第二十二話 明日香の場合〜小人の家〜
餓死寸前だった。
「もう死にそ……」
明日香は昨年、とある新人賞をもらい作家になった。
しかも処女作でデビュー。web小説の新人賞だったが、ライトノベルはこうした形でデビューするのは珍しくはなかった。
明日香はまだ大学を出たばかりで若い。受賞した事でテンションも上がり、専業作家になるべく仕事も辞めてしまった。
これが全ての間違いだった。
受賞作はリアル書店では全く売れず、コミカライズも漫画家が編集者とトラブルを起こして打ち切り。ネット書店のレビューでは酷評も多い。
次回作の話も担当からなかった。それどころかパワハラのような暴言も受け、すっかり病んでしまい転職活動も上手くいかない。
受賞は宝くじに当たったようなものかもしれない。宝くじも高額当選者もかえって不幸になっている。受賞=幸せという単純公式では無かったようだ。
現実の厳しさを知った。小説なんて生活に必要はない。だからこそ高度なクオリティも求められる。その上今はAIも小説も書いていたし、より深刻な出版不況だった。
明日香はそこまでの実力もないのに、偶然受賞できてしまったのだ。宝くじと同じ。かえって不幸になってしまった。これだったらひっそりと趣味として創作している方が良い場合もある。好きなものを書いて良く、締め切りや打ち切りラインもなく、商売にしなくて良いという利点はある。もしかしたら本当に小説を愛しているからこそ趣味は趣味のままにしている作家もいるのかもしれない。
明日香は自分の実力の無さ、運のなさ、浅はかさ、頭の悪さを後悔したが、もう遅い。なぜ先輩作家が「受賞しても仕事を辞めるな」と言っていたのか理由がわかった。
仕事もない、食べるものもなく、餓死寸前。そのうち家も追い出される可能性を感じた明日香は、福祉に頼るしかない。
今はAIにブス判定されれば障害者として福祉が受けられる時代だ。
明日香はそこまでブスではなかったが、食べ物もないので痩せ細り、ルックスも酷い状態だった。スキンケアやヘアケアもできない。
あっさりとAIにブス判定が出て障害者認定された。
住む場所も無くなりそうだったので、ブス障害者達が集まるグループホームへ引越しする事になった。民家を改造したグループホームで見た目は普通のシェアハウスと変わなかった。ここに住みながら近くの作業所で軽作業をし、自立訓練する事になった。
グループホームでの仲間は明日香と同じくブス。ただ生い立ちは様々で虐待やブラック企業勤めで病んでしまったものも多い。
今までの明日香には全く知らない世界。きっと変な人が多いと偏見を持っていたが、意外と皆温かく、天国のようだった。
「家があってご飯食べられるだけで幸せ」
みんなでご飯を食べているとしみじみと実感してしまった。受賞した時はそんな気持ちには全くならなかった。むしろプレッシャーみたいのを背負い、イライラと不安定だった。一度名誉を受ければそれを維持し、向上する必要があるが、今は底辺なのでそんなものも無い。実に気楽。ご飯も美味しい。家があるだけでありがたい。
作業所でも幸せだった。確かに賃金は低すぎるが、単純作業で少しでも収入になるから有難い。職員も優しく丁寧だった。もっとも作業所はブラックなところが多く、これは単に運が良かっただけかもしれない。今までは運が悪かったが、神様は全てを見捨てていたわけでは無いようだった。無神論者だったが、今はそんな存在も居るような気がする。
今の生活は、白雪姫が逃げてきた小人の家にいるみたいだ。
子供の頃、明日香は白雪姫のラストには納得いかない所があった。王子と結婚するより小人と気楽に生活している方が楽しそうに見えたからだ。
結婚も宝くじみたいなものかも?
側からは幸せそうに見えるが、身に余る幸福を持つとかえって幸せになれない人もいるかも。
一時は受賞し成功を手に入れた明日香だが、人が羨むような幸福を維持するのは案外大変だという事を知っていた。
隣の芝は青くない。案外、自分の芝と同じかそれ以下なのかもしれない。そう思うととても気楽。自由で幸せだった。
こうして底辺暮らしをしていた明日香だが、自分の事は一ミリも不幸とは思わなかった。小人の家のような生活を心底エンジョイしていた。小説はもう辞めてしまったが、何の不足も不満もない。
そんな時だった。先輩作家が亡くなったという知らせを受け、葬式に参加する事になった。喪服はないのでグループホームの仲間に借り、外見だけは何とか整えたが、ショックだった。
先輩は美人だった。本業は医者でもあり、こちらでも成功していた。結婚もしていて子供もいた。
そんな何でも持っている先輩が急死するなんて。「何で?」としか言いようがない。
葬式では「美人薄命かね」などという言葉も聞こえてきたが、本当かもしれない。
「私、麻子先生のお友達だった井崎京子というものです。本当になんて言ったら良いか……」
葬式では先輩の友達だったという女性とも知り合った。普段は美容整形外科でカウンセラーをしているという。美人でもブスでもないが、何だか少し意地悪そうな笑みを浮かべていた。喪服姿も板についている。化粧も薄いのに魔女っぽい雰囲気の女だった。気のせいだろうか。
「持っている美人も大変なんでしょうね。ストレスも相当だったみたい。いえ、本当に残念です」
京子はそんなお悔やみの言葉を口にしていたが、目は少し鋭かった。
「ええ。生きてるだけで丸儲けかも……。神様は案外平等なのかも……」
京子には違和感を持ちつつ、明日香はそう呟いていた。
今の明日香は底辺で不幸に見えるかも知れない。それでも全く不足も不満もない。今は生きているから。だったら不幸ではないはず。
葬儀が終わったら早く家へ帰ろう。小人の家へ。
今はあの場所が幸福の証にしか見えなかった。




