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ルッキズム狂想曲〜哀しき女達の場合〜  作者: 地野千塩


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第二十三話 真雪の場合〜白雪姫の願い〜

 義母を反面教師として生きてきた。


 義母は学歴も教養も何もなく、容姿を飾るだけが生きがいの女だった。


 今は美魔女としてローカルテレビや地方の雑誌に登場しているらしいが、彼女の職業が何かよくわからない。


「お、真雪の母ちゃんがテレビに出てるぞ」


 同棲中の彼氏・裕翔がテレビ画面を指差した。最近はテレビはネット動画を再生する為に使っていた。テレビを見て楽しむ層は老人が多いらしいが、裕翔はテレビが大好きだった。毎日働かず、テレビを見ながら暮らしいた。


 真雪は認めたくないが、いわゆるヒモだった。ホストの男で真雪は客だったが、いつもの間にかこんな関係になっていた。


 もっとも家は、裕翔がホスト時代に稼いだ金で買ったマンションの一室だった。駅に近いマンションで、広々と生活しやすい。


「へえ。お母さん、また美魔女としてテレビ出てるのね。まあ、どうでもいいけど」


 真雪はこれから仕事だった。


 私立の中学校でスクールカウンセラーとして働いていた。


 今は何でもAIの時代。人の要らない時代だった。ホワイトカラーの仕事もだいぶAIに置き換えられ、人にしか出来ない仕事の需要が高い。昔はカウンセラーは稼げない仕事だったが、今の時代はエAIには出来ないと需要が高騰し、真雪の収入も良かった。他に英語などの語学も堪能で、学歴も高い。


 真雪の母は幼い頃に亡くなり、すぐに父は再婚。


 その義母となった女は、とにかく美容にしか興味のない中身が空っぽな人だった。


 確かに綺麗だが、話もつまらない。コミュ力もない。わがままで子供っぽい。気に入らない事があると、すぐ不機嫌になる。他責思考でいつも人のせいにする。


 将来こんな義母のような女になったら大変だ。


 幼い頃から危機感を持っていた真雪は、勉強を頑張り、各種資格もとった。時代も人間にしか出来ない仕事の需要が高まると思い、カウンセラー職につき、幸せになれると思っていた。


 義母とも気が合わないし、高卒後は逃げるように実家から出た。


 仕事も持ち、一人でお金を稼いだら幸せになれると思っていた。


 最後には王子と結婚できるような童話のようになれると思っていた。意地悪の義母から逃げて幸せになった白雪姫のように。


 そんな真雪の思惑は、うまくいかなかった。


 彼氏と思っていた裕翔はヒモ化して働かない。


 確かに裕翔は元ホストだけあり、見目も良く、可愛い年下男子。性格だって悪くないし、浮気も一回だけで二度としないと約束してくれて、同棲もはじめた。


 それなのに、裕翔は真雪の収入を当てにするようになり、全く働かない。ヒモ化してしまい、日々不満がたまっていた。皮肉にも金持ちの子息が通う学校でカウンセラーの仕事を初めてしまい、収入は上がり続けている。最近は電子書籍や動画などの副業収入もあり、ますます裕翔は働かない。


 そうこうしているうちに真雪もアラサーになり、適齢期も終わりそうな段階だった。


「こんなつもりじゃ無かった」


 思わず、そう呟きたくなる毎日だった。


 そんなある日、家に義母が遊びに来た。


 もう五十過ぎだが、髪は茶色く、くるくると巻かれていた。ピンク色のスーツに身を包み、手首や指にはジャラジャラとアクセサリーがついていた。


 メイクも派手だ。ひじきのような黒いまつ毛、ピンク色のまぶた。美魔女というより、魔女にも見えるものだが、一応ニコニコと対応した。


「AIにも美人判定されて、税金あがっちゃう」

「そうですか」

「もう美人税高くて」


 自虐風自慢を聞き流しながら、今は裕翔がパチンコへ出かけていて良かったと思う。


 ヒモがいる事がバレたら、この義母はどんな反応をするだろう。


 想像しただけで、気分が悪くなってきた。


「真雪ちゃんはメイクしないの?」

「しませんね。仕事中はしますけど、そんなの無駄ですから」

「無駄?」

「どうせ容姿はハリボテです。中身がないと、頭も良くないと美人も活かせないですよ?」


 これは嫌味に聞こえたかもしれない。義母は明らかに不機嫌そうな表情だ。シワもシミもない肌だが、不自然だ。また、年相応の落ち着きもなく、子供っぽい精神が透けて見えてきた。


 今はルッキズム。


 美人には税金、ブスには福祉がある世の中だが、一周回って人間は中見だとも思う。特にこんな義母を目の前にしていると。


「そう。私、真雪ちゃんのそういう所が、いいなって思うけどね」


 なぜか義母は、ここで怒りを表現しない。いつもだったら当たり散らすはずだが、何か不自然だった。


 その上、お手製のアップルパイを置いて帰っていたが、何か怪しい。嫌な予感がしてアップルパイは裕翔に全部あげてしまった。


 その嫌な予感は的中。


 裕翔はアップルパイを食べた後、アレルギー反応を起こし、しばらく入院する事になった。


 詳しく調べてもらうと、パイ生地は腐った小麦粉を使用していたらしい。


 義母は悪意のない過失と判断され、罪にも問われなかった。海外では腐った小麦粉を食べて死んだケースもあるらしいが、警察に相談しても故意は立証できなかった。


「真雪の母ちゃん、なんか怖いわな……」


 幸い、裕翔は数日で回復したが、この件で何か彼を変えたらしい。「真雪を守る!」と妙な使命感を持ちながら、就活し、定職に就いていた。


 結局、義母に殺意があったのか、故意があったのかは定かでは無いが、これで良かったのかもしれない。


 真雪が望むような童話的ハッピーエンドにはならなかったが、働き始めた裕翔を見ていると、自分が望んでいたものは、案外シンプルだと思った。いくら自立してバリバリと働こうとも、やっぱり心の底では、裕翔に守られて幸せになりたかった。童話の中のお姫様のように。


 女は誰でも心の底では自分はお姫様だと思っているらしい。今は義母が年齢に逆らい、美容にこだわっている理由は理解はできた。


 前よりは温かい目で義母の事が見られそうだ。あのアップルパイも単なる過失だろう。警察の言う通りだ。


 最近の義母は美容整形外科の広告塔にもなっていたが、素直に応援できていた。


 今日は、駅前でそのチラシも貰う。


「何かお困りの場合は、まずは当院のカウンセラー・井崎京子にご相談ください。


 チラシにはそんな事も書いてあったが、同業者に相談するのは、何となく嫌だ。


 真雪はチラシをぐしゃぐしゃに丸め、ゴミ箱に捨てた。

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