アカ、大好きだよ
子どもの頃に自分の両親や祖母から伝え聞いた戦争の話を元に、太平洋戦争(第二次世界大戦)のお話を書いて行きます。
既に祖母も両親も他界し、私の記憶も完全ではありません。
でも、ここで残さないと私が記憶や命を失えば、両親や祖母の戦争の経験談も失われていきます。少しでも残していきたいという思いで書いていきます。
拙い文章ですが、80年前の日本で、2024年のウクライナと同じことが起きていたということを書き留めておこうと思います。
「おにいちゃん。。」
「どうした愛子」
「あそこに犬がいるよ」
「犬?」
まだ戦争が始まる前、おにいちゃんとお使いに行った帰りに、近所の原っぱに箱に入れて捨てられていた犬。ちょっと赤みがかかった毛の子でした。
「おにいちゃん、あたし飼いたい」
「かあちゃんと、おとうちゃんに怒られるよ」
「やだ、かわいそうだよ」
おにいちゃんと一緒に箱を持って、連れて帰りました。
「そんな汚い犬、元の場所に置いてきな」
やっぱり、かあちゃんに怒られました。
「やだよ、かわいそうだよ」
「かあちゃん、愛子、飼いたいんだって。僕も一緒に育てるから」
「うーん。。散歩とかご飯とかは二人でやるんだよ。かあちゃんは絶対やらないからね」
おとうちゃんにも怒られるかなと思ったけど、かあちゃんが許してくれたら、おとうちゃんは何も言いませんでした。
「名前なんにする?愛子」
「赤い子だからアカかなあ」
「普通だね」
「いいじゃない、ね、アカ」
たらいで、アカを洗ってあげると、赤みがかった毛がきれいになりました。
それから、学校から帰ると、毎日、にいちゃんと一緒にアカと散歩に行きました。
お友達と遊ぶ時も、アカは付いてきて、みんなに可愛がられていました。
アカは最初、やせっぽっちだったけど、どんどんおっきくなっていきました。
戦争が始まっても、しばらくは普通に学校に行って、普通にお友達と遊んでいました。
「ただいま、表の通り、建物疎開だってよ」
「やだねえ。この辺も危ないのかねえ」
「かあちゃん、建物疎開ってなに?」
「空襲があったら、みんな燃えちまうから、通りうち(表通り)は家を壊すんだよ」
「ふーん」
それからそんなに日にちが経たないうちに、少しずつ空襲警報が鳴るようになりました。
「愛子、にいちゃんと一緒にアカを遠くに置きにいくよ」
「やだよお。ずっとアカと一緒にいたいよ」
「愛子、うちもいつ焼けるかわかんないよ。それにアカを連れて一緒には逃げられない」
「やだやだ」
いくら頼んでも、かあちゃんは許してくれませんでした。
諦めた私は、かあちゃんとにいちゃんと一緒に、たくさん歩いて、隅田川の向こっかわのおっきい原っぱにアカを置いてきました。
いっぱい泣いたけど、振り返ると、もうアカはいませんでした。
泣きながら、市電でかあちゃんとにいちゃんと一緒に家に帰ると、家の前でアカが待っていました。私たちよりも先に、アカは家に帰っていたんです。
「アカあ~」
「かあちゃん・・」
「しょうが無いね、帰ってきちゃうんだから」
だんだん空襲警報がたくさん鳴るようになって、お友達もみんな疎開しちゃったけど、うちは誰も疎開しないで東京で暮らしていました。
おとうちゃんがもう兵隊に取られる歳じゃなかったからかもしれません。
空襲警報が鳴ると、近所の人たちは防空壕に逃げるけど、うちはアカがいるから防空壕に入れません。
でも、アカがいなかったとしても、きっと防空壕には入らなかったと思います。
おとうちゃんはいつも
「防空壕は入っちゃだめだ。あんなの入ったら焼け死ぬ」
と言っていました。
何回か空襲警報が鳴るたびに、にいちゃんがアカを連れて、一緒に逃げてくれました。
でも、おとうちゃんとかあちゃんが「今度、焼夷弾が落ちてきたら、アカは連れていかれるか分からないよ」と言いました。
そのときは、すぐにやってきました。
数日後の夜、いつものように空襲警報が鳴りました。でも、その日は今までと違いました。
ひゅーっと音がすると、通りの向こうの方が赤くなりました。近くに焼夷弾が落ちたのです。
おとうちゃんとかあちゃんは、アカの縄を急いで外すと、
「アカ、ちゃんと逃げるんだよ」
そう言いながら、アカが逃げられるようにしました。
「アカは?アカは?」
「愛子、アカはちゃんと逃げるから大丈夫だよ」
そう言うと、アカを置いて、みんなで急いで逃げました。
夜が明けると、空襲で起きた火事も治まっていて、家の方に帰りましたが、もう家は無くなっていました。
消防団が来てくれたみたいだけど、近所のお友達の家もみんな焼けていて、うちの近所は一面、真っ黒でした。
最初、うちがどこにあったか分からなかったけど、すぐに場所が分かりました。
私たちよりも先に、アカが戻ってきていたからです。アカは足に少しだけ火傷をしていました。
「アカあ」
「あんた、よく戻ってきたね」
うちは焼けてしまったけど、家族もアカもみんな元気でした。
それからおとうちゃんの知り合いの人が、学校の少し北側に焼け残っていた場所の家を貸してくれて、そこに引っ越ししました。
せっかく引っ越しが出来たけど、あんまり暮らさないうちに、そこにも焼夷弾が落ちてきました。
そのときも、おとうちゃんがアカの縄を切って逃がしてくれました。
うちが焼けた時よりも、焼夷弾がいっぱい落ちてきて、かあちゃんが防空頭巾に途中の防火用水の水をいっぱいかけてくれました。
逃げる途中、知り合いの一人暮らしのおじいちゃんの家が半分くらい焼けていて、中でおじいちゃんがあぐらをかいて座っていました。座禅をしているようでした。
「おじいちゃん、逃げよ・・」とにいちゃんが言いかけましたが、おじいちゃんは胸から上が焼けて、もう骨みたいになっていて、無理でした。
一生懸命に走って、たくさん逃げて、やっと焼夷弾が落ちていないところまで逃げられました。
次の日、お昼くらいに引っ越した家があったところに戻ったけど、もうアカは戻ってきていませんでした。
おとうちゃんが元の家も見に行ってくれたけど、やっぱりアカはいませんでした。
アカ、逃げられたかな。元気にしてるといいな。
2年ぶりに見直して少しだけ、加筆、修正しました。