第十八話 美園の場合〜シンデレラのその後〜
AIにできない事があるとしたら、人間の尾行かもしれない。
司法や政治もAIで決められるようになった今。ホワイトカラーの仕事もだいぶ消えていたが、探偵という仕事は相変わらずあるようだった。
美園はとある探偵事務所に足を運び、依頼の結果を聞いていた。
狭い応接室に探偵と二人きり。
目の前にいる探偵は、美園の同じ歳ぐらいのアラフォー女性だった。
テレビドラマや漫画では探偵=おじさんというイメージもあったが、必ずしもそうでは無いようだ。今はAIのせいで仕事形態も色々と変わってきており、人間にしかできない探偵のような仕事は高収入になっていた。
正直、金額は痛いのだが、仕方がない。こんな夫の不倫の調査などAIには出来ない。人間の探偵に依頼するしか方法はなかった。
「結論から言いますと、あなたの旦那さん、不倫してますね」
「やっぱり」
「この画像見てください。証拠も押さえてます」
探偵はノートパソコンから画像を見せてきれた。確かに夫が女とホテルに入っていく画像があった。
「相手の女は、ご主人さんの職場の利用者ですね。佐々木有栖という女は知ってます」
「さあ、知りません」
「まあ、ブス障害の福祉利用者なので、こんな容姿ですが」
探偵は笑いを噛み殺しながら、別の画像を見せてきた。
そこには夫の不倫相手の顔写真があったが、どう見てもブスだった。顔は丸々と肉まんみたく、小さな目、潰れた鼻、ガチャガチャな歯並びなど、AIじゃなくても「ブス」だと判定したくなる。
「奥さんは美人ですのにね」
「そうですか? 今は美人ってだけで税金取られて、何もいい事ないです」
深いため息が出てくる。
確かに自分は美人だった。若い頃は何もしていないのにチヤホヤされ、受け身で生きてきた。
夫からのプロポーズも一番熱心だったから、折れてしまった。
当時、夫は会社経営していた。年収も二千万円近くあり、若くして結婚した美園は「シンデレラ」なんて呼ばれていた。美園は美人だったが、母親と二人暮らしで決して裕福でもないという背景もあった。
確かに結婚して数年は、裕福な専業主婦として幸せだった。子供はできなかったが、夫婦二人で仲良く暮らしていこう。そう夫と話し合い、何の不足もなかった。
しかし、数年前に起こったパンデミックをきっかけに夫が経営している会社が傾き、高い年収を維持できなくなってしまった。
結局、夫は転職を繰り返し、ブス障害支援員という国家資格を取得し、今は彼らのいる福祉施設で働いていた。
若い頃はイケメンだった夫だが、今はデブになり、スキンヘッド。外見だけなら半グレのような雰囲気で、福祉施設内では「ヤクザさん」というあだ名がつけられているらしい。
一方、美園もAIから劣化だと判定され、最近は美人判定も出ず、税金も減額されている状況だった。仕事も工場でパートをしていたが、AI搭載のロボットにとって変わり、失業手当てを受けいるところだった。工場だけでなく、コンビニやスーパーも急速に無人化されているので、パートの求人自体も少なかった。
今は夫婦仲も冷え切ってしまい、挙句の果てに不倫される始末。
シンデレラと言われた美園だが、アラフォーになった今は、こんな状況だった。思えば日本という国は「若い女」に価値を置きすぎている。女は劣化して価値が無くなったら、どうなる?
「奥さんも何か資格でも取ったらどうですか? 簿記一級ぐらいあれば。まだ経理の派遣事務ぐらいはあるらしいですよ」
「そうねえ」
探偵はこんな美園を不憫に思い、建設的なアドバイスもしてくれたが、何もやる気が出ない。
思えば若い頃は、美人である事に胡座をかき、受け身で何のビジョンも持たずに生活していた。
まさかAIがこんなに有能だったとは。まさか夫が失業し、不倫までしてしまうとは。
全く予想していなかった訳でもないが、ずっと受け身で生きてきた「シンデレラ」は、今更どうしたら良いのまも分からず、途方にくれてしまう。
「自分って空っぽだったんですね。本当に」
「いやいや、奥さん。自分を責めないでください」
「あなたのように早いところ人間にしか出来ない仕事を見つけておくべきだったわ。カウンセラーが伸びる仕事だなんて思ってもみなかった」
そうは言ってももう手遅れだ。
目の前のノートパソコンにある不倫相手の写真を見ながら思う。
夫はこんなブスでも不倫相手にしている。つまり、美園の容姿も全く無意味だと言われているようで、余計に虚しくなってきた。
「美園ちゃんって可愛いね」
「俺と付き合わない?」
「お人形みたい」
若い頃、男達に言われてきた言葉を思い出すが何も嬉しくなかった。
むしろ、若い頃のツケを今支払っているような気がしてならない。
「という事で、京子。私も整形しようと思うんだけど、どう思う?」
探偵事務所を後にした美園は、友達の京子に会いに行った。
京子は同じ大学だったが「このまま技術が発展したら、大変な事になる」と危機感を持ち、カウンセラー職を目指して努力していた。実際、今はカウンセラーになり美容整形外科で仕事をしていた。今は人間にしか出来ないカウンター職の需要が高騰し、高収入らしい。
とあるカフェで京子に会ったが、美園と違い、高そうな時計やコートを身につけていた。今の美園では手に入れらないような高価なものに見えた。
「整形? いや、別にいいけど、何で?」
「夫がブスと不倫していてね」
「え、本当? でも、だからって……」
京子は言葉を失っていた。
「もう私は、容姿しか無いかもしれない。年々、劣化していくけど、どうせ中見なんて空っぽだしね……」
「いや、仕事でも美園のようなクライントは多いけれど……」
これ以上京子は否定してこなかった。京子も自分のことは、中身が空っぽだと思っているのかもしれない。この件については否定してこなかった。
実際、こうして女二人で会っているのに、全く話が盛り上がらない。キャリアのある京子と今の美園では、合う話題も特になかった。
「シンデレラも頭が良くないと幸せにはなれないんだね。はは、子供がいたら少しはマシだったかもしれないけど……」
自虐風に笑っている美園。
そんな美園に京子はもう何も反論してこなかった。
今は美容整形する日が楽しみだ。
中身の無いハリボテだが、少しはマシなそれにしよう。
ハリボテだって極めるしか無いでしょ?
そのハリボテも時間と共に崩れていく事は知っていたが、今は少しの夢を見たい。
めでたし、めでたし。
美園はこれも一種のハッピーエンドだと思いたかった。
いや、思い込みたかった。
「まあ、幸せは人それぞれだと思うよ」
京子はそう言い、これ以上無いほどの優しい笑顔を浮かべていた。