第三十四話 藍の場合〜青い鳥〜
昨今、AIの台頭は凄まじかった。美醜も判断されるし、司法、病気などもAI任せになっていた。
「チルしちゃおう? イエーイ! 私はAIアイドル歌手のアイコ。よろしくね!」
繁華街にある電光掲示板では、AIアイドルのアイコちゃんの動画が流れていた。歌って踊れるスーパーアイドルで、この動画の中でも伸び伸びと動いていた。その姿はロボットという感じがしない。生身の人のようにナチュラルだ。
アイコちゃんは、今はとっても人気があるらしく、飲料や化粧品メーカーの顔にもなっていた。アイコちゃんは、炎上もしないし、私生活で不倫もしないだろう。企業はノーリスクでアイコちゃんを起用できる。その上、ギャラもかなり安いという。
「はあ……」
夢嶋藍は、そんなアイコちゃんの動画を見上げながら、ため息が出る。
藍もアイドルをしていた。地元では美少女として有名で、子役もやっていた。中学生の時にアイドルのオーディションを受け、歌やダンスのレッスンを積みながら、人気を獲得していった。最初はご当地アイドルに毛が生えたものだったが、握手会では神対応、スキャンダルもなく、ファンからの信頼もあった。
去年は大手事務所に移籍し、モデルや女優などの仕事も受けるようになったが、今は壁にあたっていた。
藍は顔は可愛いが、スタイルは芸能人としては普通。海外のモデルと並ぶと大惨事になり「公開処刑」だと炎上してしまった。演技もすごく上手いというわけでもなく、ネットでは「棒読みロボット」というあだ名もついていた。
そしてアイコちゃんの台頭。藍も化粧品や飲料メーカーのCMの契約が終わった。代わりにアイコちゃんが起用されている。今は藍の契約している企業は無くなってしまった。
今の時代はルッキズム。美人には税金、ブスには福祉という時代だったが、単なる容姿の良さだけが求められているわけじゃない。キレイさというか、ネットで余計な事を言わない賢さとか、優等生さが求められていた。
昔は人と違った発言も受けが良かったという。平成時代だと占い師やLGBTの人がご意見番として毒舌を言うのも視聴率が高かったらしいが、今は逆。キレイで優等生的な発言が求められた。実際、藍も余計な事を言うな、台本通りに話せと釘を刺されていた。
一見、華やかな世界で仕事をしていた藍だったが、何の自由もなかった。髪型も勝手に変えられないし、全部言われた通り発言しないといけない。本当は彼もいた事はあるが、初心なヲタク女子のフリをしたり。こんな不自由さを感じていると、自分なんていなくても良いと思う。AIでいい。アイコちゃんでいいんじゃないかと思い、自己肯定感は今は全くなかった。
そんな折、事務所の先輩が不審死したというニュースがあった。
藍も憧れていた実力派女優だった。順調そうに見えたのに、なぜだろう。
警察も藍の元にやってきて、事情を聞いてきた。
「そんな、私……」
ショックで声も出ない。警察によると自殺の可能性が高いという。遺書だけは無かったため、こうして周囲から事情を聞いているらしい。
「でも、先輩。いつも言っていました。スポットライトが当たらなくなったら、どうしようって……」
順調そうな先輩だったが、酒が入ると仕事の悩みを打ち明ける事があった。才能があり、美しい芸能人は腐るほどいる。その中で頭一つ抜け出すのは、並大抵ではないと……。
「お察しします」
警察は意イメージと違って優しく、そんな言葉を残して帰った。
一人残された藍は、未来が見えなくなっていた。自分もスポットライトが当たらなくなったら、どうしよう?
実際、もうアイコちゃんの仕事を取られている。先輩のように亡くなったり、引退していく同業者も多い事に気づく。
子供の頃は、「可愛い」と言われている事に無邪気に喜んでいたが、今はそうでもない。美人=幸せとも限らない。成功=幸せとも言えない。いつか光が当たらなくなった時の事を想像するだけで足がすくむ。
先輩の死については様々な憶測が飛びかっていた。中には他殺説も飛び交っていたが、藍はやっぱり自殺だった思う。もし、先輩がこんな恐怖を持っていたとしたら、死を選んでもおかしくない気がした。
「どうしよう。私、なんだか未来が怖いです」
そんな藍は井崎京子というカウンセラーに相談していた。
美容整形外科にいるカウンセラーだった。事務所から紹介され、評判も良いという事なので京子に相談していたが。
京子は知的で優しそう。カウンセリングルームもリラックスできる雰囲気で、ついつい口が滑る。
それでも京子の目が鋭い時もあり、藍は背筋がゾワゾワとしてきた。案外小賢しそう。芸能界にはいないようなタイプだ。本当に賢い人は、こんな業界には来ないのかもしれない。
「でも老いは、どんな女にも平等にあるわ。あはは、こればっかりは神様って案外平等ですね」
「そうですが……」
「まあ、ずっとその仕事を続けてもいいんじゃないですか。その代わり、演技、歌、スタイルなど卓越したものがないとダメね。それこそAIに勝てるぐらいの」
AIに勝てる?
京子の言葉を聞きながら、それはムリだと悟る。今はノースキャンダルの優等生アイドルとして売っていたが、別に私生活で彼氏がいた事もある。そこを突っつかれると痛い。それに歌、演技、スタイルもどれも凡庸である事は知っていた。自分の実力、器はどれぐらいなのか分かる。今あるのは「若さ」だけかもしれない。それだって絶対老ける事はないアイコちゃんには、完敗だ。AIに勝てる部分は何も思いつかない。
「そんな泣きそうな顔はしないで。この若返りの薬をあげるわ」
「え、若返りの薬?」
「そう。色々な犠牲を払ってどうにか作ってみたわ。飲んでみる?」
そんな薬はあり得ない。ただ、京子の顔が魔女のようにも見えてしない、そんな物もあり得そう。優しそうに見える京子だったが、口元、目元はどこかクールで、時々内面のゲスさを隠せていないように感じた。
若返りに薬は小さな瓶に入っていた。見た目はピンク色で、透明だった。
「人魚姫みたいに泡になるかもしれないけど、飲んでみる?」
怖い事も言ってくる。
「そんな事あるわけないじゃない!」
藍は京子の手から瓶を奪い、中身を飲み干した。味は何かのハーブティーとよく似ていた。飲んだ後も特に変化はなく、泡になって消える事もない。
「本当に何の変化もないわね?」
「効果はじわじわときますよ。あはは」
再び京子は魔女のように笑っていた。
どうせイタズラか何かだろうと思ったが、次の夜、鏡を確認すると、シミが消えていた。
「藍ちゃん、お肌艶っぽい。何かやった?」
楽屋でメイクさんに顔をやってもらっていたが、確かに肌は綺麗になったような?
若返りの薬って本当だった?
楽屋の鏡を見ながら考える。例えそうだとしても全く嬉しくない事に気づいてしまった。
若返ったとしてもアイコちゃんのように完璧なアイドルになるのは、やっぱり無理だと気づいてしまった。
それから数日間は肌艶は良かったが、再びシミができ、ニキビができ、毛穴も広がり、いつも通りだった。メイクさんにも不摂生を怒られた。
若返りの薬は、嘘だったようだ。おそらくプラシーボ効果というものだ。医者やカウンセラーが偽薬を渡し、心理的効果を狙う事も珍しい事ではないという。
夢から覚めた気分だった。そう思うと、キラキラして見えていたこの芸能界も、余計に色褪せて見えた。
「お姉ちゃん、久々に食事でもしない?」
そんな折、妹の結愛と一緒に食事をした。昔は自信がなさそうな子だったが、今は彼氏ができて幸せそう。惚気ている結愛を見ていると、人には人それぞれの幸せがあると思う。結愛は地味な女子大生、彼氏もヲタクなのに、なんだかとっても笑顔が優しい。先輩や同業者、アイコちゃんでさえ見せない顔に見えた。もちろん、自分もこんな笑顔はできない。
「お姉ちゃんもお仕事頑張って!」
励まされたが、複雑だった。
もう十分なのかもしれない。自分ではやれる所まで努力し、ファンの信頼も得た。人それぞれの幸せがあるのなら、アイコちゃんに完敗したとしても、悪くないのか。
幸せの青い鳥は、すぐ側にいたのかもしれない。
藍は決まっている仕事を全部終えたら、引退する事に決めた。
もうスポットライトは当たらない。もうアイドルとしての夢嶋藍は泡になって消えるのだ。あの若返りの薬を飲んだ時から、本当は消える事を望んでいたのかもしれない。
そんな未来は光も何もない暗闇かもしれない。それでも何故か大丈夫だと思う。そう、大丈夫だ。きっと青い鳥が側にいるから。




