第五話 美咲の場合〜若返りの薬〜
この世は残酷なルッキズムだった。
美咲は生まれつき美人に生まれついた。両親は二人ともロシア人のハーフで、目の色も透き通り、肌も雪のように白かった。
まつ毛も長く、鼻もすっとまっすぐ。小さな口元は上品で、子供の頃は天使や妖精とも呼ばれれいた。
加熱しているルッキズムに伴い、美人税が導入されたり、ブスは障害者認定されていたが、美咲は冷静だった。
現在、公立の中学校に通う美咲だが、その中身は冷めていた。
もちろん、他人と接する時はニコニコ笑顔で感じ良くしていたが「かったるいなあー」などと思っていたりする。
異性からのアプローチもウンザリしていた。毎日のように告白されるが、相手は逆上したり、ストーカーに発展する事もある。勝手に理想を押し付けられて勘違いされる。告白を断るのも実はとても面倒。よく知らない異性に好意を向けられるのも気持ち悪い。頭の中ではどんな妄想をしているのかわかったものではない。
中途半端なブスからは嫉妬されたり、逆にアイドルのように崇められたり、めんどくさい。
その上、美人税も払っているので、両親からは手取りが減ったとぶつぶつ言われる。
別に美人でも特に得した実感もなく、美咲は冷めていた。
冷めた目でこの世を見ると「美」は儲かるとも思う。化粧品、ファッション、アンチエイジングなどなど、どれもお金のタネだ。今は美容整形も庶民が手を出せない金額になり、より世の中お金だと感じてしまうものだった。
それに老けた時の事も考えると、何も面白くない。
どんな美人な芸能人やアイドルも、歳を取れば新しい若い子に代替される。よっぽど演技力や歌唱力がない限り長く活躍するのは、難しいだろう。賢そうな芸能人は結婚後は引退状態のものも多い。介護士になった芸能人もいるらしい。懸命な判断だ。
美咲には芸能界からのスカウトなどもあったが、そんな現実を見ると、何も夢は持てず、全部スルーしていた。
母も芸能人になるのは大反対していた。上を目指すより、美人は小規模なコミュニティで一位を取り、ハイスペックな異性をゲットするのが賢い生き方だとよく言われていた。
「京子さん、母はそう言っていますが、どう思いますか?」
美咲はとある美容整形外科にき行き、カウンセリングを受けていた。
美容整形は興味はないが、カウンセリングだけは受けたかった。目に前にいる井崎京子というカウンセラーは。美容全般の悩みに答えてくれると有名だったから。
「自分は美人だと自覚がありますが、母のアドバイスに通りに生きるのは、疑問があります」
京子は美人でもブスでもない平均的なルックスのアラフォー女性のせいか、するすると本音が出てくる。
「なんか現実が見えちゃうんですよ。所詮人間は外見しか見ないよなぁとか。あと、老けた時どうしようって思う」
京子は年相応にシミやシワがある。老化という現実がはっきりわかってしまう。そうなった時、自分は何が残るのかわからず、不安が押し寄せていた。
「まあ、気持ちはわかります」
京子は話を聞いてくれるだけだった。カウンセラーの役目はそれだけだろう。美咲の中で答えは出なかった。
そんな時だった。
ロシア人でもある祖母が亡くなり、葬儀をあげ、家の片付けも手伝っていた。疎遠だったんで特に泣いて悲しむ事もなく、淡々と片づけをしていたが、一冊のノートが見るかった。
そこには祖母の若い頃の記憶があり、魔女に弟子入りする日々の記録もある。魔女なんてファンタジー風な世界だが、日記の内容は生々しく、嘘は書いていないように見えた。
ロシア語で書いてあっったが、AIを使うと簡単に翻訳できた。画像を撮り、AIに翻訳してもらいながら、読み耽ってしまう。下手なファンタジー創作より面白く、祖母の魔女っ子生活にワクワクして読んでいた。
中には若返りの薬を作るエピソードもあり、齧り付くように読む。
これは美咲も知りたい事だ。どんな美人でも老いには勝てない。その方法がわかれば、今の状況も打破できるかもしれないと胸がワクワクしてきた。
若返りの薬のレシピも書いてあったが、祖母はその作成を断念していたようだ。
「やっぱり、こんな方法で自然の摂理に逆らったらダメだよね」とも書いてあり、祖母の魔女修行も中途半端なところで終わっていた。
祖母の気持ちはよくわからない。
若返りの薬のレシピには動物の死体もたくさん必要のようで、美咲も用意できないと悟る。
やはりこんな都合の良い話は無いようだ。どんな美人でも老いには逆らえない事を実感してしまった。
「とういう事で京子さん。老いは仕方ないと思うようになりました。諦めます」
「そうですか。それは良かったですよ。美人だとより老いは怖いでしょうが」
「ええ。本当に」
そう語る美咲の表情は、憑き物が落ちたようにスッキリしていた。
「受け入れようかと思います。老いも美人税も、ストーキングも同性からの嫉妬も」
「ええ、美咲さんは素晴らしいわ。で、その若返りの薬のレシピって見せてくれる?」
なぜか京子はそこに食いついてきたが、もう美咲には必要がないものだ。
「ええ、どうぞ」
祖母の日記を渡すと、京子は魔女のように笑っていた。
この京子も老いが怖ったりして?
まあ、そんな事を知っても仕方ない。
「話を聞いてありがとうございました」
お礼を言うと、美咲は顔を上げて歩き始めていた。