第十話 多恵の場合〜ブスは個性〜
NPO法人・BUSUとは、AIにブス判定された全ての国民を差別から守り、基本的人権を主張する事を理念として設立された。
今の時代はルッキズム。美人には税金を。ブスには福祉を。そんな時代だからこそ産まれたようなNPO団体だったが、実際は何をやっているかよくわからなかった。
そんなBUSUではあるが、名物企画があった。ブスコンといい、ブス度を競うコンテストだった。
こんなルッキズムな時代だったが、LGBTなど多様性も認められるようになり、「ブスも個性。多様性の一つ」というスローガンの元、毎年開催されていた。
一位になったものは、世界一のブスという名誉(?)な称号と、ブス障害者達が集まる作業所で一日中所長ができる特典があった。
ちなみに賞金はない。「お金は要らない」という価値観も多様性の一つとして認められていたからだった。
2029年の優勝者は、高村多恵というアラフォー女だった。
ブス自虐コントが審査員に受け、圧倒的な票差をつけて優勝した。
プロのヘアメイクやカメラマンの指導のもと「ブスも個性」という見出しの元、ネット記事にも出ていた。
おかっぱ頭の細い目、だらしない体型のブスだったが、編集者におだてられ、いい女風の発言や表情を繰り返していた。
思えば多恵の人生は悲惨だった。若い頃からブスだという理由でいじめられていたが、AI判定では障害レベルのブスにもなれず、非正規雇用を転々としながら泥水を飲んでいた。
そんな多恵の晴れ舞台。調子に乗るなという方が無理な話だった。
それに風子というマルチタレントもブスを売りにしてキャラクターを確立しているではないか。
風子が出ていたブス障害者の作業所で頑張るストーリーのチャリティドラマは、涙無くしては見られない内容だった。
海外のブスでは、大企業の社長もいた。ハリウッドでもブスを必ず起用しなければならないルールもできていた。
そう、ブスは個性だ。これからは個性的を伸ばしながら薔薇色の人生を送ろう。
ブスコンで一位になった時、多恵はそう決意していた。
そんな折、ブスコンの特典であるブス障害者作業所の1日所長が行われた。
BUSUが運営する作業所で工場地帯にあった。狭い施設では、ブス達が一生懸命、クッキーの袋詰めをやっていた。
見事にブスばかりだが、風子のドラマでは、作業所でも頑張っているシーンが印象的だった。
ドラマのようにさぞブス達も生き生きと働いているのかと思ったが、現実は全く違うよう。
みんな目が死に、機械のように淡々と手を動かし、鶏小屋の中にいるような気分になってきた。
時給は100円。
非正規雇用を転々とした多恵だったが、これには驚いた。ここは仕事ではなく「訓練」なので、最低賃金以下で働かせても合法らしい。
「しかし、綺麗にラッピングしているね……」
多恵は作業所に商品を一つ手に取り、よく見てたが、とても綺麗だった。中身のクッキーも知的障害者の作業所で作られたものだそうが、街の洋菓子屋と同じクオリティ。確かにパッケージは地味さが、濃厚なバターの香りがして思わず一枚食べてみたくなるぐらいだ。形も均一で綺麗。
BUSUの職員は、一見優しそうだが、ブス達がミスすると激しく怒っていた。パワハラかとも思ったが、ブス達によると「今日は多恵さんがきてるから、いつもよりマシ」らしい。
昼休みには、怪しい美容クリームや美容整形外科が営業に来て、しつこくセールストークをしていた。
それだけでなく、霊媒師やカルト宗教の勧誘も来て、作業所の休憩スペースはカオスだった。
一応お客様である多恵は、幕内弁当を出されていたが、こんな環境では休む事はできなかった。
ブス達によると、こういった営業に騙されて、多額の借金を負うも多いという。この作業所でもホストに狂い、犯罪に手を染めたものがいる事も教えてくれた。
「整形しても所詮遺伝子には、勝てないしな」
そう語るブス達を見ていると、果たして「障害は個性」なのか疑問になってきた。
編集者におだてられ、いい女風にインタビューも受けていた過去も違和感を持ち始めていた。
作業所のテレビでは、少し前のハリウッド映画が再放送されていたが、無理矢理作った「ブス枠」が邪魔で仕方がない。
悪役でも良いキャラクターでもない中途半端な役どころで、大人の事情が透けて見えるだけだった。今ではマイノリティに無理矢理役を与えないとハリウッドも受賞できない大人の事情があった。
本当にブスは個性か?
ブスである事に苦労してきた多恵だったが、ブス枠の俳優より美人女優の方を見てしまう。
ブス達も美人女優を絶賛していた。誰もブス枠の俳優など褒めていない。ブスもブスが嫌いみたいだ。
本当にブスは個性なのか?
多恵の信念がぐらついている所、決定的なものを見てしまった。
作業所の事務所で偶然一人になった時、ノートパソコンが電源がついたまま放置されているのに気づいた。
「は? 何これ?」
パソコンには帳簿の記録があったが、国からの税金をBUSUが中抜きしている記載があった。
多恵は非正規社員だったが、簿記一級資格をとっていたので、帳簿の不正も読めてしまった。
「な、何これ……」
ブスは個性という信念は全崩壊されてしまった。
むしろ、差別や障害は悪い大人達にとって換金しやすい要素だと気づいてしまった。簡単な言葉でいえば「利権」というものだ。酷い言葉でいえば貧困ビジネス。さらにもっと酷い言葉でいえば人身売買のようなもの。
今はブスコンで一位になり調子に乗っていたが、悪い大人の手の平で転がされているだけったと目が覚める。
「あぁ……」
絶望感でいっぱいだ。
ネットではブスコンも利権の一つとして有名だと囁かれていた。多恵達優勝者も「見せもの」として笑われている事にも気づいてしまった。ここで作っているクッキーがなぜ安くて売っているのか。安いものには必ず誰かの搾取や犠牲があったことにも気づく。多恵自身が非正規雇用で搾取されていたのでよく分かる事だった。
BUSUと似たようなNPO法人や作所では、中抜き、パワハラ、虐待ではなどが横行し、事件になっているものもあった。
こういったニュースのネットコメントでは、誰もブスは個性なんて言っていない。「役に立たないブスは殺処分でもしたらいいんじゃない?」というコメントに一万もいいね!がついていた。
「ブスは個性」なんて全部綺麗事の建前だと気づいてしまった。口ではいくら綺麗事を言っても内心は差別感情の方が強いのだろう。
作業所で作られた菓子を「美味しい」「安い」と騒いでいるインフルエンサーもいたが、これも綺麗な建前か? 弱者のクッキーは、本当はどんな味がするだろう。
偽善。
そんな言葉が頭に浮かんでしまった。作業所のクッキーなんてキモいと差別する人の方がよっぽど弱者の為になる気がした。
現実が見えてしまい、多恵は絶望感でいっぱい。衝動的に美容整形外科の門を叩いてしまっていた。
「という事です。ブスは個性ではありませんね。他の障害や差別もみんなそうです。白人で美人の金持ち、そしてノーマルな異性愛者が一番強者って事じゃないですか? この人達が一番差別を受けない強者ですねえ。または、逆に弱者から中抜きと搾取ができる人が強者ですね」
多恵は美容整形外科へ行き、井崎京子という女からカウンセリングを受けていた。多恵と同じぐらいの年頃に女だったが、綺麗な普通顔だった。白衣もよく似合い、どこか小賢しそうな雰囲気もあった。
美容整形しようと思ったが、京子からは遺伝子は強烈で、さほど美人にはなれないと現実的アドバイスもされ、多恵は、さらに病みそうだった。金額も高く、庶民の多恵にはハードルも高い。こうして毎週京子に相談しながら、お茶を濁す日々だった。
「でもブスコンとはいえ、一位になるなんて凄いです!」
京子には褒められたが、一ミリも嬉しくはなかった。
「ブスも個性ですよ!」
こんな言葉は、綺麗な建前でしか無いだろう。
京子の聖母のような笑顔を浮かべていたが、悪意があるようにしか見えなかった。