番外編短編・京子の場合〜タラント〜
これは井崎京子がカウンセラーとして働き始めた頃の物語である。
京子が働き始めた頃は、カウンセラーの地位は低く、稼げない職業とも言われていた。カウンセリングのプロでもなんでもない詐欺師のような占い師、自己啓発リーダーが自分の職業を奪っている気もし、理不尽だったが、歯を食いしばりながら仕事をしていた。
そんなある日。
兄が逮捕された。しかも殺人。同僚の女性にストーキングし、振り向いてもらえない逆恨みを募らせ、被害者の家に火をつけたのだった。
兄はいわゆる弱者男性。金も地位も見た目も悪いおじさん。失うものが無いと「無敵の人」になってしまった。
終わった。ジエンド。
実際、フィアンセから婚約破棄、職場も噂がたてられクビになった。京子自体は何もしていないが、差別ってこんなもの。
昔は精神疾患を持った患者、身内にも露骨な差別があった。京子の実家は閉鎖的な田舎なので、そんな差別は日常茶飯事。きっと今でも根強くあるだろう。
京子の田舎では精神疾患患者は「なきもの」とされ、戦前までは姥捨山のような状況にあっていたらしい。酷い場合は殺人もあったという。鬱は風邪、発達障害は個性などと軽いノリで発信するメディアには、前々から違和感があったものだが。
似たような立場に立たされた京子は自暴自棄になっていた。美人だったり家庭環境が良い親ガチャ成功者に嫉妬心を募らせ、自分の境遇を嘆き、絶望する。
恋愛も仕事も兄に全部潰された。自分の心の中には、魔女が住んでいた事は知っていたが、目の前が全て闇にしか見えない。光がない。生きている価値もあるのかわからない。
心の中にいる魔女が囁く。「お前なんて価値などない。いなくなればいい」。呪いのような言葉が、お腹の底から響いてきそう。
そんな時だった。
家に牧師だという女が訪ねてきた。どうせ人の不幸をネタに勧誘しにきたのか。これだから宗教はクソだと思ったが、この牧師は犯罪者支援もしているようで、兄ともよく面談していると語った。
そんな牧師を追い返す事もできず、とりあえず話は聞く。
五十代ぐらいに地味な感じの女だった。変な黒い服も着てない。パンツスーツ姿。牧師というよりは、学校の先生っぽい。
牧師だというにに、特に宗教の話はしない。食べもの、天気、テレビの話題ばかり。
時には一緒になってテレビの内容に悪口を言ったりもした。どうもこの牧師は、心の壁が無いタイプに見えた。普通は自己と他人の間に何かしらの壁をおく。壁が分厚い人もいれば、薄い人もいるが、この牧師はそれ自体無い。実にあけすけ。その分、嘘をついているように見えない。これでも京子はプロのカウンセラーだ。人が嘘をついているかどうか。心の状態がどうか。なんとなくわかる。
「牧師のくせにそんな悪口言っていいんですか?」
「ふふ、京子さん。お兄ちゃんと全く同じ事いうのね」
ふと、張り詰めていた糸が切れそうになった。「お兄ちゃん」なんて久々に聞く。その言葉の響きだけで一瞬で子供時代の記憶が巡り、鼻の奥がつんと痛い。もうこの世にいない両親や飼い犬のチビの事も頭に浮かんでは消える。
「死んだらダメよ。あなたを一番愛する方を悲しませる」
「それって誰?」
牧師は答えない。ただ、彼女のシワっぽい目尻や、手のひらを見てたら何となく想像がついた。この人の手には、釘の跡なんて無いが。
「聖書にはタラントの例え話がある。人それぞれ神様が才能というタラントを与え、やってもらいたい役割もある。京子さんにも。私は京子さんにしか出来ない役割も絶対あると信じてる」
その目は真っ直ぐだった。そんな目を見ていたら、心の中にいる魔女が大人しくなり、無言になった。
「本当?」
「ええ。もし違っていたら、神様に文句言ったらいのよ」
「いいの?」
「いいのよ。全部自分で責任を負わなくても」
牧師の手のは釘の跡など無いが、一瞬あるように見えた。目の錯覚か。幻だろうが。
以来、牧師は聖書や宗教の話は全くしなかったが、彼女と会っている時は心の中にいる魔女は大人しくなり、もう最悪な事を考えるのはやめた。
自分に神からの役割があるかなんてわからない。知りたくもないが、それが本当か確かめてみても良いだろう。もし間違っていたら、それはその時だ。
とりあえず、確かめるだけ。確かめてみる為に今日も生きる。生きてさえいれば、きっと暗闇にも光があるだろう。
ご覧いただきありがとうございました。これにて全編完結です。ブラックメルヘンな連作短編集でした。童話的なシンドロームを調べるのが楽しかったです。シンデレラコンプレックスなど耳が痛いのですが……。
新作は準備中です。お料理ネタのラブコメの予定です。本作と違い明るく可愛い話を目指してます。お料理×少女漫画風といった感じですね。春ぐらいには連載したいです。よろしくお願いします。




