第十一話 悠里の場合〜逃れの道〜
マタイ効果という言葉があるらしい。
持っているものはますます与えられ、持っていない者は持っているものま奪われるという聖書の言葉から言われているものだ。マタイの福音書にそんな箇所があり、優れた業績をもつものは、もっと与えられると言われている。日本語で簡単にいえば、天はニ物を与えるという事か。
問題なのは、持っていない者の方だ。
「だ、騙された……」
田舎から都内の大学に上京したばかりの悠里は、周りの友達がみんな美人である事に焦っていた。AIにも「愛嬌のあるブス」と判定されていたが、障害レベルではなく、福祉支援にもありつけない損な立場だった。
確かに今は美人には税金がつくようなハンデがあるが、実際は交友関係や就職にも恵まれ、さらに恵まれている。
一説によると美人の方が生涯年収は数千から一億も違うという。
一方、悠里は詐欺にあい、お金も減ってしまっていた。
マタイ効果という言葉を思い出す。聖書など読んだ事の無い悠里だったが、この言葉は本当かもしれない。美人はますます富み、ブスは詐欺にあって持っている物まで奪われる。
「という事で京子さん。私も整形したいと思うのですが、どう思いますか? 整形したら持つ者になれますか?」
追い込まれた悠里は、美容整形外科の門を叩いていた。
駅前の雑居ビルの一室にあるカウンセリングルームだった。すぐ上では実際に医者が手術をやっているらしいが、今は美容整形のトラブルが絶えない時代だ。京子のようなカウンセラーは美容整形外科にいる事は一般的だった。
カウンセリングルームは、アロマの匂いもし、ふかふかのソファに座らされるので、リラックスする。
その上、京子も美人でブスでもない普通顔。ついつい口を滑らせてしまっていた。
「マタイ効果という言葉は聞いた事ありますよ。聖書のタラントの例え話ですね。もともと神から才能を借しつけられていなければ、難しいかもしれませんよ」
「そうですか」
目の前にいる京子は聖母のように優しい笑みを見せていたが、悠里の気持ちは全く晴れなかった。
「じゃあ、私は神様から美容とか容姿の才能貸し付けられていないって事ですかね」
「まあ、貸付けられていた場合は、努力すれば伸びるそうですね。貸付けられているのに、怖がって放棄した場合、努力している人にさらに才能が貸付けられるそうです。自分の才能を見極め、新規が多く、辞める人が多い分野にチャレンジすれば良いかもしれません?」
そう言われるが、何か煙に巻かれているようで悠里は納得できなかった。
釈然としない気持ちを持ちながら、カウンセリングルームの待ち合い室に戻る。
このカウリングも人気のようで待合室は混みっていた。意外な事に美人もいるが、ブスの方がやや多いといったところか。
「いやあ、今日は寒いわね」
一人で会計を待っていたら、隣に座っていた女に話しかけられた。
アラフォーぐらいの女性で、おかっぱ頭、黒縁メガネのブスだったが、妙に話が面白い。多恵という名前の女で、経理事務を派遣でやっているらしい。
「非正規なんて泥水飲んでいるみたいよぉ〜」
悲惨な現実だが、多恵が語る話は妙に面白く、適度にこちらの優越感も刺激されていた。
悠里は女子校出身だったが、女子トイレでブラックな話を仲間としているような気分にさせられた。
決して楽しい話題ではないのに、不快感が快感。例えるまらばツボ押しマッサージでも受けているような感覚だった。
こうして多恵と仲良くなり、時々このカウンセリングルームの待合室で話をするようになった。
同時に大学の美人の友達と付き合うのも飽きてきた。
こちらのコンプレックを刺激されたわけでもない。
彼女達は、あまり面白くないのだ。おそらく小さな時からチヤホヤされて育ったので、受け身というかトーク力もない。ニコニコ笑っているだけの置き物っぽい。まさに外見だけ。
それに悠里のようなブスでの悩みを相談しても「気のせいだよ」「税金なくていいじゃない」のニ種類の解答しかなく、飽きてきた。
美人は三日で飽きるのか。そんな気もしてきた。
もちろん、美人の友達でもそこに胡座をかかず、教養をつけたり、資格をとるものもいたが、多くは受け身で男性に甘やかされているだけだった。
もしかしたら、京子が言っていた「タラントの例え話」は本当か? 神から授けられた才能を放棄した場合、努力しているものにチャンがある?
胡座をかいている美人を倒す方法もあるのか?
わからないが、それが本当だとしたら?
希望が出てきた。
「多恵さん。お願いがあります。そのトークスキルやコミュ力を教えてください」
悠里は多恵に頭を下げ、色々と教えて貰う事にした。
聞けば多恵はブスコンとはいえ、コントで優勝した事もあるらしい。
「お願いします」
最初は渋っていた多恵だが、悠里の熱意に押され、結局折れてしまった。
その後、二人でコンビを組み、お笑い芸人を目指すことになった。他に目立つライバルもなく、順調に修行を重ね、賞をとるほどまでに成長した。
似たようなブスポジションのタレント・風子もいたが、地元での評判が悪く、炎上をくり返し、人気も翳りが見えてきた。風子にいくはずの仕事も悠里達に依頼される事も多くなり、順調に仕事をしていた。
「という事で、やっぱり美容整形はやらないでよかったと思います。確か聖書にも神様は逃れの道を備えるって書いてありましたよね? 私は生まれつきの美人にも十分勝てると思います。ブスだからって卑屈になって全部諦めるのは、勿体ないんじゃないですか?」
そう語る悠里の顔は、生き生きと輝き、生命力に溢れていた。
「でも女としては、男の人に容姿を認めてもらいたくない?」
「いいえ。外見しか見えない異性は、こちらがお断りです」
「そう。頑張って」
京子は聖母のように優しい笑顔を見せていたが、目はなぜか怖かった。
まあ、気のせいだろう。
「今日京子さん、お世話になりました。これからイベントの仕事なんです」
こうしてカウンセリングルームに出た悠里は、多恵と一緒に仕事へ向かっていた。