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第十三話 やす実の場合〜みにくい子〜

 いつか、白鳥になれる。今はみにくいアヒルの子だけれど。そう、いつか。


 やす実が信じて疑わない事だった。


 顔もみにくく、子供の頃に発達障害だと診断されていたやす実だったが、やけに自己肯定感は高かった。発達障害とされてからが、両親が「褒めて育てよう」という教育方針に変わり、一度も叱られた事もない。


 学校もほとんど行かず、ホームスクールで学び、高卒資格もとった。将来役にたつかもしれないと簿記の資格だってとった。海外に留学したり、教会でゴスペルを習ったり、絵を描いたりと自由気ままな子供時代だったが、就職で壁にあたる。


 やす実は、空気が読めない。細かいミスも多い。人の気持ちも分からず、面接官を怒らせる事ばかり言い、結局手帳を取得し、障害者雇用を目指す事になった。発達や精神向けに就労移行や転職サイトなども不自然なほど多く、利用者の奪い合いという背景もあった。そこで福祉支援者もみつかり、家族経営の中小企業に潜り込めたまでは良かった。


 職場ではいじめを受けるようになってしまった。仕事ができず、上司の手を煩わせていたのが大きな要因だった。また、やす実は年齢も若く、容姿も悪いので舐められていた。


 いくら空気が読めず、自己肯定感の高いやす実だったが、この扱いには心が折れた。


 せめて見かけだけ綺麗にしたら、いじめは終わるかもしれない。そう、自分はみにくいアヒルの子。いつか白鳥になれる。いつか、いつか……。


 今の時代はルッキズム。美人は税金、ブスには福祉の時代だった。こんな時代背景もあり、美容に賭けたわけだが、それも上手くいかなかった。


 目を二重にしたり、鼻すじをスッと高くする手術を受けたわけだが、特に変わらない。遺伝子の強さを思わされてしまう。結局、この整形は失敗だった。


「京子さーん。やっぱり親ガチャってあるんですかね?」


 そんなやす実は、別の美容整形外科でカウンセリングを受けていた。この美容整形外科はしっかりとプロのカウンセリングを受けてからではないと手術できないようだ。やす実以前行った美容整形外科は、金額も安く、外国人がやっている所だった。薮医者みたいなところで騙されてしまった。


 こうしてカウンセリングを受けるのが習慣になってしまい、今日も仕事の終わりに美容整形外科にいた。


 カウンセラーは井崎京子。アラフォーぐらいの女性だが、話しやすい。美人でもブスでもなく知的。やす実はこっそり京子に憧れてしまうぐらいで、今日もペラペラと悩みを話す。カウンセリングルームはリラックスできる雰囲気で、ついつい舌もなめらかになっていく。


「あなたは、はっきり言って親ガチャ成功よ。お父さんは会社経営者なんでしょ? それに褒めて育ててもらったとか、かなり恵まれてるわ。ホームスクールできる家庭なんて滅多にないから」

「そうですけど」

「容姿の悪さぐらいは我慢しなさいよ。これに限っては努力では、どうしようもない面があるの。あなたもそういうタイプよ」


 一見、優しそうな京子だが、案外はっきりと言う性格だった。そんな所もやす実は、好感を持っていた。


「でも、いつか。いつか、私はみにくいアヒルの子じゃなくて、白鳥になりたいんです」

「いつかっていつ?」


 その言葉は、心にぐさっと刺さってしまった。いつか、と言っている割には、何のビジョンも計画もなかった。


「みにくいアヒルの子のままで幸せになったらダメなの?」


 京子の黒い目を見ながら、ドキドキしてきた。確かに職場でいじめられているが、今、このままの自分が悪いわけでもない。


「あなたみたいな発達障害でも、確かに天才はいる。でも、そんなの人それぞれよ。人それぞれの生き方があるわ。誰もやす実の代わりなんてできないの」

「そう、ですよね……」

「幸せを後伸ばしにしていいの? ねえ? 世間の価値観に一番染まっていない? 誰かと比べてたら地獄だよ。永遠に終わらない競争を続けたい?」


 そうかもしれない。目から鱗が落ちる思いだった。


 それからやす実は、英語の勉強やゴスペルの練習を再開したり、自分がしたい事を一つずつやってみた。


 そうしていると、案外幸せ。京子の言う通り、今のままでやりたい事をやっても良いんだと認める事ができた。


 職場の福利厚生でカラオケ大会があった時、やす実はゴスペルを歌い、周りが見直してきた事もあった。これでいじめが終わったわけでもないが、他部者の人と友達になれた。


 これで十分なのかもしれない。それに親は「やす実は無条件に愛される子」といつも言っていた。この容姿に親に不満を持つこともあったが、今は感謝もできるようになった。京子の言う通り、自分は十分恵まれていたことに気づき、毎日ニコニコと幸せそうにしていたら、いじめも少しずつ無くなってきた。


「あ、クッキー売ってる」


 そんな時、最寄りも駅で福祉作業所の屋台が出ていた。


 こういった福祉作業所では、奴隷のように働かされている噂を聞いた事があった。クッキーのクオリティだって決して低くないのに、こんなに安く売られているのは、どう考えてもおかしい。どこかでお金や労働力が中抜きされているのだろう。安さに釣られてクッキーを買おうとしたやす実だったが、やめた。


 その代わり、頭のふっとアイデアが浮かぶ。自分で起業して、弱者が働きやすい会社を作ってみるのもいいかもしれない? もちろん、ちゃんと能力に応じて対価を払い、お客様も社員も全員笑顔になれるような会社。安さでなく、社員にもお客様にも価値が提供できるような夢の会社。


 この夢も「いつか」でいい?


 そんな事はない。今すぐやらないと!


 まずは会社を経営している父に色々と聞いてみよう。


 みにくい子でも夢ができた。白鳥にならなくてもいい。もう、いつかの未来に夢みない。みにくいままでもいいから、明るい未来を自分の手で作ろう。


「ふう。最近、やす実はカウンセリングに来ないわね」


 京子は、やす実の事が気がかりになった。最近、カウンセリングの予約も入れず、顔を見ていない。職場のパソコンで確認するが、もう半年以上も連絡もなかった。


「まあ、いいか。あの子は親がしっかりしてるし、金持ちだし。親ガチャ成功者よねえ。あの子は元々白鳥だったのよ」


 京子はそう呟くと次に来る患者を迎えた。


「どうぞ。おかけになって」


 聖母のような優しい笑顔を浮かべていた。

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