魔女を嫌いな国
ところで、ルネッタが生まれ落ちた国は魔法使いの国という国である。
魔法が使えるのはテメェらしかいねぇって自惚れた国名だよなぁと笑ったのはヴァイスで、プライドの高さを世界中に示して見せる羞恥心の無さが微笑ましいですね、と笑ったのはジェイコスだ。
どっちもなんか、こう、目に見えない黒いもんが見えそうなちょっとおっかない笑みだった。まあ、それもしょうがない。陛下と宰相様の仰るとおり、魔法使いの国マジックランドじゃあ魔法を使えない人間に人権はないらしいので。ひどい話だ。
ああ、「らしい」ってのはルネッタは国のことをよく知らんからだ。
自分の国なのにね。
でもそれもしょうがないのだ。ルネッタは魔法が好きだが魔法を使えない人だって好きだし、そも魔法使いではなく、魔女なので。
「魔女の魔法っておもしろいよね」
ヴァイスが統べるオブドラエルの城から転移を成功させた魔法陣を眺めながら、トゥレラージュがキラキラと笑った。
「お兄ちゃんは魔法が使えるんですか?」
「魔導士、と名乗れるほどじゃないけどね」
「? 魔法が使えれば魔導士でしょう?」
「ぬはは、お兄ちゃんルネッタのそういうとこ大好きよ」
そういうとこ、がどこかなのルネッタはわからんかったが、よしよしと頭をなでてくれる手が心地よかったので、ルネッタは頷いた。
「私もお兄ちゃん、好きですよ」
「やー! 可愛い! 私の妹可愛い!!!!」
お、重っ! ぎゅうと抱きついてくる身体の圧力にルネッタは驚いた。なんか熱いし硬い! 抱擁とはケーキのようにふわふわで甘くて良い匂いがするものではなかったのか。侍女のアーリアとルイラと違う。全然違う。熱いし硬い。
あ、いやトゥレラージュも良い匂いがするけど。軽やかに舞う小さな花びらみたいな香りは、トゥレラージュによく似合っている。んでも硬いんだもん。二の腕とか背中とか、未知なる感触。
ヴァイスはルネッタを抱き上げることはあっても抱きしめることはないので、ルネッタは「これが性別の差異ですか」と静かに感動した。人体の不思議。これからは人の身体にも、もうちょっと興味を持ってみようかなと思うくらいには衝撃であった。いやはや、本当に世の中はルネッタの知らぬことばかりである。
「実際のところ、魔女とか魔導士とか魔法使いとか、何が違うの?」
トゥレラージュは「魔女の術式はユニークよねぇ」と笑う。頭に顎を乗っけながら喋られると声が響いて楽しいことを知ったルネッタは、頭の上の重みをそのままに「大きな差はありませんよ」と答えた。
「国が違うと法律が違うのでしょう? へーかが言ってました」
「そだね」
頷くトゥレラージュにルネッタも頷く。
「同じです。国が違えば、魔法を使うルールも手段も解釈も違う。その分だけ、呼び名があるだけです」
言葉を切ると、頭の上でトゥレラージュが「うん?」と不思議そうに声を上げた。
「というのもまた私の解釈で、私に魔法を教えてくれた魔女たちの解釈にすぎませんが」
「私が聞きたいのはまさしくルネッタの解釈だから続けて」
うふふ、と可愛く笑う声に「そうですか」とルネッタは力強く頷いた。魔法のことなら、ルネッタはいくらでも喋れるのだ。任せていただきたい。
「魔女はルールに縛られません」
へえ? とトゥレラージュはルネッタを覗き込んできた。好奇心に輝く橙色の瞳に誘われ、弾むように言葉が飛び出していく。
「魔女は魔女に世界との距離を教わります。世界を理が構築することを理解し、自然の一部になれることを喜びとしているのが魔女で、魔女から魔法を学べば魔女です。そこにルールはありません。……魔法使いは、どうでしょう。この国に限った話で言えば、彼らにとって魔法は『完全を追及するもの』でしょうか? 世界への最短距離を探すからこその発展というか……だから魔女の自由さは好まれていません。そもそも魔女は、魔力ではなくもっと根幹にある『魔導力』を視ることが基本です。この世の全てに魔導力があると仮定し、イメージ力が魔法を左右すると考えれば、」
ルネッタの口からは、とめどなく言葉が駆け出していった。
うんうんと頷くトゥレラージュの声が楽しそうに質問をしてくれたりするもんだから、ルネッタはどんどん楽しくなる。魔法を紡ぐように、言葉が、思考が止まらない。言葉を重ねるほどに自分の理解も深くなるのが楽しい。のだけれど。
「つまりこの国では、無限を是とするのが魔女で、世間を知った気になっているのがこの国の魔法使いなのかな」
あれ?
気づくとトゥレラージュの笑顔からなんか黒い影が出ていた。あれれ? ヴァイスとジェイコスと似た空気だ。なんかやっちまったかしらと瞬きするルネッタに、トゥレラージュは「なあに」と歌うように言った。
何って。なんだろ。うまく言葉にできぬもどかしさはあるが、うーむ、なんでだろなあ。言葉にせぬ方が良い気がしたので、ルネッタは首を振った。ふるふる。
ルネッタに怒っているわけじゃなさそうだし。まあ良かろ。うん。
「ルネッタ」
「はい」
ふいに名を呼ばれ、ルネッタはヴァイスに駆け寄る。
城の建設を任せている部下と難しい話をしていたヴァイスは、「どう思う」と図面を指した。
「どう、とは?」
「何か要望があれば聞くが」
「ようぼう……」
ルネッタは、これが城の設計図なのだろうということしかわからない図面から視線を上げる。
蒼穹を背景に、トンカントンカンと金槌を振る人や魔法を使う人、そして真っ黒の城が建設されていく景色が見える。
そう、黒だ。まっっっくろのお城。
どんな趣味の持ち主だっつーくらい、まあそりゃあもう黒い黒い。
ルネッタは黒い服を着るのが好きなのでべつに良んだけど、世間一般から見れば異端だろう。妖しい魔術とか降霊術をやっていそうなんだもの。いや待てそれはそれで楽しそうだな? どんなまじないだろうかとルネッタはわくわくする。混ざりたい。
「……お前、今何考えてる」
「はっ」
全然違う事を考えていたことがバレているらしい。
じとりと見下ろしてくる目に焦ったルネッタはとりあえず首を振っておく。
「なにも」
「何もじゃ困んだよ」
「あう」
それはそうである。
聞かれたことに答えねばならんのに、なんにも考えていないじゃ無視してんのと同じだ。ヴァイスは「興味ねぇんだな?」と仕方がないように笑った。良かった怒ってない。
「……ルナティエッタ様、やはり女王の部屋はもっと小さくしましょうか」
図面を持った男が、心配そうに問うのでルネッタは首を振った。
「興味ないです」
「なら良かったです。では、このまま進めますね。いやあ、この城の連中がそれはもう嫌そうにするんで気持ち良くって! クセになりそうです!!」
大きな声で笑う男は、ルネッタと目が合うとばっちんと片目を瞑った。フェルがたまにやる、あれだ。ウィンクってやつ。
真似してみようかなってルネッタも目を瞑ってみる。あれ。ぎゅって真っ暗になったな。
「変な性癖に目覚めてんじゃねぇよ。責任とんねぇからな」
「やだなー。そんなんじゃないですって。だって、この城の奴ら、ルナティエッタ様にひどいことしてたらしいじゃないですか。そんで、前・の城壁は真っ白だっんでしょ? いやあ、さすが陛下! クソ意地が悪い! 爽快です!!」
わははは、と豪快に笑う声が大きくて、ルネッタの耳がキーンとする。
声がでけぇ、とヴァイスは遠慮なく耳をふさぎ、それを見た男はますます笑った。
「真っ白なお城?」
ルネッタの隣に並んだトゥレラージュの呟きに、ヴァイスは「ああ」と頷く。
「ルネッタが破壊したがな」
「全部綺麗に消してやりました」
えっへんと胸を張るルネッタに、トゥレラージュが「わあお」と笑った。
「なにそれおもしろい」
「? お父様に聞いていないのですか」
「簡単な事情は聞いたけど……妹の過去を人づてに聞くのもねえ」
「事情?」
「うん。ルネッタは魔法使いの国マジックランドの第二王女だった子で、陛下が和平の証として婚約を結んだんだけど、喧嘩を売られたからルネッタをうちの子にしたって。魔法使いの国マジックランドに王女が二人いるなんて話は聞いたことがなかったから、陛下と父上がキレるような事があったんだろうなと」
「なるほど」
ルネッタはふむと頷く。間違ってはいないし、詳しいことをわざわざ説明する必要も感じないルネッタであったが、城を破壊した経緯は話した方が良いのだろうか。でも、どこから何を話せば良いのやら。
どうしたもんかと、ルネッタはヴァイスを見上げる。目があったヴァイスは、片方の眉を上げた。
「監視用の魔法石の回収でもしてこい」
和平を結んでおきながら、「喧嘩を売った」この国が再び良からぬことを企まぬよう、ルネッタは監視用の魔法石をこの国に置いている。そのへんを飛んでいる魔法石は、ルネッタが呼べばひゅんと飛んでくるので、わざわざ迎えに行く必要はない。んだけど。そういうこっちゃないのだな。
「はい」
ルネッタは大人しく頷くと、トゥレラージュを振り返った。
「行きましょう」
「あの」
わーいと笑う兄の手を引くと、シャオユンがルネッタを呼び止める。見上げると、シャオユンは躊躇うように口を開いた。
「俺も、お供しても良いでしょうか」
「え」
びっくりしたルネッタは目を見開いた。
それってつまり、シャオユンもルネッタの話を聞きたいってことだろうか。それとも、ただ魔法石が気になるんだろうか。うむ。シャオユンは研究熱心だから、それも有り得る。というか、そっちの方がしっくりくるな。そういえば、ルネッタが魔法石を放つのを見た魔導士たちも興味深そうにしていた。
「わかりました」
ルネッタが頷くと、シャオユンは「有難うございます」と微笑んだ。そんなに嬉しいのか、とルネッタはちょっと嬉しくなる。これはぜひとも魔法石を見てもらわねば。シャオユンなら、ルネッタのつくった魔法石を見ておもしろい魔法を思いつくかもしれないしな。そう思うとウキウキしてくる。
「へーか、行ってきます」
ふんすと見上げるルネッタに、ヴァイスは「おう」と小さく笑った。
「そのへんのに絡まれたらぶん殴れよ。俺が許す」
「はい」
「いや駄目でしょ」
駄目か。トゥレラージュは「手を痛めるでしょう。魔法にしましょう」と真面目な顔でヴァイスに言うので、まあ反撃するなということではないんだろう。ならいっか、とルネッタは自分の魔力を探す。
目的の魔法石に込めた魔力はすぐに見つかった。
さて行くかとルネッタが歩きだすと、トゥレラージュとシャオユンもすぐに隣に並んだ。
「シャオユン」
その背を呼び止めたヴァイスは、なんとも言えない顔でこちらを見ている。
「森には行かせるなよ」
「……承知いたしました」
森?
なんだろうとルネッタが疑問を舌に乗せる間もなく、ヴァイスはどこかへ行ってしまう。
大きく逞しい背中。
──その背中がルネッタに隠し事をしているだなんて、ルネッタは思いもしなかったのである。
投稿します詐欺、大変失礼いたしました…!
誤ってデータを消してしまい、復元が追いつかないまま平日が始まってしまいました……。
書き直した方が良い仕上がりになった、とポジティブに思うことで平静を保っています。