第三十三話 樹里の場合〜あしながおじさんの顔〜
AIがこんなに発達するとは、予想していなかった。確かに数年前からAI失業があるとは、言われていたが、見通しが甘かった。
「ああ、案件ないよな。困った」
樹里は頭を抱える。
樹里の髪色は金髪、メイクも濃いめ、服装も少しロックティストだ。昔はゴシックロリータファッションに身を包んでいたが。アラサーに近くなった今は比較的落ちついてはいた。
職業はイラストレーター。webデザインなどの仕事もやっていたが、最近はAIも綺麗な絵を描く。少し前はライトノベルの挿画の仕事で忙しかった樹里だが、だんだんと仕事も減ってきた。
仕事がないのも痛いが、自分の絵柄を見て改めて思う。確かに綺麗。可愛い。テクニックだって高いと自負していたが、個性はない。他のイラストレーターの絵に比べると「樹里らしさ」というものがなく、AIに代替されてもおかしく無いのかもしれない。
思えば数年前は、自分と似たような絵柄が量産されていた。まだAIが本格的に発展していない時代だったが、その時ですら樹里は「テクニックはあるが、これと言ったパンチも個性もない」とよく言われていた。先輩のイラストレーターからがそのうちAIの発展もすごくなるから、個性や樹里らしさを身につけた方が良いとアドバイスをされていたが、見通しが甘かったもよいだった。
これはイラストに限った事でも無いのかもしれない。今に時代はルッキズム。量産型の可愛いルックスが求められていると思いきや、逆に個性があったり、コミュニケーション能力がある女がモテていたりする。もちろんブスは嫌われてはいたが、一周回って多様性が評価されているのかもしれない。樹里もルックスは面白いと言われる事は多い。今は美醜もAIに判断される時代だが「面白い美人」と言われいた。
「今はルックスじゃない、イラストの仕事のことよ!」
そんな事を考えていた樹里だが、こうして指を咥えて黙っているわけにも行かない。とりあえずイラストを作成し、SNSや色々なWebサイトに投稿しはじめた。
今はSNSのおかげで横の繋がりも重視される。地味な絵でも、先輩が拡散しくれたら、ネットで人気を得る事もできる。これで仕事につながるかは不明だが、何もしていないよりマシだ。もっともSNSでもAIもイラストはかなり人気だが。
そんな事をしていると、とあるファンから投げ銭をいただくようになった。サイトによってはファンから支援をしてもらえるシステムもある。だから余計に横の繋がらないや炎上などしない賢さが必要。正直面倒だが、ネット社会を生き抜くには、そんなキレイさが必要だ。樹里は子供の頃からネットが身近だったため、その中で問題を起きなさい事が最優先だとも思う。息が詰まりそうになるが、こうして投げ銭などももらえたりするので、一概に悪いとも言えない。
「え、このファンからは、十万円も投げ銭くれてるよ。何、これは……」
投げ銭といっても千円以下がほとんど。その中でこの金額は首を捻る。嬉しいというよりは、少し怖い。
アシナガという名前のファンだった。樹里のイラストがとても好きなようで、毎回アップするとすぐに「いいね!」がつく。
アシナガって、あのあしながおじさんの事か?
確か孤児の少女の支援する男の話だったと記憶している。子供の頃はきゅんとしながら読んでものだが、今はすっかり忘れていた。
どうやらアシナガは、本当に樹里を支援してくれるつもりらしい。アシナガは資産家で土地も多く持っており、お金にも余裕があるというメッセージももらった。
詐欺ではないか?
そんな「あしながおじさん」のような夢物語なんてあり得ない。そんな少女小説みたいな美味しい展開など無いだろう。
頭では冷静だったが、心の奥底では子供の頃に読んだ「あしながおじさん」のイメージが強く残っている。
ついつい夢みてしまう。窮地に陥ったイラストレーターを支援してくれる資産家。なんともキラキラした展開ではないか。
樹里はこの展開にすっかり浮かれてしまった。顔も見た事もないアシナガさんにキュンキュンしてきた。何十万円も支援してもらうたびに、少女小説のヒロインになった気分だ。
最近はAIを使ってなりすます詐欺も多いらしい。一度も会わずに詐欺できるそうだ。樹里はそんな詐欺のニュースを聞くと、内心とてもバカにしていたが、今は笑えない。むしろ、アシナガが詐欺でも良いので、キュンキュンとときめきたい気分だった。見た目は気が強そうな樹里だったが、内面は少々乙女チックだったのだ。
こうして何度もアシナガとやりとりしていると、実際に彼に会いたくなってきた。別に詐欺でもいい。その顔をみたい。自分のあしながおじさんに会いたい。日々、そんな願望が募っていき、アシナガと会う事になった。
メディアによく出ているオーガニックカフェで会う約束をした。シェフなどのスタッフもいない無人カフェだった。全てAIが搭載されたロボットが調理をし、配膳ロボットが対応する。決済も電子マネー。顔認証で入店し、少しでもマナー違反をする客がいると警報がなるシステムだった。店内には小型の監視カメラが設置されているそうだが、ナチュラルなインテリアでまとめられ、監視されている感じはしない。配膳ロボットもリスや猫の形をしていて可愛い。
樹里は早めにカフェにつき、ドキドキしながらアシナガが来るのを待つ。
「ああ、彼の顔を見るのが楽しみ」
呟きながら、配膳ロボットが持ってきたコーヒーをもらう。オーガニックのカフェインレスコーヒーのようで、とても良い香り。味も悪くない。
「樹里さん!」
名前を呼ばれて顔を上げた。
「は?」
そこには、アシナガがいた。名前を名乗っているので間違いはない。樹里もSNSで顔出ししているので、向こうもその顔を知っているわけだが。
「は?」
樹里の口からは、変な声しか出なかった。
目の前の現れたアシナガは、醜い男だった。年齢は三十歳ぐらいだが、目は一重で細い。鼻は潰れて穴が目立つ。エラもはり、顎も割れていた。おまけに背も低く、もやし体型だった。少し前に流行ったネットスラングの「チー牛」と言いたくなるようなルックスだった。
今の時代はルッキズム。ルッキズムが加熱し、かえって個性的な人が再評価されつつあったが、このアシナガの容姿は……。
期待度が高かっただけに、余計にガッカリしてしまった。
それでもアシナガは、詐欺師ではなかった。土地を持っている資産家である事は確かで、かなりのヲタク。性格だって悪くはない。特に樹里の作品について褒めてくる。時には厳し意見も言ってくれるので、樹里のイラストはアシナガと出会ってクオリティが上がっていたにも事実。イラストの仕事も戻ってきた。
「僕は樹里ちゃんのことが大好き!」
そんな真っ直ぐな言葉も貰うようになり、アシナガとは自然に交際も始まってしまった。何よりアシナガは金があるので、その点も良かったのだ。金持ち特有のおっとり感や純粋さが、樹里の心を打つ。決して金目当てではない。アシナガの人柄は好きになってしまった。
ただ。
ただ、顔だけは何とかならないものだろうか。もう少し綺麗な顔だったら、完璧だったのに。
「ということで京子さん。彼に整形手術受けさせるのは、可能ですか?」
樹里は美容整形手術の門をたたき、カウンセリングを受けていた。今の時代は美容整形外科にもこうしたカウンセラーがいる事は普通だった。
井崎京子というアラフォーぐらいの女だ。雰囲気はおっとり優しそうだが、目元は鋭い。優しさと知的さが同居している印象の女だった。それ故に樹里の口も滑り、今の悩みを打ち明けていた。顔以外完璧な彼氏ですが、整形させる事は可能か、と。
「そんなの無理よ。整形するのには、本人の同意とサインが必要。ま、親が無理矢理子供の顔を整形したケースもあったけど」
「そんな」
「本人はなんて言ってるの?」
「それが……」
アシナガは自己肯定感がやたらと高い。親にも「世界一イケメン」と言われ育てられたらしい。本人も時々「俺ってイケメンだね」などと言っている始末。
「昔は男が女の容姿を求めていたじゃ無いですか。今は逆を求めたらダメですか?」
「ダメじゃないよ。でも本人が満足している場合は、こちらもどうする事も」
「『カエルの王子様』のように呪われていたっ事はないですか?」
本当に童話「カエルの王子様」のように呪いが解けて王子様に変わったりしないだろうか。
「そんな童話みたいな事はあるわけないじゃない」
京子の呆れ声がカウンセリングルームに響く。
「残念だけど、どうしようできない事ってあるわ」
「う……」
もう樹里は何も反論できなかった。呪いなん解けそうにないアシナガの顔は、受け入れる他なさそうだった。
そう、京子の言うとおり。現実は童話にようにはいかないようだった。




