第二十四話 千佳の場合〜美魔女の毒林檎〜
美魔女と呼ばれてから数年たった。
今は地方のテレビ、インタビュー、美容整形外科の広告塔などもやっていたが、千佳は自分の職業は何なのかよく分からなかった。
強いて言えば、職業・美魔女という感じか。
年齢はもう五十過ぎだが、顔はシミもシワもなく、肌年齢は二十八。メイクや服装も大金をかけ、美しさをキープしていた。
「でもね、京子さん。見た目は美魔女だけど、やっぱり老いには逆らえないわ」
そんな千佳だったが、来月誕生日がくる。その日の事を思うと、塞ぎ込みたくなり、カウンセリングルームへ訪れていた。
美容整形外科がやっているカウンセリングルームだった。
今の時代はルッキズム。美人には税金、ブスには福祉をという時代だ。美容整形外科でのトラブルも多発し、カウンセラーの需要も高い。AIにはできない仕事という背景もある。
今、目の前にいるカウンセラー井崎京子は、アラフォー女。白衣がよく似合う。知的な顔立ちだが、AIには「普通」と判断されそう。悪く言えば地味。そんな京子の容姿は中立の立場に見え、千佳は話しやすかった。これが絶世の美女や障害レベルのブスだったら、口を閉ざすだろう。
それにカウンセリングルームは、フカフカなソファやアロマオイルの香りのリラックスしてしまう。京子が出したローズティーも美味しい。ローズヒップはビタミン爆弾とも呼ばれ、美容に良い。美魔女の千佳としては嬉しい配慮だった。
この美容整形外科は長年、ご贔屓している所だ。その縁で広告塔もやっているぐらい。暗に美容整形をしている事を言っているようなものだが、綺麗になれるんだったら何だってする。
「まあ、老いは誰にも平等に訪れますから」
「そうだけど、やっぱり誕生日は毎年憂鬱だわ」
千佳はローズヒップティーを口に含む。鮮やかなピンク色のお茶だ。いくらビタミン爆弾でも、老いには勝てないだろう。そう思うと、急にローズヒップティーが不味くなってきた。
京子とも長い付き合いだ。
こんな相談事は、よくしていたが、今年の誕生日前は、特に憂鬱だった。認めたくはないが、更年期障害の可能性もあり、病院にも通う予定だった。
「でも、千佳さんは優しいお金持ちの旦那さまもいるじゃないですか。確か娘さんもいますよね?」
「血は繋がってないけどね」
京子は話題を変えようとしたのだろう。家族の話を振ってきたが、地雷を踏んでしまったよう。京子はバツが悪そうに下を向く。
確かに会社経営している旦那と結婚し、その点においては恵まれていた。
ただ、彼は再婚。連れ子も一人いた。真雪という無愛想で可愛げのない娘だった。成績もよく、仕事もできるしっかり者。
その点においては千佳には無い要素なので、真雪の事は苦手だった。いや、嫌いだ。ブスではないのに、容姿も全く磨いていない所もイライラさせられた。
真雪といると、自分が否定されているようで居心地が悪い。彼女が高校卒業後、さっさと家を出てくれた事は、正直ほっとした。
もっとも童話の継母のように真雪を虐める事は無かったが、旦那の連れ子ではなかったら、関わりたく無い娘だった。
「ごめんなさいね。娘さんの事は苦手だって言ってましたよね」
「いいのよ、京子さん。あの子は本当に美容に興味がないタイプでねえ。せっかく女に生まれらのに、なんでって思うわ」
千佳は女に生まれたからには美容に拘るのは当然だと思っていた。
「まあ、私もそんなに美容は興味はないですが、こんな噂を小耳に挟みまして」
いつも穏やかに笑っている京子は、ニヤっと口角を上げていた。その顔は千佳よりも魔女っぽく見えてしまう。気のせいだろうか。
「なに? 何か企んでない?」
「若返りの薬があるそうです」
「何? 何?」
思いっきり食いついてしまった。
来月の誕生日を思い憂鬱になっていた千佳にとっては、聞き逃せない。
「ロシアにいる魔女が作っているという噂です。あくまでも噂ですけどね」
「詳しく教えて!」
京子から時詳しく情報を聞き出し、ロシアにいる魔女について調べた。
正直、ロシア語のサイトや本を読むのは大変だったが、今はAIが綺麗に翻訳してくれる。教養や学歴の無い千佳でも簡単に情報を得る事ができた。
若返りの薬は存在するらしい。
ただ、動物を殺したり、生贄も必要だという。
「さすがに動物を殺のは……」
美容に命を賭けている千佳だが、若い頃はベジタリアンをやったり、保護猫の活動にも参加していた。さすがに動物を殺すのは抵抗があった。
「他に何か情報はないかな」
千佳はさらに調査を続け、偶然魔術の方法が書かれたサイトを見つけてしまった。
英語のサイトだったがAIに頼りながら読んでいく。
若返りの薬ではなかったが、なんでも願いを叶える方法が載っていた。
その方法は驚くほど簡単だった。満月の夜、自分の子供の死体を生贄として用意し、願いを口にするだけだった。
半信半疑だったが、サイトによると何が何でも願いを叶える為に、自分の子供を殺しているセレブや政治家の発言なども出てきた。
まさか。
そんな事はあり得ない。誤情報だとも思ったが、真雪を殺したら、願いが叶うのか?
そんな思考も生まれてすまった。
AIに相談しても「イエス」しか言わない。偶然にも明日の夜は満月だった。
何かに背中を押されているような感覚も覚えていた。
やるしかない?
どうせ可愛くない娘。血も繋がっていない。動物を殺すのには抵抗があったが、真雪に関しては可哀想とは思えなかった。
「鏡よ、鏡。鏡さん。この世で一番美しいのは私〜♪」
そんな鼻歌を歌いがら、アップルパイを作る。
古い小麦粉を使って真雪を殺す事を思いついた。昔、うっかり古い小麦粉でアップルパイを作り、それを食べた真雪が重いアレルギー反応を出した事があった。
古い小麦粉を食べると運悪く命を落とす事もあるらしい。あの時は医者に厳重に注意されるだけで、千佳は何の罪にも問われなかった。
この方法だったら上手いこと真雪を殺せるのではないかと考え、アップルパイを作る事にした。
完成したアップルパイに見た目、匂いは市販品と大差ない。見た目だけは美味しそうなアップルパイを紙箱につめ、真雪が暮らすマンションに持って行った。
相変わらず真雪は可愛げげなく、嫌味っぽい事をチクチク言ってきたが、どうせ死ぬと思えば許せるもの。特に反論も喧嘩もせず帰った。
これで真雪も殺せるかと思ったが、色々と詰めが甘かった。
あろう事かアップルパイは真雪の彼氏が食べてしまった。
彼氏が病院に運ばれ、アップルパイも疑われ、検査もされた。
千佳の元の警察も来て、根掘り葉掘りと事情も話す事になり、散々だった。
幸い、殺意があるとは認められず、単なる過失として処理されたが、嬉しくない結果になった。
この事がきっかけで真雪は彼氏と仲が深まり、婚約。
自分がやった事が全部裏目に出た。まるで白雪姫の継母のような状況になってしまった。
人を呪えば穴二つ。
そんな言葉も思い出してしまう結果になった。同時に完全犯罪できるほどの頭脳、計画性、緻密さも無い現実も知ってしまう。
所詮、自分は美魔女。容姿だけ拘っている職業不詳な中身空っぽな女という事を自覚してしまった。もしかしたら毒林檎を食べていたのは自分の方だったかもしれない。美容に拘っていたのも、強い信念があるわけでも無い。ただただ世間の常識、女はこういうものという固定観念にはまってしまっていただけだった。
誕生日もきた。また一つ歳老いた。病院では更年期障害だとも言われ、メンタルも不安定なところがあるので、心療内科も紹介されてしまった。
「という事で京子さん。若返りの薬は諦めます。仕方がない。こんな美魔女でも老いには勝てないみたい」
「そうですか。まあ、若返りの薬なんて無いと思います」
さすがに心療内科に行く気分にはなれず、再び京子に相談していた。
「いくら科学が進歩しても作れない薬ってあるんですよね」
京子は穏やかに笑っていた。
「ええ。科学でもどうしても出来ないものってあるのね……。美容にも限界はあったみたい」
苦笑する千佳。
その口元にはほうれい線が出来ていたが、今はこれも仕方ない。受け入れる他無いだろう。
なぜか心は軽くなっていた。
毒林檎を口から吐き出したような気分だった。




