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5.憑き物

「なあ、ブランカ、おまえもしかしてウィルヘルム殿のことが好きなのか?」


 城内の相談事で父デイモンド子爵の書斎を訪れたあと、さて別件へとブランカが部屋を出ようとしたとき、デイモンド子爵が遠慮がちに聞いてきたので、ブランカは面食らった。

「は? え!? いったいなんでそんなことに?」


 しかし、デイモンド子爵はいたく真面目な顔をしている。

「だって、エステル姫とウィルヘルム殿を引き離そう引き離そうとしているじゃないか。客間だって気を利かせて一緒にすればいいものをわざわざ別室にするし。なんなら城の中でも結構離れた部屋をウィルヘルム殿に用意するんだから」


「結婚前の娘が男性と同じ部屋なんてダメに決まってます!」

 ブランカは慌てて前回と同じ答えを口にする。

 本当は、エステル姫が一緒が嫌がるだろうと気を回してるんです、と言ってやりたい。


「エステル姫とウィルヘルム殿のお茶だって、必ずおまえが同席するじゃないか。お邪魔虫もいいところだ」

「それも、ちゃんと理由が──」

「ウィルヘルム殿がエステル姫を散歩に誘おうとしても、おまえが先回りしてわざとエステル姫に声をかけて二人で席を外してしまうし」

「あ、いやお父様、それは──」

「ウィルヘルム殿に聞くと、エステル姫からのお言葉はほとんどないんだそうだ。それは、間に立つおまえが全部揉み消しているとかじゃないのかね?」

「だから、それも──」

「とにかくね、ブランカ。その……わしには、おまえがウィルヘルム殿を好きだとしか思えないんだ」


 ブランカは顔を赤くした。

「私がウィルヘルム様を好き? 大きな誤解ですよ、お父様!」


 しかし、思い込みの強いデイモンド子爵には娘の訴えは届かない。

「でもなあ、ブランカ。ウィルヘルム殿はエステル姫をお救いなさった国の英雄だ。お二人の結婚は王様が約束なさっているのだよ。おまえに入り込む余地はないから。だから、その……。いや、それが分かっていればいいんだ。別に今のお前の気持ちまで否定する気はないんだから」


「はあ」

 ブランカは脱力した。

 勘違い中のデイモンド子爵にこれ以上否定しても伝わるまい。

「お父様の(おっしゃ)ること、よくわかりました」

 そうとだけ言って、それ以上は何も話す気になれず、ブランカはそそくさと父の書斎を後にした。


 そのとき、デイモンド子爵とブランカの話を聞いている人影があった。ウィルヘルムだった。


 ウィルヘルムはデイモンド子爵の書斎の前をたまたま通りかかっただけだったが、自分の名前が不意に出てきたから思わず隠れてしまった。そうして二人の会話を聞いてしまったのだ。

 え? ブランカが自分のことを好き?

 ウィルヘルムはたいへん驚いた。


 ブランカはエステル姫と自分の関係をすごく心配してくれた。

 あそこまで面と向かって言ってくれたことに、正直とても心動かされた。


 自分はエステル姫との関係のことを見て見ぬふりしていたから。

 ブランカがああやってはっきりと言ってくれたことで、なんだか()き物が落ちたような気さえしたのだ。


 ()き物……。

 それは、魔物を退治した自分が姫を(めと)るという『おまけ』だった。


 ウィルヘルムが生まれた土地は、王都からさほど離れていない村だった。森の端の大きくはない村だったが、湧き水が出るので村人はそんなには苦しくない生活をしていた。


 しかしウィルヘルムが生まれた頃だろうか、水は十分にあるのだが、何やら畑の作物の穫れ方が悪くなってきた。草丈(くさたけ)も低いし茎も細いし、作物はひょろひょろと見るからに調子が悪そうだ。


 村人は口々に不安を言いはじめ、伝手(つて)を探して詳しそうな人などを呼んできたが、ちっとも改善されないばかりか収穫はどんどん減っていく。ついに収穫量が半分くらいに減ったとき、村長さんは領主に掛け合うことにした。専門家を派遣してくれ、年貢(ねんぐ)を軽くしてくれ、と。


 しかし、領主はそもそもこんな小さな村に関心をあまり示さなかったし、ようやく陳情(ちんじょう)の機会が叶っても技術も金もないと首を縦に振らなかった。


 村人たちは困り果ててしまったが、悪いことはもっと続いた。

 どうやら隣の村でも2~3年同じようなことが起こっていて、さらにその向こう隣りの村でも作物の調子が悪くなり始めているというのだ。

 広がっている──!?


 それである日、ウィルヘルムの祖父がどこぞで魔物を一匹捕まえてきて、(くわ)で殴り殺して森に埋めた。祖父は次の日高熱を出して一日じゅう(うめ)き、そしてその次の太陽が昇る前に死んだ。しかし、不思議なこともあるもので、その後から何やら作物が元気になってきた。

 ここ数年の不作が何だったのかという具合に、その年から作物がしっかり穫れるようになったのだ。


 それ以来、村はまた豊かな土地に戻った。隣の村も、その向こう隣りの村も、収穫が戻ったと聞いた。同じことがどこまで広がろうとしていたのかは分からないが、幸いにも何かが広がる前にくい止められたのかもしれない。


 ウィルヘルムの祖父が一体どういう理屈で魔物を打ち殺して埋めたのかは、誰にも分からない。祖父は何も語らず呆気(あっけ)なく死んでしまった。

 しかし、ウィルヘルムがあとから祖母に聞いたことでは、祖父は村のために自分が汚れ役になる悩みのようなものを祖母に打ち明けていたらしい。


 そして、祖父が悶絶(もんぜつ)しながら死んだその日の晩、この国の幼い姫が魔物に(さら)われたとのことだった。


 もちろん、タイミングが重なったとはいえ、こんな小さな村で一匹の魔物が惨殺されたことと、一国の王女が(さら)われたことに、何か関連があったとは考えにくい。


 しかし、まだ幼年だったウィルヘルムの中で、この二つの事件は大きな意味を持った。


 ウィルヘルムは、祖父が村のため、ひいては近隣の村、もしくはこの国全体に広がろうとする何かをくい止めるため、自分を犠牲にして事を()したものだと信じた。そうあってほしかっただけかもしれないが。


 そして、幼い姫が(さら)われたのはもしかしたら魔物の報復か何かで、そうだとしたら祖父の非道な行いのせいなので、血縁である自分に何か特別な役割があるのではないかと思った。


 少年のウィルヘルムは、自分こそが魔物を退治し姫を救い出すのだと()()()

 いろいろと祖父のしでかしたことを片づける義務がある。


 そしていざ本当に旅に出て、旅路のあちこちに前任者たちの(かな)しい姿を見たとき、ウィルヘルムはその決意をもっと強くした。

 この死は何のため──? これは、あの日の祖父の行いの──?

 やはり、やはり自分がきちんと終わらせなければ。


 そして、こうして苦労の末、何とか魔物を倒し姫を救出、すべきことは終わったはずだった。


 そうしたら、『おまけ』がついてきたのだ。

 まあ、最初っからその『おまけ』のことは知っていた。『姫を救出したものに姫をやる』という王様の約束のことだ。


 ウィルヘルムには彼の中だけの壮大な使命があったので、エステル姫との結婚のことは初めはどうでもよかった。


 しかし、いざ魔物を倒してエステル姫を救出したとなったとき、この姫が自分の妻になるのかと思うと有頂天(うちょうてん)になった。

 エステル姫は見た事がないほど美しかったからだ。


 ウィルヘルムはそれが本当に嬉しくて仕方がなかった。

 それ以降、ウィルヘルムには、エステル姫を妻にできるという想いがずっと付き(まと)っていたのである。


 しかし、喜びも束の間、何だか思ったような展開にはならなかった。エステル姫の返事はいつも素っ気なくて、姫が自分を好いているようには見えなかったのだ。

 でも王様の約束だし、夫婦になれるものと思って、少しでも関係を改善できないかとエステル姫に色々声をかけた。


 それでもエステル姫との距離は縮まらない。

 そんなとき、ウィルヘルムが何となく不安に思っていたことを ブランカ嬢がズバッと言い捨ててくれたのだ。


 そう、本当に憑き物が落ちたような気がした。


 しかし、あのブランカ嬢の言葉の陰には自分への気持ちがあったということなのか?


『やめとけばいいのに、あんな女』というブランカ嬢の言葉。

 あの言葉は。

 単にエステル姫がウィルヘルムに気がないことを教えてくれるだけではなく、つまりブランカ嬢の気持ちを表していたのだろうか。


 エステル姫を(めと)れるものだと信じ込んでいたから、姫以外の女性の好意というものを考えもしなかった。


 祖父の引き起こしたひとでなしな悪事を、自分はちゃんと終わらせたのだから。自分の役目は果たしたのだから。

 『おまけ』まで欲張る必要はないのかもしれない。

 急にブランカ嬢の気持ち云々(うんぬん)というのは考えられないとはいえ、もう少しこれからの自分の人生は幅広い選択肢を考えてもいいに違いない。

 

 そんな風に考えると、ウィルヘルムは少し気が楽になった。

 エステル姫の態度に連日けっこう(さいな)まれていたようだ。


 そうだ、別に、エステル姫と一緒にならなくてもいいのだ──。


 ウィルヘルムは何だか急に明るい空が見たくなった。

 それで、デイモンド子爵の書斎の前から離れて中庭の方へ歩いて出た。


 するとそこには、さっきどっかに行ったはずのブランカが別方向から歩いて来るのが見えた。


 ウィルヘルムは「あっ」と思って隠れようとしたが、今度は隠れる必要がないのに思い立ち、自分で苦笑した。

 それで、エステル姫についてもう少し客観的に聞いてもらいたいと、ブランカに話しかけた。

「やあ、ブランカ様。先日はいろいろ心配していただいて申し訳ありませんでした」


 ブランカはぎょっとして、気まずそうな顔をした。

「ええと、その話はちょっと──」


 ウィルヘルムはブランカが(およ)(ごし)なところをわざと(とど)めて、自分の思いをぶちまけることにした。

「ブランカ様の(おっしゃ)る通りでね、なんだか、エステル姫への思いは一方的な気がしてはいたんです」


「は、はあ」

 ブランカはウィルヘルムの真意を()し量れず、生返事(なまへんじ)を繰り返している。


 ウィルヘルムは構わず続ける。

「エステル姫は私のことをあんまり大事にしてくれないなと思っていました。話しかけるのもいつも私の方でしたしね。向こうは私の質問に返事をするだけ。あんまり話しかけてくれないんですよね。旅路でも、食事はどうしますかとか、寝る場所はここになりますとか、なんか私が一方的にお世話をしている感じでした。なんだか結婚する二人の関係ではないですよね」


「え、ええ……」

 ブランカはまだひやひやした顔をしている。この話は元々(もともと)はブランカの方から言い出したことなのに、警戒心が見え隠れした。


「王都への帰還パレードも彼女はあんな調子で一人張り切っているでしょう? 私の話なんか聞く耳持ちません。最近はデイモンド子爵の支援ではまともなパレードは難しいから、もっと王宮中央の大貴族を頼るべきだ、デイモンド子爵にはそこまでのお世話を頼むと、公言して(はばか)らないようですね。私にはそんな恥知らずな広言は考えられません。ブランカ様は、なぜ彼女があんな風に考えるのか、何か聞いていますか?」

 ウィルヘルムはやや怒気を含めた声で尋ねた。


「あ……」

 ブランカの方はすっかり気圧(けお)されている。

 しかしウィルヘルムの真っすぐな眼差(まなざ)しに観念したように、

「え……っと、どうもエステル姫は私たちみたいな辺境の田舎貴族を信用していないようでして……。流行最先端とか見た目のカッコよさとかの(こだわ)り、なんですかね? 救出された奇跡の姫というのを最大限演出したい、とか何とか……? それで今、あっちこっち王都の有力貴族たちに手紙を書いているみたいで、その返事次第(しだい)では私たちはそこまで関与しなくてもよくなるかもしれない、とのことです……」

とぽつぽつ答えた。


 ウィルヘルムは目を鋭くした。

「何ですか、その『救出された奇跡の姫』というのは。そうではないでしょう、すでにたくさんの犠牲が払われているんだ、、国民への感謝の気持ちは──?」


「……エステル姫のお考えは、私にもよく分かりませんわ」

 ブランカは泣きそうな顔をした。

 ウィルヘルムに大変遠慮をしていることが(うかが)えた。


「他には? あなたは私と話すとき、ずっと言葉を選んでいる。姫から、もっと直接的な何かを聞いているんじゃないですか?」

 ウィルヘルムが追い打ちをかける。


 ブランカは咄嗟(とっさ)に迷った顔をした。


 ウィルヘルムはそれを見逃さなかった。

「ほら、聞いているのでしょう。もう言ってしまってくれませんか。あなたが本音では『あんな女』と言うほどの──」


 ブランカは項垂(うなだ)れた。それから躊躇(ためら)いがちに、

「では申し上げます。……エステル姫は、ウィルヘルム様がご自分に相応(ふさわ)しくないとお思いなのだそうです」

と小さな声で言った。


相応(ふさわ)しくない?」

 ウィルヘルムは驚いた。

 確かに、爵位も持たぬ一介の騎士だが、王様の約束の手前、まさかそこまで言われているとは思っていなかった。


「ブランカ様、けっこう、直球で聞いていたんですね」

 ウィルヘルムは(あき)れた。


 ブランカが申し訳なさそうに縮こまっているので、ウィルヘルムは逆にブランカが気の毒になった。

 そこまで聞いてたブランカの前で、ウィルヘルムはずっと一生懸命エステル姫をフォローし続けていたのだから。それは気を(つか)うに違いなかった。


「巻き込んで申し訳なかったです、ブランカ様。これは、ちゃんと自分で解決しますので」

 ウィルヘルムは優しい声でブランカに言った。


 ブランカは少しほっとしたような顔をした。




ここまでお読みくださりありがとうございます!


騎士の祖父が魔物を打ち殺して埋めたのは、人柱ひとばしら的な何かかと思われます。


次話、騎士ぶちぎれ!(笑)

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