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ルッキズム狂想曲〜哀しき女達の場合〜  作者: 地野千塩


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第二十一話 麻子の場合〜魔法の鏡〜

 鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?


 麻子は鏡に向かって呟くが、当然返事はない。ドラッグストアで買ったファンデーションケースの鏡。確かにこんなどこにでもあるような鏡は、魔法のそれでは無いようだ。


 そんな麻子はブスではない。むしろ美人の方だった。


 今の時代はルッキズム。AIに美醜を判断され、税金をかけられたり、福祉を受けられるような制度になっていた。


 AIの美人判定。当然のようにそれを受け入れ、税金も払っていたが、麻子は何とも言えない不満があった。結婚もして子供もいる。美容整形外科医として地位もある。


 それでも。


 麻子の家は代々医者一家。子供の頃から医者になりように育てられたが、一家のうちでは麻子は落ちこぼれだった。兄は優秀で海外で外科医として活躍しているぐらいだったが、麻子は美容整形外科医。ルッキズムの世では賛否両論ある職業でもあり、一家からは麻子は恥だと言われていた。今でも親の顔を想像すると、埋められない何かがあった。もっともっと上にいき、成功しなければならないという義務感にも縛られている。


「はあ。AI、私は本当に美しい? 世界一?」


 ついついそんな質問をしてしまった。今のAIはカウンセリングできるアプリもあった。人間ほどの解答は貰えないが、「AI技術が人間に追いつく」と騒がれていた。


『ええ。麻子さんは世界一の美女です」

「本当?」

『もちろんです』


 単なる気休めだ。機械的なAIの解答。魔法の鏡でも無いが、麻子はこれが気にいった。親の事などを思い出しそうになるとAIに相談し、望む解答を得ていた。


「ねえ、AI。私は頭も世界一いいわよね? ねえ? 独創的で私にしかできない仕事をしてるよね?」

『もちろんです、麻子さん。作家にでもなったらどうですか?』


 そんなアドバイスを貰う事もあった。確かに何か副業のようなものをやっても良いと思い、美容整形外科へ訪れるクライアント達をモデルにしたしょを書き、とんとん拍子にデビューしていった。


 子供も子役デビューが決まったり、夫の会社経営も順調で政治家になる話も出てきた。他にも美人すぎる美容整形外科としてモデルや雑誌の取材なども受けるようになった。SNSでもキラキラした非常を綴り「いいね!」を山のように貰っていた。


 怖いほど順調。本当に幸せとしか言いようが無い状況だった。


 親の事もすっかり忘れていたところ、知り合いの井崎京子が訪ねにきた。


 京子は一応同業者にあたる。向こうは美容整形外科医ではなく、カウンセラーだったが。今の時代はルッキズム。美容整形外科でのトラブルが絶えないので、カウンセラーを置くことが義務のようになっていた。


 京子とも仕事関係で知り合った。アラフォーぐらいの女。独身。ブスでも美人でも無いが、切れ長の目がクールで、何を考えているのが分からない所が不気味だった。実際、なぜ自分の職場に京子が来ているのかもわからない。


 応接室へ通し、お茶も出す。仕事の関係者である事は事実なので追い返す事もできなかった。


「実は林檎のケーキを焼いたんです。一人では食べきれないですし、お裾分けです」


 京子は薄らと笑いながら、小さな白い箱を取り出した。そこには確かにケーキがあった。クリームがデコレーションされ、スライスされた林檎も飾られていた。見た目だけなら完璧なケーキだ。匂いも林檎の甘い香りがした。


 京子がここの来たのは不気味だったが、林檎のケーキは美味しく、うっかり警戒心を解いてしまった。


「しかし麻子さんって何でも持ってますよね。私なんて独身アラフォー女ですよ」


 一方、京子は自虐ネタで笑っていた。この笑いに同意したら良いのかわからない。


「麻子さんも気をつけて」

「え、何を?」

「人の嫉妬とか念って強いから。麻子さんの事を恨んでいる人もいるかも? こんな仕事をしていると分かるんです。世に中には想像以上に恵まれない人間がいるって事をね。いくら努力しても結果が出ない人がいるって事ね」


 京子は笑っていた。表面的にはニコニコしているのに、嫌な表情だ。麻子は冷や汗が流れてきた。部屋はエアコンのおかげで空調は完璧なのに、どうも寒い。


「宝くじ当たった人もかえって不幸になる人も多いみたい。人間、器に合わない幸福を貰ってしまうと、不幸になっちゃうんですね?」


 京子の笑顔を見ながら、背中がゾクゾクとしてきた。ケーキは美味しいはずなのに、京子から強い念や悪意のようなものも伝わってきた。


 まさかこのケーキは、毒でも入っているのだろうか。


 京子が帰ってからも不安が取れず、原因不明の体調不良が続いていた。


 親や親族の医者にも診てもらったが、何の原因も見つけられなかった。特に親は相変わらず麻子を恥だと言い、余計に具合が悪くなってきた。


 AIにも診断してもらったが、原因を突き止める事はできなかった。


 やっぱりあのケーキは毒入り?


 さらに不安は酷くなり、本格的に具合が悪くなってきたところ、本当の病名がわかった。麻子も曲がりなりにも医者だったので、この病気は長くは無い事もわかってしまった。


『大丈夫! 麻子さんは世界一美人で頭もいいです!』


 空気が読めないAIに頓珍漢なアドバイスもされ、麻子はさらに絶望感に襲われた。


 鏡よ、鏡。鏡さん、私はいつまで生きられますか?


 そんな質問もするが、鏡はもちろん、AIすらも答えない。


 本当に大事なものは何なのか分かったが、もう遅い。命があればいい。家族が元気だったらそれで良かったのに、余計なものまで望んでしまったようだ。京子の言う通り、誰かから恨まれて呪われたとしても、仕方がないのかもしれない。


「あはは! ザマァ、あははは!」


 どこかから京子の笑い声が聞こえてきそう。麻子は震えながら耳を塞いでいた。

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