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ルッキズム狂想曲〜哀しき女達の場合〜  作者: 地野千塩


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第三十一話 智代の場合〜ほら吹き男爵の改心〜

 良妻賢母。


 智代はそう言われる事が多かった。専業主婦として夫や子供を支えていた。ようやく未子の三女が独立し、自由な時間も手に入れられる。そう思っていた六十歳のある日。


 夫の不倫が発覚した。夫のズボンの中に女からのメッセージカードが入っていた。その名前で検索すると、女の実名のSNSがあったが、ところどころに匂わせ投稿があった。はっきりと明記はされてはいないが、夫と付き合っている事は明白。そして妻である智代への攻撃的な投稿もあり、倒れてしまった。


 救急車に運ばれ点滴も受けたが、原因は不明だった。


 心療内科にも行かされた。時には脳のスキャンもとる事があったが、智代には病名もつかず、原因不明という事に落ち着いた。


 それでも頭痛、だるさ、吐き気などの原因不明の体調不良があり、パートの仕事も辞めざるおえない。


 病院も転々とし、さまざまな検査を受けたが、全く改善はない。強いていえば夫の不倫がストレスになったと言えるが、どの医者も明確な治療方針を示さず、「時が解決するでしょう」と曖昧に言われるだけだった。


 一方、具合の悪い智代に夫は優しかった。


「具合悪いんだって? ケーキを買ってきたから、一緒に食べよう」


 週に一度、仕事から早く帰ってきて、ケーキを一緒に食べる事も習慣化された。相変わらず不倫をしているようだったが、夫は優しすぎるぐらい優しかった。


 裏では女との不倫は全く止めていない。女は「私って美人だから」などという投稿もしていた。綺麗な自撮りの画像つきで。


 そんな投稿を見てしまった智代は、発作的には美容整形外科の門を叩いていた。もうお婆さんに近い智代だったが、外見を美しくすれば、夫の心も返ってくると考えた。


 今の時代は、美醜が税金や福祉に判断基準にもなる。簡単には美容整形もできず、カウンセリングを受ける事になった。


「どうも、こんにちは。カウンセラーの井崎京子です」


 カウンセラーは美人でもブスでも無いような女性だった。年齢はアラフォーぐらいでシミやシワもあったが、白衣が似合う。雰囲気は柔和で優しそう。カウンセリングルームのリラックスした雰囲気にも飲み込まれ、事情を話していた。アロマオイルのいい匂い、ふかふかなソファ、京子の優しそうな表情に口も滑らかになっていた。


「そう。で、あなた、その病気の事をネットに書いたりしていません? いわゆる闘病記とか、闘病エッセイというもの。あと家族が急に優しくなった?」


 心を見透かされている?


 実際、智代はそういったものをネットに書き上げ、読者に「いいね!」を沢山もらっていた。夫も不倫をしているとはいえ、週に一回だけは優しい。


「私は精神科医ではない。単なるカウンセラーですけど、プロです。その立場で言わせてもらいますが、あなたはほら吹き男爵症候群かもしれない。以前も似たような患者に会ってます」

「え、なにそれ?」

「別名ミュンヒハウゼン症候群です。私は現実主義者ですから、お客様の需要より必要な言葉を提示します。薮医者のように病状を長引かせる言葉は需要はあっても決して言いません」


 その名前は聞いた事がある。確かわざと身体を傷つけ、周囲に病気である事をアピールする症候群だ。


「大袈裟な話で気を引くほら吹き男爵っていう物語があります。そのモデルになった人がミュンヒハウゼン。ここから取られた症候群ですね」


 なぜか京子は笑い声をあげていた。雰囲気は優しそうなのに、それだけでは無い女に見えた。


「病気というものは、メリットがあるからなるんですよ。病は気から。本当に心から治りたい、自分を変えたい、未来を生きたいって思えば、病気は治ります。絶対に治ります。私はそう信じてます。私はあなたも未来を生きていけると信じてます。あなたは悲劇のヒロインなんかじゃありませんよ。どうですか? 智代さんは病気を治したいですか?」


 ネットでもらえる「いいね!」。週に一回だけ優しくなる夫の顔が浮かぶ。


 確かには今までは、自分は心から病気を望んでいたのかもしれないと気づいた。アピールしたかった。悲劇のヒロインを演じれば、夫の気持ちが返ってくると信じて疑わなかった。


「そうか、私は自分で病気を望んでいたんですね」

「ええ。聖書でもイエス・キリストが病人を治すシーンが多いです。でも神のすごい奇跡で治したとは書いてないですね。『あなたの信仰で治した』とイエス自身も言ってるところがあります。この意味わかりますよね?」


 聖書とかキリストとかはわからない。でも「病気のままでいたい」と望む人に全能の神も何も出来ないと言っているのだろう。本当の愛は厳しい面もあるかもしれない。智代は子育てもしていたので、何となくわかった。甘やかすだけが愛ではない。


「私、もう病気やめる。良妻賢母もやめようかな。悲劇のヒロインも。好き勝手に生きていいですか?」

「ご自由にどうぞ!」


 京子は晴れ晴れとした笑顔を見せてきた。智代の心も光がさしてきた。


 そに日から智代は好きなように振る舞った。前々から行きたいと思っていた土地に旅行に行ったり、友達とカラオケしたり、仮装パーティーをしたり、大きな声でゲラゲラ笑って過ごした。


 家事も適当。夫への態度も雑になり、ついに「不倫なんてやめてください」と単刀直入に言ってしまった。


 同時に涙が流れて止まらなくなった。智代が心から望んでいたものは、これだったから。ようやく望みを実現でき、安堵で涙が止まらない。


 ずっと声をなくした人魚姫のようだと思い込んでいた。実際は、ちゃんと声がある。声で自分の気持ちを伝える事ができるのに、病気という手段でアピールしてた。いや、アピールという優しいものではなく、夫に攻撃していた。実に陰湿で嫌らしい攻撃方法だと気づく。声を奪っていたのは、夫でも不倫相手のでもなく、自分自身だったのだ。ましてルックスのせいでもなかった。心が変わったようだ。改心というものかもしれない。


 なぜか原因不明の病気も綺麗に消えてしまった。


「ごめん、不倫はやめるわ」


 夫も不倫をやめた。だからと言って夫婦間関係が回復したわけでは無いが、これで満足だった。


 もう自分で自分の声を奪ったりしない。


 そう決意すると、心は光で満ちていた。


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