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ルッキズム狂想曲〜哀しき女達の場合〜  作者: 地野千塩


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第二十八話 聖美の場合〜ラプンツェルの涙〜

 毎朝、母に髪の毛を編んでもらっていた。


「いい? 聖美、女の子は髪が命。長い髪の毛が正解よ」


 母はキツく編み込む人だった。お陰で学校から帰って解くと、ゴムの跡がついていた。そのうち癖毛になり、聖美の髪の毛は傷み始めたが、切る事はできなかった。長い髪の毛=正解だと思っていたから。いや、思い込んでいたから。


 この世の中はルッキズム。女はオシャレして綺麗でいなければならない。幼いながらもそんな世の中の空気を感じていた。


 AIには「普通顔」と診断されてはいたが、何も嬉しくない。相変わらずメディアでは「美しすぎる女性秘書」などと報道していたし。年齢も大学に入ったばかりだった。他人から自分がどう見えるのか気にしていた。縛られていた。服を選ぶ時も他人の目。メイクもそう。髪型も。特に髪型は母の言う通りニしなければならないと思い込んでいた。


 そんなある日。


 駅前で美容整形外科の営業に捕まり、逃げられなくなった。聖美の外見は優しそうだが、カモにされやすそうなスキもあるように見えた。実際、断りきれず、美容整形外科のカウンセリングルームに案内された。


 今の時代はルッキズム。美容整形外科でのトラブルも多いので、即刻整形はできないらしい。こうしてカウンセラーと向き合って話すのが一般的だった。


 目の前にいる井崎京子という女がカウンセラー。白衣を着て優しそうではあったが、どうも目が鋭く、なぜか意地悪そうにも見えた。いじめっ子タイプではない。傍観者として笑って見ている一番嫌なタイプだ。聖美はいじめっ子を庇い、逆に被害に遭う事が多かった。故にいじめっ子タイプは何となくピンとくる。


「そう。あなたは他人の目が気になるのね。まるで塔に閉じ込められたラプンツェル ?」


 ただ、京子には何となく全部話してしまい、美容の悩みなどを打ち明けたら、そんな事を言われた。今も若干痛んでいる聖美の髪を指差しながら。


「そんなお姫様じゃないです。至って平凡ですよ」

「まあ、そう見えるけどね。塔から降りるのも現状に留まるのも自分次第よ」


 確かラプンツェル は王子様を助けるために塔から降り救い出す。盲目になった王子様に涙を流し、そこで彼の目も見えるようになるというクライマックス。


 ふと、自分は盲目の王子様のままでも良い気がしていた。相手に自分のルックスを見られなくて済む。こんな良い事はないのでは無いかと自分勝手な事も考えていたら、本当に目が見えない男性と知り合うきっかけが出来てしまった。


 そんなある日。大学の帰り道。


 杖を使いながら道を歩いている青年がいた。杖や視線ですぐに盲目の青年だと気づいたが、彼は自動販売機の前で戸惑っていた。


「どうされました?」


 思わず声をかけた。


 普段だったら他人からどう見えるか気になり、声などかけられない。困っている妊婦や怪我人もスルーするが、相手は何も見えていない。そう思うと気楽だった。


「いや、飲み物欲しいんだが、自動販売機で何を買うのかは一種のギャンブルだからね」

「あ!」


 そういえば自動販売機のボタンには点字は付いていない。


「何が飲みたいですか? 代わりに買いましょう」

「いいのかい?」

「ええ」


 こんな事が何度かあり、青年と自然と親しくなった。名前が裕也。生まれつき目が見えないが、訓練して家の周辺は一人で歩けるようになったらしい。


 目が見えないという事以外は全く普通。外見も悪くない。むしろ良い方だ。髪の毛を染めたり、アクセサリーなどもしていないが、笑顔は人懐っこく、聖美はすぐに恋に落ちてしまった。


 自分の姿を見られずにすむ。


 聖美の中で差別的かつ自己中心的な思いがなかったわけでが無いが、裕也と話すうちに気持ちが抑えきれなくなり、時々彼と一緒にホテルも行った。


 相手も同じ気持ちだったらしい。


「別に障害者だからって聖人君子じゃないから。天使じゃないから。普通に性欲とかある」


 それが裕也の口癖だった。手探りでされる愛撫は聖美を余計に夢中にさせていた。


 何故か髪の毛を触られると恥ずかしい。痛んでいるからだろうか。


 母の言葉もどうでも良くなり、髪の毛も美容院で短くしてしまった。


「お似合いです。こんな活発な雰囲気のほうがお客様に合ってますよ」


 美容師には新しい髪型を褒められた。裕也に見て貰えないのは寂しいが、その分不器用な手つきで頭を撫でて貰えれば十分だった。


 そう、こうしてたまに会い、恋人のような事をやっていれば満足のはずだったのに。


 それなのに妊娠が発覚してしまった。


 裕也はプロポーズしてくれた。裕也は年金などの福祉をうまく使えば子供を育てるのも難しくないという。


 聖美も堕す気もなく、結婚を決めたが、この事に母は激怒。絶縁を言い渡されてしまった。口ではいつも綺麗事を言っていた母だったが、心の奥底には裕也のような人への差別感情があるようだった。


 薄々この結婚は反対されるだろうと思っていた。こうなる運命にもなる気もしていた。


「裕也、もう私は家を出てきたわ」


 聖美は泣きながら裕也に抱きつき、もう二度と母のいる家に戻る事はなかった。


 別にラプンツェルなんかではない。


 この涙で裕也の目を治す事などできない。最初は下心で近づいた。彼を利用しているような感情が一切無かったわけでもない。これから子供を抱えての生活は今までの生活と比べたら茨の道だろう。夫になる裕也もハンデがある。彼を支える必要もあり、もう自分勝手な生活は送れない。


 それでも。


 自由に人を愛する楽しさを知ってしまった。閉じ込められた塔のような場所から脱出する事ができた。母からしたらもう何もかも手遅れだったのだ。


 めでたし、めでたし。


 少なくとも聖美は、この結末に何の不満もなかった。


「という事で京子さん。私は結婚しました。整形なんてしませんが、今まで話を聞いてくれてありがとうございます」


 大きくなったお腹をさすりながら京子に話す。


「ええ、そうなの。お幸せに」


 京子は張り付いたような笑顔を見せていた。まるで呪いが好きな魔女のよう目をしていたが、気のせいだろう。


 そう、今は幸せ。


 もう他人の目を気にしなくていいのだから。聖美は裕也の目が一生回復しない事を願っていた。


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