第二十七話 和歌奈の場合〜アリの真実〜
日本という国は、新卒を逃したら終わり。そんなデスマーチをやってるB級国家。
別に和歌奈は反日ではない。むしろ日本が好きだし、和食や治安の良さに誇りがある。
それでも就活がうまく行っていない今は、そんな事を思ってしまう。
積み重なるお祈りメール。合同面接や説明会では美女も多い。
結局、世の中はルッキズムなのか。同じ大学でも美女、実家が太い親ガチャ成功者が内定を得ている。和歌奈のようなブスは、良い結果にありつけない。
この国では働いていないものへの視線も厳しい。童話「アリとキリギリス」を信仰しているような国だ。
子供の頃は「アリとキリギリス」を読み、怠け者にならないよう宿題、お手伝い、部活も頑張っていた。ボランティアや受験勉強だって頑張った。偏差値も高めの大学に入ったが、今の時代はルッキズム。学歴より美貌の方が優先されている事を肌で感じてしまった。
美人は税金を取られるが、ブスは福祉の時代。いっその事、手帳でもとって障害者雇用を目指そうと思ったが、親に反対された。
「お布施を頑張れば、神から才能を与えられ、それで稼げれるようになれるんだから!」
そんな事も言われる。和歌奈の親は熱心なカルト信者でもあり、この問題もお布施で解決しようという。ブス障害者として生きる事も家族の恥だと大騒ぎし、八方塞がりになってしまった。
和歌奈の家は田舎。こういった差別は普通にある。身内に知的障害者や精神障害者がいるものは、結婚や就職で差別を受けるという話はよく聞く。いくらメディアが「鬱は風邪」「知的障害者は天使」「発達障害は個性」などの綺麗事を言っても人の心には魔女が住んでいる事を知っている。親がカルトじゃなくてもこんな結果になったかもしれない。
もう最後の砦。美容整形を受ける他ないと思い詰めた。
家の庭にいる働きアリを見ていたら、さらに追い詰められる。親たちは熱心にお経を唱えたり、絵を拝んだり「修行」もしていて、焦ってしまう。
そう、童話「アリとキリギリス」だ。頑張って働きアリのならないとダメ。そのためには面接を潜り抜ける必要がある。新卒を逃したら地獄だ。早くこのレールの上に乗らないと、怠け者のキリギリスになってしまう。キリギリスになったら冬が来て凍死しちゃう。
「こんにちは。カウンセラーの井崎京子です」
突破的に美容整形外科の門を叩いた和歌奈だったが、そう簡単には手術を受けさせてもらえない。今の時代は美容整形外科のトラブルも多い。手術の前のカウンセリングを受ける事が半ば義務のようになっていた。
カウンセリングルームに入ると、井崎京子という女に出迎えられた。この女がカウンセラーらしい。
年代はアラフォーぐらいか。ブスでも美人でもないが、目元が少々きつい。いじめっ子タイプではないが、性格は良くなさそう。それでもカウンセリングルームはアロマオイルの良い香りもし、ソファもふかふか。意外にも京子はよく話を聞いてくれて、今の悩みを全部吐いてしまっていた。
「そう。でも童話ではなく、本当の働きアリの生態って知ってる?」
「本当のアリ?」
「一定数働かないアリもいるみたい。突発的なトラブルがあった時のためにね」
「へえ……」
そうは言ってもアリと人間は違うではないか。
「働きアリだけの集団も何故かあんまり上手くいかないそうよ」
「でも」
「例えば今の配膳ロボットとか、AIの技術ってどう考えてもも怠け者が考えたとしか思えないのよ。いかに楽するか。怠惰さも科学技術の進歩に貢献しているという見方もできないかしら?」
京子はニコニコと笑っていた。確かの勤勉な社畜だけだったら、生まれないものもある?
「アリの中でも、寄り道好きだったり色々いるみたい。そうする事で多様性が生まれて逆に集団が強くなるとか。多様性は生存戦略なのよ。働きアリが正義って事じゃないのよね。この世界は童話の世界のように勧善懲悪とはいかないの。人それぞれ色々あるでしょう? 人間は誰一人同じものはいない。誰かのコピーなんて出来ないの。だから良い会社に入って安定する事も完璧な善でもないわ」
そう言われてみたら、世間の価値観に囚われすぎていたのかもしれない。新卒を逃したからと言って即地獄に落ちるわけでもないのに、ものすごく視野が狭くなっている事にも気づいてしまった。
「日本人だって明治ぐらいまでは怠惰なやつが多いって外国人に言われてた。こんな労働が善とされる社会はここ最近の文化。こんな資本経済も元々はキリスト教が裏にいるのよ。救われる人は、元々神が決めてるから、そういう人に相応しく労働頑張りましょうっていう神学があったらしい。そんな事は聖書に書いてないのに。いやねえ、宗教って」
「た、確かに……」
「それに人間は元々怠惰なのよ。だからと言って怠惰が全て悪いとも言えない。キリギリスがAIを開発する事だってあるかもしれないしね?」
「確かに。なんか目から鱗です」
「整形するのは、もう少しゆっくり考えてみましょう」
カウンセリングは続ける事になったが、整形についてはもう少し考えてみようと思い、カウンセリングルームを後にした。
「あれ、理香先輩じゃないですか?」
カウンセリングの待ち合わせ室には、高校時代の先輩がいる事に気づいた。
しかし、顔がだいぶ変わっている。どちらと言えばブスだった理香だが、今が目元がぱっちりとし、鼻も高い。
こんな場所にいるという事は、色々察してしまったが。
「そう、私は整形したのよ。今はとっても幸せ。美人すぎる秘書とか言われて、月収も高いんだから」
理香は自分の暮らし向きの自慢をしていた。笑顔で語る理香がちょっと羨ましくもなったが、手首に包帯が巻かれている事にも気づいた。もしかしたら、リストカットでもしているのかもしれない。
「今はとっても幸せ」
そう語っているに、理香の目は死んでいた。少しも羨ましくなく、和歌奈は整形を辞める決心がついてしまった。
この世は、童話の通りにはいかない。怠け者のキリギリスが悪、働きアリが善とも綺麗に割り切れないものだ。
実際のアリは怠け者も混じっているという。
何だか気が抜けてきた。整形したからといって自動的に幸せになるとも限らないだろう。
「和歌奈も整形すれば幸せになれるのに」
理香の言葉は、全く鵜呑みにできない。幸せも童話のように単純にいかないのかもしれない。
「ええ。考えてみるよ」
口ではそう語るが、和歌奈は整形する気持ちは全くない。それどころか、理香の事を見下していた。馬鹿だなぁって。
そんな自分が少し嫌だが、人間も童話のような悪人も善人もいない。
「理香先輩のことが羨ましいです」
笑顔で嘘を吐いていた。




