事始
開いてくれてありがとうございます。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
「…まなつ。まなつったら!起きてー!いつまで寝てるのー?」そんな言葉と共に、頭に強烈な一撃が入り、私は飛び起きた。
「いっつ…何すんのよ小春!せっかく気持ちよく寝てたのに…」
「殴ってないよー?チョップだよー?」
「そーゆー問題じゃない!」
寝起きの親友にツッコミをさせる、人使いの荒い親友は放っておいて、あたりを見渡す。夕日の差す教室には私と小春しかいない。時計の短針は6を指している。どうやら、本を読んでいるうちに寝落ちしてしまったらしい。
「あ、今日は椿姫読んでたんだね!私好きなんだー!いつもは捕物帳しか読まないのに、珍しいね?」
小春が私の本を覗き込んで言う。
「まあね。昨日お母さんが急に買ってきてさー、そういやまだ読んでないなー、って思って、読んだの。」
「読んだの、ってことはもう読みおわったの!?じゃあ語ろうぜー?」
「小春にしてはいい提案だな、乗った!」
「ちょっとー、私にしてはってどーゆーことー?」
「まあそれはそれとして、椿姫がすっごく面白かった!」
「本当!?だよねだよねー!」
これ以上ないほど露骨な誤魔化し方をしたと言うのに、小春はあっさり話を変える。しょうがない。小春は私に負けず劣らず本の虫なのだ。まあ、私は時代物やミステリーが好きで、小春はファンタジーや恋愛ものが好き。好みは全く違うが、それでも私たちはよく本について語り合う。
今日もいつものように椿姫の感想を話しながら帰路についていた。でも、交差点に向かう道で、小春はぴたりと足を止め、黙り込んだ。
「…小春?」
不意に小春は走り出した。今にも赤信号になりそうな交差点に向かって、一心不乱に。
そして、交差点の真ん中で、また唐突に立ち止まった。動かない彼女に向かって車が近付く―
「小春ーー!!」
私は矢も盾もたまらず、交差点に飛び出した。そして、小春を突き飛ばそうとしたところで―
ドンっという衝撃が体に来て、私は道路に投げ出された。体が動かない。頭が働かない。にわかに騒がしくなったあたりを気にも留めず、私は霞んできた視界でかろうじて倒れ伏し、血を流す小春を見つけた。ああ、救えなかった―そんな絶望も、何もかも、少しずつ、分からなくなっていった―
目が覚めると、目の前には美しい女性がいて、真っ白な空間が広がっていた。ここはどこだ?この人は誰だ?混乱する思考を整理して、ああ、ここは死後の世界で、目の前の人は女神のような存在なのだろうなと察した。そして……そして、私はあの時、車に轢かれて―
「その顔を見ると―全てを察したのですね。本当に聡い方ですね、村田まなつさん。私は女神リア。あなたの―」
「そんなことはいいから!小春は大丈夫なの?」
小春の事が心配で仕方ない私は、女神に詰め寄った。
「残念ながら―」と女神は顔を曇らせた。
…ああ、やっぱり。そう思っても、小春が死んでしまった絶望は拭いきれなかった。
ショックで脱力している私を少し待ってから、女神は重たげな口調で語り出した。
「私は、あなた方に謝らなくてはいけない事があります。」
「…何ですか?」
「あなたと坂口小春さんが死んでしまった責任は私にあるのです。」
「…え?」
あまりに予想外の言葉で、開いた口が塞がらない。
苦しげな表情で彼女は続ける。
「私、洗脳を掛ける相手を間違えてしまって…慌てて洗脳を解いたものの、時すでに遅く…あなた方が犠牲になってしまったのです。」
「そんな…じゃあ、私たちは、今日死ぬはずじゃなかったって事…?」
「はい。これも全て、私の注意不足のせいです。あなた方の未来を奪ってしまったのは私です。本当に、申し訳ありません…」
私には、怒る資格があると思った。でも、怒った所でただ虚しいだけ、悲しいだけだとも思った。だから、なにも言えなかった。
「こんな事で償いになるとは思っていませんが、あなた方には、記憶を持ったままの輪廻転生をできるようにしました。もちろん、持たないままの転生でも大丈夫です。」
私は、小春の事を忘れたくない。大切な人達のことも、忘れたくない。だったら、答えは一つだ。
「記憶を持ったまま転生したいです。」
「…分かりました。小春さんも同じ選択をしていましたよ。」
「でも、一つお願いがあります。最後に、小春に会わせて。」
「それくらいなら、喜んで。」
女神が指を鳴らすと、どこからともなく小春が現れた。
「小春!」「まなつ!」
2人の互いを呼ぶ声が重なった。やっぱり、親友だ。
「―最後に会えてよかった。まなつに言いたいことがあったから。」
「…何?」
「…あのね、私まなつのこと好き。」
「―それは…どういう意味で?」
「…恋的な意味で。」
「…そっか。まだ、私はそれに答えられないや。」
「…そう。」
それだけ言うと、小春は女神の方へ行った。
しばらくすると、美しい椿を持った小春がこっちに戻ってきた。
「枯れない椿を、魔法で女神様に作ってもらったの。」
それをどうするのだろう。
『この椿を差し上げるわ。花が枯れたら返して。』
ああ、そういうことか。ロマンチストなんだから。
「枯れないんじゃないの?」
「いーの。」
椿姫様がそう言ったのなら、やることは一つだ。
『では、明日―は無理でも、いつか絶対にお返ししましょう!』
『僕は何で幸せ者なんだ!』
目頭が熱い気がしたが、気のせいだろう。
2人でいれば、辛いことなんて何もなかったから。
「この花が目印だよ。小春もちゃんと覚えててよね。」
「もちろん。」
「女神様、私たち、同じ所に転生できる?」
「転生先はあまり操作できないのですが、せめて同じ時代の、同じ国には送れるよう計らいます。それくらいさせて下さい。」
「ありがとう。」
「では、そろそろ送り出しますよ。」
「はい。…またね、小春。」
「またね、まなつ。」
顔を見合わせて、笑い合った。小春は泣き笑いをしていた。きっと、私も。
眩しい光に包まれて、何も見えない。そして、意識も、少しづつ途切れていった―
「お夏、お夏!もう七ツよ!起きなさい!」
チョップのない目覚めの、なんと優しいことよ。
「大丈夫かい?あんた、泣いてるよ。」
「大丈夫。おはよう、おっかさん。」
「外に出てるからね!」
そう言い残しておっかさんは出ていった。まだ頭がぼんやりする。
久しぶりに、まなつだった頃の夢を見た。
あれから14年。小春は今、どこにいるだろう。元気にしているだろうか。お夏がまなつの歳を追い越し、まなつだった日々は遠くなってしまったけれど、小春にもう会いたい気持ちはずっと変わらない。だから、私はその気持ちを証明するために、かんざしにした椿をいつも挿している。
いつか小春に会える日を夢見て、私まなつ改めお夏14歳は、必死に日々を生きて参ります!
最後まで読んで下さりありがとうございます!
処女作です…拙い文章ですが、温かい目で見守っていて下さると嬉しいです。
今回はプロローグですが、次回からはちゃんと時代物になるはずです。色々調べて書けるのが楽しみです!
最後に、コメント・いいねをいただいたら嬉しすぎて死ねます。ありがとうございました!
追記 百合って神ですよね。2人とも女子にしたのは趣味です。