いですよ」
京子は丁寧な口調で現実を教えてくれた。
「そうですね」
「ええ。現実を見て、余計なプライドは捨てた方が良いです。そうすれば整形なんてしなくても大丈夫。案外、男は顔のパーツなんて見てないですから。雰囲気美女でオッケーです」
京子に励まされたが、別に夢も希望も生まれては来ない。
「ええ。今は整形はやめておきます」
見かけだけ良ければ何とかなる時期は、とうに終わっている事を悟る。今は整形よりする事があるかもしれない。大人の女として。
「ありがとう、京子さん。気持ちが整理できました」
お礼を言い、頭を下げると美優希はカウンセリングルームを後にした。
かぐや姫はこうして現実へ帰って行った。