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ルッキズム狂想曲〜哀しき女達の場合〜  作者: 地野千塩


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番外編短編・誠治の場合〜バベルの塔〜

 親ガチャ。


 今は2028年だが、数年前に流行ったネットスラングは、すっかり定着してしまっていた。


 社畜という言葉も平成初期に流行ってたらしいが、今もすっかり定着。言葉は使われてなんぼ。どんなくだらないネットスラングでも使っている人口が多ければ残るのだろう。


 そんな事を考える誠治だが、完全に親ガチャ失敗だった。両親はカルト教にはまり、母親は教団幹部となって出家。父親に引き取られた誠治だが「お経が足らない」「お布施や信仰が足らない」などと言葉の暴力も受けるようになる。カルト教団が持つ学校に行くが、いじめにあったり、暴力事件を起こしたり上手くいかない。今は非正規雇用を転々としていたが、そこでも失敗続き。


 下らない周囲を見ながら、本当の自分はこんなもんじゃない。本当はすごい実力があるんだと思い込んでいた。そう思い続けないとやってられない環境だった。


 そんなある日。ネット小説とやらを偶然知った。


 純文学を読み漁っていた誠治は、レベルが低い文体なのに人気を得ている事に衝撃を受ける。


「こんなん俺でも書けるわ」


 鼻で笑っていた。


 実際、(自称)文学性の高い本格ファンタジーなども書き、ネットにアップ。しかし、何の反応もない。pv一桁。


「くそ!」


 自意識を拗らせていた。こんな下らないヤツらに負けるなんて。


 誠治の心の怪物は、すくすく育っていた。作品を書いている時は神のような気分になり、自意識は肥大していく。一方、現実はネットで見向きもされない底辺作家。


 作家になれば人と関わらず生活もできる。


 そんな小説を書き始めた動機もあり、余計に心の中にある怪物が制御できない。自意識と現実の評価のバランスが崩れ、人気作品の欠点を探し、悪口を書き込んでいたりした。


 そうすれば努力なんてしなくても自分が神になれた。


 小説を書く作業は見た目もほど簡単でもない。下調べ、展開の辻褄合わせ、キャラクターの魅力、心理描写、印象残るセリフなどなど、作るのは簡単では無い。


 そんな作業をすっとばし、悪口を書くだけで自分は神になれる。こんな楽な事はない。誠治はいつのまにか作品を書かず、悪口を書き込むだけの生活になっていた。


「で、あなた。作家って人付き合いしなくて良いとか本気で思っているの?」


 そんな誠治を心配した母親は、カウンセラーを家に読んできた。井崎京子というアラフォー女。どうやら誠治の遠い親戚らしく、その縁で無償で来てくれたらしい。普段は美容整形外科でのカウンセリングがメインの仕事らしい。一見優しそうな女だが、意外と辛辣な事も言ってくる。


「人付き合いもできないコミュ障男の小説なんて面白いわけ無いじゃない。小説って心理描写が根幹でしょ? 何で人の気持ちが分からない男がキャラクターの心理を書ける? あなたは私がみたところ、レイク・ウォビゴン効果にハマってるかも?」


 二人がいる客間の空気はすっかり凍りついていた。


「それはそうだけどさ……」

「本気で作家になりたいの? その割には二、三作書いて拗らせているとかメンタル弱くない? もしデビューしたらプロや読者にもボコボコに酷評されるけど、そんな拗らせてて大丈夫?」

「それは……」


 京子はやたらと現実的な事も言ってくる。他にも印税率、ライトノベル業界全体の数字、書店の数、作家の生存率など耳の痛い情報ばかり。


 ただ、自分のために調べてくれたのかと思うと、少しは申し訳ない気持ちにもなってきた。


「本当に作家になりたい動機って何? 現実逃避? 自己実現? あなたにとって作品とは?」


 耳が痛くて血が出そう……。


「今後はもっとAIも進化するわ。AIもライバルよ。小説より面白い娯楽もある。芸能人や政治家のゴシップなんかもライバルね」


 ついに誠治は反論できず、下を向き黙ってしまった。


「まあ、本気で書きたいんだったら、聖書を読むのをおすすめする」

「は? 聖書? 俺、宗教はこりごりなんだが」

「そこには人間の心の動きがよく書かれている。作家志望で聖書読まないってほぼ自殺行為よ。聖書は神=言葉と言ってる書物。言葉で人の心を動かしたいなら、すごく参考になるはず。カウンセリングのプロが言ってるんだから、素直に聞いてみれば?」


 別に京子のアドバイスに感銘を受けたわけでもない。ちょっと挑発的だったし、少しだけだったら読んでもいいだろう。


「ノアの方舟とバベルの塔ぐらいは知ってるわ」


 最初の創世記は知ってるエピソードもあった。特にバベルの塔は読んでいると、余計に耳から出血しそう。


 バベルの塔は神に反抗し、高い塔を建てようとした人間の物語。傲慢になっていく人の心は、見ていられない。自分と重ねてしまう。


 誠治も似たような心になっていた。自意識に比べ上手くいかない現実とのギャップに苦しんでいた。


 バベルの塔は最終的に神に滅ぼされた。人が使っている言語をバラバラにされ、意思疎通できなくなり、塔の建設どころではなくなった。


 何故だか、神がした結果を見てホッとしていた。


 聖書はバベルの塔だけでなく、人は神にはなれないという現実がリアルに描写されている。


 イメージと全然違う。両親のカルトでは逆に人は神や仏になれるという思想。故に修行や戒律もあり苦しい所だ。


 一方、聖書は「人は基本的にクソ」という論調だった。


 そんな書物を読んでいると、誠治の中にいる怪物は小さくなり、バラバラに砕けていた。


 相変わらず現実は冴えない。聖書を読んだからといって別に金持ちになったりする事もない。


 それでも気が抜けてきた。所詮、人は神にはなれないのだから。人間はクソなのだから。


 親ガチャ失敗し、上手くいかない現実も少しずつ諦めがついてきた。これが「折り合いをつける」というものかもしれない。


「まあ、聖書のタラントの例え話ってやつは悪くないわな、うん……」


 その後、誠治は小説を書く事自体はやめなかった。もう夢いっぱいのライトノベルのようなものは書けないが、底辺労働者や親ガチャ失敗した人間の心は、リアルで知ってる。そんな人へ寄り添える作品だったら書けるかもしれない。令和の「蟹工船」でも目指してみるのも悪くないはずだ。底辺男だからこそ書ける小説だってあると信じてみたくなった。


 一度は壊れかけた夢だが、再び息を吹き返していた。

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