第二十九話 胡桃の場合〜魔法がとける日〜
整形は魔法だと思っていた。まるでシンデレラが使った魔法。
胡桃は極貧家庭の出身だった。一時は母が身体を売り、何とか生活していた事もあるぐらい。原因は父のアルコール中毒とパチンコ依存という笑えない現実があった。
そんな父と母を見て育った胡桃は、何としても結婚には失敗できないと考えた。なるべくステータスがあり、収入もメンタルも安定した男だ。
例えば医者だ。
社会的にステータスもあり、収入も安定。あとはメンタルが安定している男を選べば、両親のようにならないだろうと考えた。
そうはいっても学歴やたいした職歴もない胡桃は医者専門の合コンや婚活に招かれず困っていた。毎日毎日介護施設で老人の世話をしながら、シンデレラのように働く日々。
整形しようと考えた。
今の時代はルッキズム。AIで美人判定が出れば医者専門の合コンや婚活パーティーに入れるものもあった。借金すればどうにか整形できる。かつての母のように「立ちんぼ」をして金を作り、美容整形外科の門を叩いた。
「あなたは遺伝子的には悪くない外見よ。AIもそういってる。骨格はいいもの。目頭切開するだけでもだいぶ垢抜けるはず」
美容整形外科にはカウンセラーがいた。井崎京子というアラフォーぐらいのカウンセラーだ。
今に時代は美容整形外科でにトラブルが多く、こんなカウンセラーがいる事が一般的だった。胡桃も整形する前に彼女のカウンセリングを受けたのだが、背中を押されてしまった。まるでシンデレラの魔法をかけてくれる魔女にも見えた。
「私は整形した方がいいんですか?」
「ええ。あなたが幸せになれるのなら」
太鼓判も押される。
京子はシンデレラに出てくる魔法使いのように見えてきた。
こうして整形で目を大きくし、メイクやファションも完璧に整え、医者専門の婚活パーティーに潜入。
一番地味で女性慣れしていない男を捕まえ、晴れて結婚まで漕ぎ着けた。
夫になった男は子供の頃から勉強漬けで「医師免許は全てを救う」と信じているような人物だった。
義母もそう。
生まれてくる子供は必ず医者にしろとプレッシャーをかけられた。まだ妊娠の兆候など全くない時期から。
胡桃はシンデレラのように医者と幸せな結婚をしたわけだが、実情はこんなものだった。
夫は勤務医で過労死寸前まで働き、家庭も顧みない。その間の義母からのプレッシャー攻撃。
「こんなはずじゃなかった」
そうため息つく事ばかりだった。友達に相談しても「贅沢な悩み」と理解してくれない。
その上、整形が義母にバレた。どこからか卒業アルバムを探してきたらしい。
「詐欺師! 生まれてくる孫がブスだったらどうしてくれるの!?」
まだ孫の影も形もない時から責められ、胡桃の居場所はなくなっていった。
おかしいな?
女性向けの恋愛小説や漫画では冴えないヒロインが医者と結婚して幸せになる話が多いのに、現実はこれ?
自分は男性ではなく、ステータスという外見と結婚しようとしていた?
シンデレラも頭が良くないと幸せになれないの?
自分の幸せではなく、誰かの幸せを演じようとしていた?
そんな疑問が浮かんでは消えていく。
「という事で京子さん。魔法をとこう思います」
胡桃は再び美容整形外科の門を叩き、京子に相談していた。
「いいんですか?」
「ええ。元の顔に戻してください。シンデレラも身の丈にあってなかったみたい。例えば女医さんとかは医者と結婚しても、幸せになれたのかもしれないですけどね?」
「現実にはシンデレラストーリーなんて無いって事ですかね?」
「ええ。夢は夢のままにしておいた方が幸せになれるかも。宝くじだって当たった人は高確率で不幸です。自分で決めました。私はもう魔法に頼らないで幸せになろうって。一発逆転とかないですから。誰かの幸せをコピーして楽しようとしていた私が間違っていたんですよ」
そう語る胡桃の表情は晴れ晴れとしていた。
顔を元に戻した胡桃は、速攻離婚されたが、意外と円満にできた。向こうも仕事漬けで家に帰って来れない事、義母の事も謝罪された。こんな結婚だったが、一応は愛のようなものもあったのかもしれない。
その後、胡桃は介護の仕事をしながら、婚活し、寿司職人の男性と再婚した。見た目はヲタクだが、握る寿司は絶品、性格も穏やかだった。
今はアメリカに移住し、日本にいた時より数倍の年収を貰いながら、幸せな生活をしていた。夫も日本よりアメリカの方が寿司職人は稼げるようだ。同じ仕事でも環境次第で収入も変わる事を知り、胡桃は不思議な気分だが、今の生活に何の不満もなかった。
AIには「劣化中のブス」と判定されていたが、だから何? 胡桃の幸せには全く関係のない事だった。
めでたし、めでたし。
魔法なんてなくても幸せになれる。胡桃はそう信じていた。




