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第十二話 亜矢の場合〜童話の継母〜

 亜矢が使う最寄りの駅は、周辺に商業施設も多く、そこそこの賑わいを見せていた。


 関東にある県だ。都内と比べてダサいイメージもあったた、家賃や物価も抑えられている。都心までは電車一本で行く事もできるし、見栄を張って都内に住む必要も無いのかもしれない。


 駅ビルにも商業施設が多く入り、可愛くて美味しいスイーツのお店も多い。亜矢はもう六十過ぎ、再雇用され嘱託社員として働いていたが、スイーツには目がなく、会社の帰りによくお土産も買っていた。子供も独立、夫も海外に単身赴任中だし、スイーツぐらいしか楽しみが無いというのもあるが。


 今日もマカロン、バームクーヘンなどを購入し、ご機嫌だったが、小さな屋台も出店されているのに気づいた。福祉作業所で作られている菓子を売っているという。通りで見かけは素朴だった。さっき買ったマカロンやバームクーヘンと比べて派手さはない。パッケージもシンプルそのもので可愛くはない。


 スルーしようと思ったが、値段はかなり安かった。クッキーも十枚入って百円とか。こんな安くできるかは不安もあるが、安さの魅力には勝てない。それに保存量や着色料を入れていないのも高ポイントだった。バターもたくさん使っているようで香りも良い。意外と買っている人も多く、売り子は福祉職員のようで問題なさそうだ。


「ありがとうございます!」

「ええ。食べて応援するわよ」

「またお越しください」


 店員から袋を受け取り、自宅に帰ったあと、ゆっくり食べた。


「え、味もいいじゃない。こんなに入って百円ってコスパ良すぎる……」


 味は美味しかった。もちろん、パッケージなどは素朴だったが、何も問題ないどころか美味しい。


 マカロンは一箱で二千円、バームクーヘンも小さなものだったが千円もした。それに比べると異様に安すぎた。


 少し違和感を持ちつつも「食べて応援」しよう。亜矢もいい事している希望になり、SNSでこのクッキーの事を投稿し、拡散された。一人暮らしで他にやる事もないので、SNSも使いこなしていた。


「この福祉作業所のクッキーは、貧困ビジネスみたいなものですよ。安いものには、必ず裏があるんです」


 おおむね好意的なコメントが届いていたが、一件だけアンチコメントがあった。なぜか美容整形外科で働くカウンセラーからのコメントだった。


 今の時代はルッキズム。美人には税金、ブスには福祉という時代だったので、美容整形外科でのトラブルが絶えないらしい。なのでこういったカウンセラーを設置するのも半分義務のようになっていた。


 井崎京子という名前のカウンセラーだった。SNSには顔写真もなく、小難しい心理学用語の解説ばかりしていた。きっと何かのイタズラか勘違いだろう。安くて美味しいクッキー。買うことで応援になる。食べて応援。何が悪いのかと思い、京子のコメントは無視した。


「だから、何度言ったらわかるの? どうしてエクセルの数字がこんなにずれるの?」


 福祉施設のクッキーを食べて応援している亜矢だったが、職場では発達障害の部下の面倒を見ていた。いや、押し付けられていた。


 障害者雇用で入ってきた佐野やす実という若い女の子だったが、とにかく仕事ができない。ミスが多い。不機嫌になって反抗的。


 亜矢が働いている会社は、家族経営も保守的なところだった。この時代でもAIには全く頼らず、ファックスもハンコも普通に使っている。もちろんリモートもなく、生産性も低い。中小の化粧品メーカーだったが、同業他社からは大きく差をつけられていた。おかげでオフィスは非正規だらけ。亜矢のいる経理部もそう。こう言った障害者雇用の社員の面倒も非正規に皺寄せが行く事が多かった。


 こんな部下に本当にイライラする。ついつい厳しい指導もしてしまう。他部者の人間に「いじめじゃね?」などとヒソヒソされていたが、経理部ではやす実はお荷物社員としての地位を確立している。何となく虐めてもOKという空気も出来上がっていた。本人も虐め慣れているのか、空気が読めないのか不明だがヘラヘラ笑うだけ。余計にイライラして強く当たってしまう。


「本当に無能なんだから。これだからハッタショは!」


 差別的な事も言ってしまうが、こんな空気が出来上がっていると、上司も何も言ってこない。むしろクスクス笑っている始末だ。


「世間にいる有名な発達障害の人は、才能ある人も多いよね? なんであなたは無能なの?」

「一応簿記一級持ってます!」

「空気読んでよ。今、そんな事言ってるんじゃないでしょ」


 障害の特性なのか不明だが、空気が読めないやす子の顔を見ていたらイライラする。顔もブス。カニみたいな顔立ちで、全く可愛げもない。声も低めだし、やす実の良い部分があるのか全くわからない。


 そんなやす実だが、これでも整形もした事あると言う。確かに目は二重だったが、遺伝子の強さというか、努力ではどうにも出来ない事実を感じてしまう。


 まさに親ガチャ。


 やす実を見ていると、神様ってなんて不平等なのだろうと感じてしまう。


「もうさっさと仕事してよ。ちゃんと言った通りにやって、全く無能なんだから!」


 やす実への同情心みたいにのはゼロではないが、暴言はやめられない。まるで童話に出てくる継母みたいだが、やめられない。SNSでも生活保護者は怠けものだと叩く。


 こんな事をしている一方、福祉施設のクッキーは買う。食べて応援をしている。クッキーについてSNSで拡散もする。


 とんだ二枚舌なわけだが、人間は童話のキャラクターのように綺麗な善悪では割り切れない。亜矢の中にも良心はあるが、やす実にはイライラしてしまう。いや、やす実だけでなく、役に立たない人全般を。


 こんな自分は、意外と矛盾はなく、普通に受け入れていた。


「安いものには、必ず裏があるわ。そのクッキー、また買ってるけど、本当に美味しい?」


 SNSには、また京子からコメントが届く。


「そのクッキーって大手菓子メーカーのマカロンやバームクーヘンに本気で勝てると思う? 安さと偽善以外で」


 しつこいので、SNSの運営に通報しようかとも思ったが、なぜか京子のコメントから目が離せなかった。


「食べて応援って本当に弱者のためになってる? よく考えて。それにあなた、生活保護の人は叩いてるじゃないの。とんだ二枚舌ね。そんなに言うならあなたが起業して、弱者の雇用先でも作ってあげたらどう? あなたみたいな口だけの人が無敵の人を作り出してるのよ」


 そんなコメントを見ていると、やす実に辛く当たっている自分の顔が浮かぶ。自分は童話の中にいる継母みたいに見えた。


「やった事は必ず返ってくる。童話みたいに勧善懲悪ってあるよ? じゃあ、その激安偽善クッキーを心ゆくまで楽しんでね」


 京子はこのコメントを最後に二度と送ってくる事はなかった。


 数年後。


 亜矢は寝たきり状態になり、病院のベッドで寝かされていた。脳の病気が悪化し、本当は死ぬところだったが、医者に延命措置を取られ、こうして寝たきりになっていた。


 今は排泄も食事も全部他人に頼らなければならない。風呂も介護士にやってもらうが、時々男性スタッフが来る時もあり、屈辱的だったが、もう声を上げる気力もない。


 いっそ死にたいぐらいだったが、子供達が延命措置を希望している。亜矢が生きている事で年金が手に入るからだろうか。


 人間は老いに勝てない。若い時に美しく健康であっても、どうしても勝てないものがある事を悟る。自分の努力ではどうしようもない事がある。歳をとるとはこういう事なのかもしれない。


 やす実の顔も浮かぶ。


 確かに京子の言った通りかもしれない。やった事は必ず返ってくる。今や亜矢も立派な弱者だ。


 亜矢もちゃんと童話の継母のような結末になった。老いは誰でも必ずやってくる。死もそうだ。誰も死から逃げられない。神様はなんて平等なのだろう。


 めでたし、めでたし。


 やす実の顔はずっと頭の中から消えなかった。


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