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ルッキズム狂想曲〜哀しき女達の場合〜  作者: 地野千塩


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第二十五話 結愛の場合〜歪んだ鏡〜

 鏡よ、鏡。


 世界で一番ブスは誰?


 ええ、あなたです。佐藤結愛です。


 そんな声が聞こえてきそう。結愛は風呂上がり、鏡を見ながら化粧水や乳液を塗っていたが、毛穴の開き、二重幅、鼻の穴、歯並びなどが気になって仕方ない。自分ではブスだと思っていた。鏡の中に醜い豚が見える。


 そんな結愛は女子大生。今が一番若い時なんて言われているが、周りはSNSでつながり、ぼっち気味。SNSをやっている同級生は美人しかいない。フォローからたくさんの「いいね!」を貰っている。中には配信などをして小銭を得たり、パパ活をやっている者もいて焦る。


 今の時代はルッキズム。美人には税金、ブスには福祉の時代だったが、より格差が浮き彫りになってきた。たとえ税金を払ったとしても美人の方がいいという女も多い。結愛はその気持ちはよくわかる。


 それに結愛には姉がいた。この姉は昔から美少女で、芸能事務所からのスカウトも多かった。夢嶋藍という可愛らしい芸名でアイドル活動もやっているぐらいだ。去年は大手事務所に入り、本格的に芸能活動をしていた。


 そんな姉とはいつも比べられていた。


「え、藍ちゃんの妹なのに?」


 そうガッカリされる事も多く、姉と比べてブスと言われる事も多かった。SNSでは藍の妹として盗撮画像も出回っているようで、一応姉や姉のマネージャーにも相談していたが「有名税」という事になってしまっていた。


 一応AIには「やや美人」という中途半端な評価を貰っているが、親には税金がかかると文句を言われて、得した気分は何もない。それにAIより周りの評価の方が気になる。やっぱり鏡の中にいる自分はブスにしか見えなかった。


 そんな結愛は、美容整形外科の門を叩いてしまった。ここに行けばブスが治ると考えた。


 こんな時代では美容整形外科でのトラブルが多い。すぐに整形はできず、まずカウンセラーと話す事になった。美容整形外科のすぐ下の階にあるカウンセリングルームは、アロマの良い香りもし、ソファもふかふか。テーブルには綺麗なバラの花も飾ってあり、リラックスしてしまう。


 それにカウンセラーの井崎京子は優しそう。アラフォーぐらいの女だが、美人でもブスでもなさそうで、きっと中立的な立場だろう。安心して今の状況を話してしまった。実際、京子は話をよく聞いてくれた。


「そう。わかったわ。でも結愛さん、あなた少し醜形恐怖にかかってるかも?」

「醜形恐怖?」

「自分の事を過剰にブスだと思ったり、些細な欠点を気にしたり……。酷い場合は拒食症になったり。精神疾患よ」


 心当たりがある。実際、鏡の中にいる自分はブス。豚にしか見えない時がある。


「私のようなアラフォー女からすれば結愛さんは、十分美人ですけどね。AIにもそう判断されてるでしょ?」

「でも、お姉ちゃんは綺麗で……」

「そもそも美ってなんだろうね? 平安時代の美人は、今でいうブスじゃない? 人間の脳ってバカだから、比較でしか価値を測れないのよ。十キロの羽毛と十キロの鉄だったら、同じ重さなのに羽毛の方が軽そうなイメージをもったり、絶対的評価ができない」

「そうですかね?」

「お姉さんと戦う戦略が良くないのかも。自分が勝てるフィールドに行くといいかも。そこで一番になればいいと思います」


 そう言われても納得はできない。ただ、姉はアイドルとしては順調だったが、海外のモデルと並んで写真を撮った時は「公開処刑」と叩かれていた事も思い出す。こんな情報を見ると、確かに絶対的な価値観で美しさを判断されていない。価値も周りとの比較で決めていた? 


 結愛は、もう一度鏡を見てみた。そこにはブスがいる。豚に見えた。でも、この鏡自体が歪んでいる可能性もあるかもしれない。


 そう思った結愛は、年齢を誤魔化し、アラサー向けの婚活パーティーに潜入。


 するとどうだろう。この中では一番可愛いという事で男達にチヤホヤされてしまった。


 他にもヲタク向けの恋活イベントなどに行ってみるとブス何て言われる事はなかった。世間のイメージと違い、ヲタクの人達はジェントルマンも多かった。筋トレ好きな男の人が集まる合コンにも行ったが、あの人たち筋肉の事しか興味がない。姉のようなお人形のように可愛らしい美人より、筋肉が美しい活発な女性が人気があり、目から鱗が落ちた。


 京子の言う通りかもしれない。人間の脳は愚かで、絶対的な評価を見ていない。AIの方が公平かもしれない。それに人の好みは人それぞれ。ごくごく当たり前の事に気づいてしまった。そんな他人の評価に振り回されていた自分こそ愚かだった。


 もう鏡は正常に戻ったみたいだ。ようやく鏡の前で笑う事ができた。自分ではもうブスには見えない。自分の顔ぐらいは、自分で褒めてやるか。それぐらいしか絶対的な評価は無いんだろう。


 そうこうしていたら彼氏もできた。イケメンでも高収入でもないヲタク。普段は靴屋で販売をやっている。合う靴がなかなかなく、歩きやすい靴は無いのかと相談した事がきっかけだった。


 彼氏ができても思ったほど幸せでもない。確かに彼氏からは「可愛い」と褒められる時もあるが、心の隙間は特に埋まらない。手に入れた幸福だが、これを失ってしまう恐怖もある。幸福も手に入れるだけでなく、維持し続ける必要があるのだと気づく。


 初めて姉の気持ちがわかる気がした。アイドルとして活躍している姉だが、別に心から幸せそうな表情は見せていない。むしろ、今後の活動方針について悩んでいるらしい。美人=幸福とも言い切れない。歪んだ価値観で一方的に姉を見ていたようだ。姉だけでなく世の中もそうかもしれない。案外ルッキズムだけで作られた世の中でも無いようだった。


「美人でも幸せって言い切れないんですね」


 結愛は再び京子のカウンセリングを受けていた。


「幸福を維持し続けるのは、案外大変。手に入れたから良いっていうものでもないのかも。今はなんだか年取るのも怖いかな」

「そうね。美人ほど変な男に引っかかっているし、賢くないと幸せになれないのよ。ブスでも幸せそうな人もいるからね。あはは」


 京子はそう言うと、小さな瓶を取り出した。そこにはピンクの液体が入っていた。


「な、なんですか、これは」

「これは若返りの薬。飲んでみる? 実はこれを作るために色々な犠牲をはらったわけよ」


 優しそうな京子だったが、今は魔女のような笑顔を見せていた。


 若返りの薬なんて現実的ではない。ただ、京子の魔女のような笑顔を見ていたら実在してもおかしくない気もしたが。


「いえ、いいです。若返っても幸せになれる保証はないですし」

「そう」

「ブスでも幸せだったら、いいんじゃないですかね? 私はブスでも美人でも幸せになれたら、それでいいかも」


 もう結愛の鏡は歪んでいない。美貌も幸せになる手段。しかも多くの手段の中の一つの選択肢。本質的では無いと気づいてしまった。


「ガラスの靴を履けなくても、スニーカーで地に足つけて歩いて行きます。彼氏がピッタリの靴を選んでくれましたし」

「そう」

「ええ。今のままで十分ですね」


 思えば姉のように目立つ事は向いていない。姉と比較するのも愚かな事だと気づく。人にはそれぞれ身の丈にあった幸せがあるのだろう。


「京子さん、話を聞いてくれてありがとう」


 結愛の表情は、穏やかだった。


 どうか鏡の中にいる自分だけは嫌いになりませんように。結愛が望む事は、たった一つだけだった。

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