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第十四話 舞花の場合〜ストーリー〜

 毎日、鶏小屋の中にいる気分だった。


「さっさとやれ!」


 福祉士に怒鳴られ、パッケージングされたクッキーにシールを貼っていく


 ここはブス障害者のための福祉作業所だった。下町にある作業所で周りは工場が多い。住宅地にこんな作業所を作ると「景観が悪くなる」と差別やクレームがあるからだった。ポリコレ、ポリコレと大騒ぎしている癖にだ。


 お陰で通うのが大変で交通費もかかるが、作業所ではそんなものも出ない。弁当代、コーヒー代も払わされ、時給は百円から二百円。このような作業所は仕事ではなく作業、職業訓練の一貫とみなされ、最低賃金以下で働かせても合法。故に家族だけでなく年金や生活保護頼りのものが大半だが、メディアでは報道されていない現実だ。最近はブス障害者が作業所で頑張るドキュメンタリーもテレビで流れていたが、こういった現実はスルーされ「ブスは個性」といったメッセージを送り続けていた。


 ここでの仕事、いや作業はクッキーの袋詰めやシール貼り、ボールペンの組み立てなど。その製品も身体や知的障害者が作ったもので、ここはその下請け機関でもある。一口に障害といってもさまざま。特に2028年という最近作られたブス障害は、権利要求や社会運動をやった歴史も無いので、限りなく地位が低い。


 舞花はここで働き始めてから一年。高校卒業後、他に行く場所がなかった。


 高校在学中のブス障害と診断され、特別支援クラスへ島流し。その後、坂道を転げ落ちるように人生の軌道修正もできず、今に至っていた。どうも一度福祉に関わってしまうとこうなるならしい。


 作業所といえども仕事は完璧さを求められる。少しでもシールの位置がずれたら、福祉職員の怒号が飛んでくる。


 見た目は市販のものと変わりはないが、クッキーもボールペンも安く売られていた。昔は安いものを有り難がっていたものだが、その裏には誰かの犠牲や搾取がある現実を知ってしまってたところ。


 ああ、こんな作業所から抜け出したい。まるで鶏小屋の中にいる気分。人間に搾取され、自由も奪われ、卵を産み続ける哀れな鶏。


 そんな事を考えながら、頭の中に「一発逆転」という言葉が浮かぶ。ここを抜け出すには、それぐらいしか無いのかもしれない。


 そんな舞花は、日曜日、とある自己啓発セミナーへ参加していた。


 講師は実業家の宮原華子。発達障害を持ちながらカフェやバーを経営し、メディアにもよく取り上げられている存在だ。見た目も麗しく、AIでは確実に美人判定が出るだろう。


 舞花も彼女みたいになりたい。障害を持ちつつ一発逆転するストーリーを描きたい。だからこうして都心まで足を運び、客でいっぱいになった会場でもワクワクしながら聞いていた。


 前半は華子の生い立ちや苦労話。発達障害のことはよくわからないが、同じ障害者としてその気持ちはわかる。舞花は思わず泣きそうになる。


 後半はそこからの逆転劇。どんどん事業家として成功していく華子の話を聞きながら「障害は個性」なのかも!?


 胸が熱くなってきたところで、サブスクのコンサル料金が提示された。月々五万円、入会手数料は十万。


 舞花にはとても出せる金額ではなく、心はさっと萎んでいった。


 本当に障害は個性?


 頭の中にそんな疑問も浮かび一発逆転の希望も薄汚れてきた。


 翌日。


 再び鶏小屋のような作業所へ。怒鳴られながら、せっせと手を動かし、午前中はあっという間に終わる。


 昼休みは休憩スペースで弁当を食べていたが、ここは結構カオス。ブス達をカモにするカルト、通信教育、スピリチュアルなどの業者が営業に来て、舞花もうっかり美容整形外科の営業に捕まってしまった。


 営業マンは安元という若い男だった。髪は茶色く、目は不自然な二重。ちょっとホストっぽい。この作業所の仲間でもホストに狂って借金を背負ったものもいた。ホストにはブス障害者を食い物にするマニュアルも出回っているという噂も聞き、舞花はこの男も見た目だけで警戒していた。


「一発逆転したいでしょ? 整形すればそうできるよ?」

「ふうん。でも発達障害の華子ちゃんとか、成功しているじゃん。ブスも個性?」


 舞花は弁当を食べながら適当に言うと、安元はゲラゲラ笑ってる。思わずムッっとしてしまう。


「ああ言う事業家がいう『障害』は箔つけるためにやってる。いわばストーリー式のブランディング」

「えー?」

「例えばただの林檎。もう一つの林檎は台風に耐え生き延びた奇跡の林檎。どっちの林檎が美味そうに思う?」

「奇跡の林檎?」

「そう。こういうストーリーを作って宣伝するのは、マーケティングの初歩的な手段だよ。あいつら事業家は障害も箔つける為のもの。実際、こんな作業所の現実なんて発信してないだろ? 自分の事ばっかり言ってるだろ? 障害者への待遇改善とか言ってないだろ? 障害は個性じゃないよ。だいたいそう言ってるヤツは運がいいんだ。親ガチャ成功者なんだよ」


 安元の話を聞きながら、夢も希望もない。華子のように活躍する「障害者」のストーリーは、単なるマーケティングだったなんて。努力すればいつか何とかなるとも思っていたが、夢だったのかも。


 だったら、それを鵜呑みにするのは危険?


 やっぱり障害は個性ではないの?


 急に弁当は不味くなってきた。この弁当も毎日作業所に五百円払って食べている。一応仕事はやっているはずだが、搾取されていると実感してしまった。


 そしてこの弁当も知的障害者の作業所で作っているものらしい。普通に美味しい海苔弁だったが、この労働の裏にある犠牲と搾取が透けて見えてきた。全く美味しくなくなってしまう。


「どう? 美容整形して一発逆転しないかい? ブスから美人になったというストーリーでブランディングしたら、さらに一発逆転できるかもね?」


 安元はニヤリと笑っている。


「そうか、そうかも……」


 警戒していた舞花だが、彼の話術にすっかりハマっていた。


 こうして舞花は美容整形外科の門を叩き、井崎京子という女のカウンセリングも受けていた。美容整形外科ではこういったカウンセリングもほぼ義務化されている。


「へえ。確かにブスから美人という下剋上ストーリーは、他と違って差別化できるかもしれませんね? 障害もブスもそういう意味では個性です!」

「ええ、京子さん。強者にとっては飯の種になる個性ですね!」


 京子とはニコニコ笑顔でこんな話をしていた。


 そんなストーリーを描けば、自分も変われそうな気がして、気分が高揚してきた。自己啓発セミナーなんか行くより整形した方が一発逆転できるかもしれない?


「舞花さんの判断は賢明かもしれません」


 京子はこれ以上無いぐらい優しい笑みを浮かべていた。


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