第六話 風子の場合〜希少価値〜
AIには常に「美人判定」が出る。ああ、困ったな。
風子は、貧乏だった。田舎出身だったが、去年上京し、地下アイドルをやっていたが、芽は出ず、貧乏生活を強いられていた。
田舎でもAIでも「美人」だと言われ、調子に乗っていたのかもしれない。
都会に出ると上には上がいる。
何度もオーディションを受けたが、大手事務所にいる若手に勝てず、落選経験を積み上げている最中だった。
面白くない。こんなはずではなかった。
思えばAIのアイドルも人気で、ライバルは上級美人だけない。
田舎でちょっと美人と言われていた風子には歯が立たない状況だった。今の時代はAIに美人認定されると、税金もかけられるようになっていた。バイト先から天引きされるのだが、毎月手取が減り、地味に痛い。
最近はバイト先の客からストーキングのような迷惑行為も受け、余計に憂鬱だった。オーディションは通らない、税金は高い、周りは上級美人ばっか。
AIに美人認定されても全く嬉しくはなかった。
そんな折、事務所からエキストラの求人が来たので行ってみた。
公園で人気俳優と女優がベンチで会話するシーンの撮影だった。
風子は交通人のエキストラとして、犬を連れて散歩する役目だった。
エキストラは無言を貫く必要があり、撮影中はずっとそうしていた。もちろん変な表情もできず、ひたすら「無」を徹底する。
遠くに見える人気俳優や女優の姿を見ながら、この世界は完全にピラミッド型だと思わされていた。
「ねえ、君もそうおもう?」
撮影時に相棒だった犬に話しけたが、返事はなかった。
虚しさだけが残る仕事だった。
おそらくピラミッド型の社会で自分は、上位にも行けないが、下層にも落ちないような中途半端なところだろう。
容姿も今は負債だ。税金はかかるし、ストーカーもいる。仕事もこれで成功するのは、難しい。
思えば周りが全員ブスの環境で「美人」と持ち上げられていた田舎生活が一番幸せだった。
価値は希少さで決まる。特定のコミュニティの中で希少さで一位になればいいのだ。田舎のブスも何だかんだで結婚しているが、あれもより下層のコミュニティを狙って希少価値を高めた結果かもしれない。いわゆるヲタサーの姫が生まれるのも理解ができる。
価値というのは、環境で変わるらしい。
昔は「置かれた場所で咲きなさい」という言葉が流行っていたらしいが、環境が悪すぎると、芽は出ないのかも知れない。
「もしかしたら、この都会ではブスの方が希少価値があるのか?」
そんな発想も出てきた。
田舎ではブスは珍しくなく、障害レベルのそれも多かったが、都会では逆だ。実際、都会では障害者認定されるブスは一パーセント以下だった。
風子は戦略を変える事にした。とりあえず、今の中途半端な美人でいる状況は負債だった。
「という事で、私はブス枠で頑張ろうと思うんです」
美容整形外科に行き、カウンセリングを受けた。京子というカウンセラーだったが、話していくうちに方向性がきまっていく。
わざと目を一重にしたり、鼻をつぶす整形をし「愛嬌のあるブス 」顔のモンタージュも作成して貰ったが、案外悪くない。このモンタージュはAIにもブス判定されたが、なぜか目が離せなかった。
「本当にこの顔に整形するんですか?」
京子は心配してきたが、このブス顔のモンタージュを見ていたら、色々とビジョンも見えてきた。
まずはお笑い養成学校へ行き、ブスをネタにコントをしたくなった。中途半端な地下アイドルよりは、将来のビジョンが見える。上手くいけば「障害者が頑張ってる枠」もゲットできるかもしれない。そう、見せ物枠。昔から障害者の食い扶持だ。綺麗事をいくら並べても、人々の障害者への本音は「差別」&「見せ物」なのだろう。本音と建前というもの。
ホンモノのブスのリソースを奪うような罪悪感も持ってしまったが、この世は弱肉強食。「弱さ」も極めれば、希少価値が生まれて、狭いコミュニティで一位になれる? 「弱さ」を競う競争でも一位になれば希少価値があるのだろうか?
風子は一位になれる事に飢えていた。この都会では美人はいっぱいいる。希少価値は薄く、どう頑張っても一位になれない。だったら、戦略を変える必要があるだろう。
「本当に本当にブスに整形するんですか? まあ、この点については法律に穴があって、わざとブスに整形する事は違法じゃない状況ですが」
「ええ、いいんです。美人は、つまらないです。この都会ではいっぱいいるからね」
「うーん、私は納得できないんですが」
京子は美人でもブスでもない綺麗な普通顔だった。この顔だったら中立だ。京子の仕事では有利に働くようの見えた。
ぽやっとした雰囲気の京子だが、自分が一番輝く環境を選んでいる。なかなか賢そう。
置かれた場所で咲きなさい?
そこで希少価値もなく、大量生産され、一位にもなれなかったら? 逃げた方がいいでしょ?
そう何度も自分に言い聞かせていた。
美容整形外科のカウンセリングルームは、うっすらとアロマの匂いもし、ふかふかなソファにもリラックスしてきた。自分のこの判断は間違っていないと確信を持ってきた。
「本当に本当にブスに整形していいんですね?」
「ええ。もう何度も念を押さないでください」
一瞬、京子は笑っているように見えたが、気のせいだろう。
こうして風子はブスに整形し、コメディアンとしてデビューした。ブスの自虐ネタを笑いにかえ、多くの人に笑顔を運んでいた。
上手く「障害者でも頑張っている」ポジションを得て、チャリティードラマやドキュメンタリーの仕事も絶えなかった。
税金も免除され、年金も支給されていた。もっとも今の収入ではお小遣いレベルだが。
もっとも田舎では大バッシングを受け、帰郷できる状況ではなくなったが、これでいい。
都会で希少価値を得て、一位になれた。
それにヲタクに絞って恋活をしていたら、普通に彼氏もできたし、この点でも困っていない。
ブスも場所が良ければ金になる。要は希少価値を演出し、狭いコミュニティでも一位になってしまえば、成功するのだろう。今のグローバル時代、胃の中の蛙になり、ヲタサーの姫になった方がよっぽど効率が良いらしい。
鏡の中にある顔は、日に日にブスになっていく。この状況の味を占めた風子は、よりブスになるように整形依存になっていたが、風子は幸せだった。