第一話 理香の場合〜上澄み〜
AIに容姿が悪いと言われ続けていた。
重い一重まぶた。ガチャガチャの歯並び。潰れた鼻。蟹にように角張ったエラ。
高校生まではまだAIに障害者認定されていなかったが、大学進学後、体重が増加し、晴れて障害者認定となった。
今の時代は容姿が悪いと障害者認定される。ルッキズムが極まり、若者の自殺も増えているから仕方ない。理香だってこんな容姿でよくいじめられてきたので、障害者認定されてホッとしたものだ。社会的な言い訳が出来たというか。
各種書類を届け、晴れて障害者手帳も取得した。障害等級は一重まぶた障害者二級と書いてあった。理香は総合的にルックスが悪いが、特にこの一重まぶたが障害らしい。納得はいかないが、AIが判断した事なので仕方ない。今はAIが神の如く信頼されていたから。政治も司法もAI頼み。平成時代まで普通にあった仕事もだいぶ消えている。
こんな障害者認定を受けた理香だったが、就活も苦戦していた。学歴よりルックスで内定が決まるこの世では、何社受けても理香は良い結果を貰えなかった。
ちなみに理香は難関大学に進学したが、今は全く学歴が無意味になっている。バックオフィスの仕事はAIに置き換えられ、昔は見下されていたが、今はブルーカラーの方が年収が高かったりする。平成時代では全く稼げなかったカウンセラー職も「人間にしか出来ない仕事」だとされ、需要も高い。他には葬儀関係を含む宗教、保育に関してはAIには代替されず、しぶとく生き残っていた。
理香は年老いた両親に育てられた為、大学さえ出ていれば何とかなると言われていたが、どうやら間違っていたようだった。今は難関大学卒などは、美男美女の箔付けでようやく意味があるようなもの。
こうして就活に行き詰まった理香は、障害者の立場を活かす事にした。
まず年金を取る事にした。一重まぶた障害だと申請すれば月五万ほど入手できるのだった。年金申請は面倒くさい手続きも多かった。これは他の障害者もやっている事らしく驚く。
年金申請専門にしている業者もあるらしく、貧困ビジネスにしか見えない。もしかしたら本当に必要な人ほど受け取れないシステムにも見えたが、深く考えると病みそうだ。何も考えない事にした。
そしてハローワークに行き、障害雇用枠を紹介して貰い、呆気なく内定も決まる。
大学でしていた就活では学歴は何の意味もなかったが、こういった特殊なルートではそこそこ意味があったようだ。発達障害の人も同じ企業を受けていたようだが、理香の方が学歴が高くて選ばれたようだった。
やはり、本当に必要な人こそこういった福祉は受けられないのか?
そんな考えも浮かぶが、とにかく内定が決まってよかった。給料は低いが年金と合わせれば何とか生活できるだろう。
職場は香水や化粧品を売っている会社の経理部でデータ入力や伝票整理などの仕事だった。家族経営の古臭い会社でまだまだAIに置き換わっていない仕事があるようだった。ファックスとハンコが現役で、リモートワークも一切やっていなかった。利益率も悪く、同業他社からは大きく差をつけられていた。
「本当、こんな障害の人が来てくれて助かるわあ。前にいた発達や精神の人は無能でねー」
五十歳ぐらいの女性の上司がつき、仕事を教えてもらう。この人も派遣で周りの同僚もパートや非正規がばかり。
仕事自体は簡単ですぐ覚えてしまった。狭いオフィスは家畜小屋のようで、外出やスマートフォンをいじる事もできない。
「うーん、今は仕事ないね。元々は発達や精神の人向けの仕事内容だったしねぇ」
上司に聞いても新しく仕事はなく、入社一カ月目で社内ニートになった。
毎日暇で暇で発狂しそうだった。
他部署の社員は美男美女ばかりで、明らかに高額納税者と思われる。美人税大変だよなぁと思ってはいたが、噂で脱税する方法があると聞いた。
「AI判定する時にわざと太ると『普通顔判定』出るんだよね」
「えー、マジ?」
「うん。だから減額されてそんなに税金払ってない」
社員食堂で美男美女達の声を聞きながらショックだった。
やはり、生まれた時から恵まれているものが幸せになるのか。
理香は悔しくて仕方なかったが、年金や今のような社内ニートも辞めたくはなかった。矛盾した二つの心に身体が引き裂かれそう。
そんな中、二十六時間テレビというチャリティー番組が社員食堂で流れていた。
身体障害者が一生懸命仕事をする感動的にドキュメントを流していた。
理香も入社する前は、あんなドキュメントみたいな事がある気もしたが、実際は社内ニート。小さな金額の給与明細を見るたびに、不満や悔しさが溜まっていく。テレビでは給料が低い事なんて一切描写されていなかったが。
他部署には発達障害の人も障害雇用で働いているみたいだが、仕事もで出来ず、コミュニケーション力も無いので虐められていた。
発達障害も一部の天才や活躍している人のイメージもあったが、現実はこれか。あれは一体何なのか。「障害は個性」として綺麗事言ってるだけか。母に聞くと平成時代も「鬱は風邪」「鬱は真面目な人がなる病気」として過剰に持ち上げられていた時代もあったそうだが、精神障害者の現実は報道されていなかったという。
もちろん障害と言っても人それぞれ違うだろうが、テレビやメディアにいる「障害者」は一部の上澄みだという現実も知ってしまった。過剰にこういった人を持ち上げる事は、本当に必要な人に福祉が行かない可能性も考えられる。あの二十六時間テレビでは番組プロデューサーが募金を横領していたという事件もあったらしい。もちろん、報道の自由の元、プロデューサーの実名や顔写真は伏せられていたが。
そもそも障害って何?
自分も障害者認定をされているが、単なる社会的な都合にも見えてきた。今はAIに仕事を取られて普通の基準が爆上がりしている。その基準から漏れてしまった人を適当にレッテルを付けて社会から排除しているのではなかろうか。
医療もこれだけ発達しても知的や発達、精神障害の特効薬など出る気配も全くない。身体障害者の為の義足や車椅子の性能も進化しているというニュースも最近は聞かなくなった。失明が治る医療技術も聞いた事はない。ブスも整形代が高額になり、安易に美人になるのも難しくなった。むしろそれを社会が容認している気さえする。弱者がいれば強者が必然的に目立つ。希少価値も上がる。社会は弱者を排除しながらも生温く容認している。それはまるで毒のよう。ダブルバインドの毒。
「私はルックスを変えるだけで障害者を辞められる? こんな社会の毒から逃げられば別に障害じゃない?」
会社の鏡を見ながら、呟く。
最近は他部署の虐められている発達障害の人を見ていたら、食欲も減り、痩せてきた。重い一重まぶたも、落ち窪みうっすらと皺が出来てきた?
「そうか、整形すればいいんだ」
美容整形は庶民に手を出せない金額だが、借金すればできない事も無い。
お金を借り、全身美容整形を施した。美容整形では井崎京子という女にカウンセリングを受けた。京子には美容整形をする事を止められたが、もう覚悟は決まっていた。
整形した後は、仕事も移動になった。社長秘書として毎日生き生きと働いていた。もっともSNSやインタビュー動画の撮影などお飾りというか広報的な仕事も多く「美しすぎる秘書集団」としてメディアから取材も受けた。最低な女性差別なわけだが、ルッキズムと相まり、この国では通常運転の事だった。日本では一部の仕事は自動化されず、むしろアナログに突き進み、秘書のような仕事も残っている現状もあった。もちろん世界から笑われていたが、この会社ではハンコやファックスもまだまだ現役。
先日、廊下であの発達障害の人ともすれ違ったが、相変わらず虐められているようだった。この会社は派遣やパートだらけ、リモートワークもやってない、自動化もされていない仕事も多いので無駄にいじめも発生しているようだが。
「ハッタショ、きっも!」
ついつい理香も吐き捨てるように言ってしまった。一応は同じ障害者だったとしてもその内で差別や上下がある事を身をもって知ってしまった。過去の事など棚にあげ、自分は一部の上澄みにいると思い込んでいた。いや、こうして思い込まなければやってられない。理香はこの時、なぜ弱者が完全に排除されず、生温く容認されているのか理由もよくわかってしまった。弱者に生活費だけ与えて完全排除した方がかえって優しいのかもしれない。見た目は「差別」だが、中途半端な綺麗事は誰も幸せにしないのだろう。
それでも理香はこの結果に満足している。税金は上がってしまったが、その分、収入も上がったのでどうでもいい。これで上に行ける。もう誰にもバカにされない。自分は上澄みの中にいる。もう弱者じゃない。
今月は月収が手取りで三十五万になった。さっそくSNSで給料明細をあげ、「イイね!」をいっぱい貰った。
この事をカウンセラーの京子に報告すると「良かったね」と祝福された。
「あと、二重瞼をさらに深めにする整形もあるのですが、どうですか? ご検討ください」
「そうねぇ……」
今では京子には他にも美容整形のメニューを紹介され、次はどこを治そうか悩むほどだった。
「私って幸せ。そうですよね?」
「ええ。もちろんです」
目の前にいる京子は深く頷き、聖母のように優しい笑顔を浮かべていた。