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まだ名前を知らない

「そろそろ護衛をつけないか」


 ルネッタの朝と夜の食事は、ヴァイスに特別な予定がない限りは毎日一緒だ。

 互いのスケジュールを確認したり、一日の出来事とか、今後の事とか、どうでもいい事とか、いろんな事を話す。

 なんとなく、そういうルーティンができあがっていて、だから朝食の席で突然そう言われても、ルネッタは特に驚かず首を傾げた。


「護衛」


 ああ、と頷いたヴァイスは食後のコーヒーを飲む。

 ちなみにルネッタはまだ食事中である。食べるのが遅いルネッタを、ヴァイスはいつもこうして待ってくれるのだ。怖そうな顔に反して、優しい王様なんである。


「お前もそろそろ、人といる事に慣れてきただろ。城の中もよくうろうろしてるみてぇだし、最近は街に降りる事もあるだろ?」

「私、戦えますよ?」


 ルネッタには、とあるお城を綺麗に整地して差し上げた実績がある。「王の婚約者」という肩書によってくる虫けらを捕らえるくらい、なんでもない。虫取り網と籠を持って街を走るちびっこにも負けない腕を見せてやるってもんだ。まっかせろい。

 だが、ヴァイスは元からある眉間の皺に、さらに皺を追加した。


「戦うな。身分ある立場の人間は、最前線に出るもんじゃねーんだよ」

「…………」


 どっの口が言うてんだかなあ。

 ヴァイスが、旅だろうが戦だろうが、愛馬で先頭を駆ける王様だってことを、ルネッタはちゃあんと知っているんだぞ。じっとしていらんないし、誰かに大人しく守られるとかもっとできない。

 そんな人が、まあ偉そうに。なんつった?


 じと、とルネッタが見詰めると、ヴァイスは「なんだよ」と瞬きした。

 この「なんだよ」は、ルネッタの態度に怒る「なんだよ」じゃなくって、不思議そうな「なんだよ」だ。

 え、つまり。うそ、無自覚? まじで?


「……へーかに言われたくないです」

「どういう意味だ」


 そのまんまの意味なんだが、ちっともわかっちゃおらんヴァイスは「で」とカップをソーサーに戻した。


「どうだ。街に降りるときだって、必ず護衛を付けさせているだろう。お前の腕を疑うわけじゃないが、何かあった時、戦闘に慣れた者がいるのといないのでは全く違う。お前、相手が誰で何人いたとしても、侍女も自分も無傷で帰って来られる自信が本当にあんのか」


 そう言われると、そりゃあ、勿論、頷けない。

 侍女だけじゃなくて「自分も」と、言うあたり、ヴァイスはルネッタのことをよーくわかっている。「多少無理をすれば」なんて返答をすればお説教開始だって、さすがのルネッタにだって理解できたのだから。


「……護衛は、何人ですか?」

「まずは一人で良い」


 いきなり、四六時中何人も毎日そばにいられちゃ、ルネッタは緊張でぶっ倒れるだろうな。なんてこた勿論、ヴァイスにはお見通しであった。

 その事にほっとしたルネッタは、「わかりました」と素直に頷いた。


「護衛、お願いします」

「おう。近いうちに場を設けよう。こっちでリストアップはしてるから、お前が選ぶといい」

「…………」


 選ぶ。ルネッタが。人を。え、荷が重い。何を基準にどう選びゃいんだ。

 思わず黙ると、ヴァイスはなんでもないように笑った。


「気が合いそうなの選べばいんだよ」


 だからそれが難しいんでしょうよ。






 困ったなあ、とルネッタは薬草園までの道のりを歩きながら、小さくため息をついた。

 ヴァイスの言う事は、いつだって難解である。

 この城に来てからというものの、魔法よりずっと難しい事を考えてばかりで、ルネッタは自分の頭はいつかぱーんと弾け飛んじまうんじゃねえかしらと不安なんだが、今日もルネッタの頭は変わらずここにある。なんだ、結構頑丈だな。



「ちっさ……! え、ちゃんと食べてる?!」


 下を向いて歩いていたルネッタは、その声に顔を上げた。

 口をあんぐり開けて失礼な事を言いくさりやがったのは、初めて見る男だった。


 ルネッタを高いところから見下ろす身長、無造作に撫でつけた銀色の髪に、果実みたいな橙色の瞳、耳にいっぱいくっついた魔法石のピアス。それから、首元までしっかりボタンを留めた軍服。

 見慣れた制服でなければ、そして隣で侍女が「トゥレラージュ様、」と小さな声を漏らしていなければ、低級魔法をぶっぱなしていたかもしれない。


 いや、いやいや。

 ルネッタは、兵士の制服を着て他国の城で潜入捜査をする王様を知っている。

 驚いたような侍女が呟いたそれが、必ずしも味方の名というわけではないのでは、とルネッタは一歩下がった。

 一に警戒、二に警戒。三、四が無くて五に警戒。とにかく初対面は疑ってかかれ、と婚約者たる某王様に教え込まれている賢き魔女ルネッタは、もう一歩後ずさりをした。

 のだけれど、とん、とアーリアが肩に手を置いた。


「大丈夫ですルナティエッタ様。こちらのお方は、トゥレラージュ・ロベリオン様。ロベリオン宰相様のご子息ですわ」


 なんと。

 ルネッタは、瞬きした。


「初めまして、お兄ちゃんだよ!」


 にぱ! と広がる笑みに、まだ言葉を多く知らないルネッタはなんとも言えない気持ちになったが、まあ、ルネッタをよく知る「某王様」が、ルネッタの無表情を見て通訳したなら、言っただろうね。


『チェンジで』





 ルネッタが知るジェイコス・ロベリオンというこの国の宰相は、黒髪と眼鏡、優しい微笑みに乗せる毒が印象的な、理路整然とした理知的な男だ。

 そんなジェイコスには、息子が二人いるという。ので、ルネッタは、勝手にジェイコスに似た、黒髪で眼鏡で真面目そうな風貌の男を想像していた。んだけど。

 とーころがどっこい。


 ジェイコスの息子だというこの男は、なんていうか、こう、


「トゥレラージュ様、相変わらず軽薄そうでいらっしゃいますね……。あんまりルネッタ様のお側によらないでいただけますか?」

「あれ? 私ってこの国でそれなりの家格の息子のような」

「はい、そのうえで、わたくしの首をかけて申し上げております」

「すごい覚悟だった!」


 そう、軽薄。それ。

 軽くて薄い。ぺらりと風に飛んで行ってしまって、どこにも正体を残さないような、そんな雰囲気なのよな。

 ルネッタがまじまじと眺める前で、にゃあ! と、よくわからない悲鳴をあげた男は、ぱっちん、と瞬きをした。

 そんで、やんわりと目を細める。


「アーリア嬢の言う通り、不快ならどっか行きますよ」


 あ、とルネッタは瞬いた。

 目尻を下げて、胸がくすぐったくなるように、やさーしく笑うその顔に、見覚えがあったのだ。


「ジェイコス……お父様にそっくりですね」


 そう。それは、ルネッタのまとまりのない、おぼつかない話に、丁寧に相槌を打ってくれるジェイコスと、とても似たやさしい笑顔だったのだ。安心できて、胸にじんわりと灯りがつくような。そういう、ほんわりとした笑み。

 だから思わずルネッタがそう言うと、


「うっうえい」


 トゥレラージュは、心底嫌そうな顔をした。






「ルナティエッタ様はね、父の事を誤解しておられるのですよ」


 はあ、となんだか芝居じみた溜息をついたトゥレラージュに、ルネッタは首を傾げた。


「誤解」

「ええ、誤解です。父の娘になるなど、考え直した方が良い!」


 今なんて?

 ルネッタはずがーん、と雷が落ちるほど驚いたし衝撃を受けた。のだけれど、多分、顔には出ていないし人には伝わっていないだろう、とアーリアが淹れてくれたお茶に手を伸ばした。


 場所は庭園の四阿。

 国王の趣味に合わせて、派手ではないが、そっと色づく美しい花々に囲まれた庭園で、ルネッタはトゥレラージュなる男と向き合っている。

 書類上は、まもなく義兄となる男である。


「……ルナティエッタ様……」


 こく、とルネッタが紅茶を飲むと、トゥレラージュは眉を下げた。

 なんか、こう、可哀そうなものを見る目つきだ。え、ルネッタが可哀そうなものってこと?

 とんと心当たりのないルネッタは、首を傾げた。


「お可哀そうに……父の本性をご存知ないのですね」


 本性。

 本性……。

 ルネッタは、更に首を傾げた。


「お父様は、とても優しいです」

「その認識がおかしい!!」


 わあん! とこれまた芝居がかった()き声を上げるトゥレラージュを、ルネッタはぱちくりと見下ろした。無論、身長はトゥレラージュの方が高いのだけれど、ティーテーブルの上で泣き伏せるので、その綺麗な旋毛が丸見えなのである。


「あのどクソ親父は、陰険で嫌味で頑固で変人なのです!! 私が留学をしたいと言ったら、希望した国と真反対の船を笑顔で手配をするような鬼畜なんですよ?!」


 なんだその嫌がらせ。

 意図はわからんが、なんかやりそうだな、と思ったのでルネッタは頷いた。


「留学に反対なのか賛成なのかわかりませんね」

「わかっていただけますか」


 おや、と瞬いたトゥレラージュの目には、涙がキラキラしている。本物だろうか、と思いつつ、ルネッタは言葉を重ねた。


「結局、留学はされたのですか」

「もちろん! 父の提示した国に一週間滞在した後、世界中を巡ってやりましたよ!」


 はっはー! と笑うこちらも、なかなかである。

 さっきまでの嘆きっぷりが嘘のように乾いた、というか、ただただ楽しそうに輝く橙の瞳の美しさったら。審美眼なんざ持ち合わせちゃおらんルネッタだって、きれいだなあ、と思っちまう輝きである。


「あの」


 思わず言葉が口をついて出たものの。言っていいものやら、いまいち人の世がわからんルネッタが言い淀むと、トゥレラージュは、にこりと微笑んだ。


「気になることがあれば、なんでも仰ってください。なにせ、私と貴女様は兄妹になるのですから。さあ、どうぞお兄ちゃんとお呼びください」


 兄妹。お兄ちゃん。

 不思議な言葉だ、と少し考えて、ルネッタは口を開いた。


「貴方の考え方? 物の言い方? は、とてもお父様と似ていらっしゃいますね」

「……なるほど、ルナティエッタ様はうちの腐れ親父をよくご存じなのですね……」

「……お父様は腐っていませんが」

「腐ってますよ。性根が」

「……」

 

 ルネッタは、ううむと顎に指を添えた。

 一国の宰相とは。優しいだけで、果たして務まるものなのだろうか。


 この世の理だとか常識だとか、そういうもの一切合切とは遠いところで、ほとんど死んだように生きていたルネッタには、ちっともわからない。

 ルネッタにとって「正解がわからない」っていうのは本当に気持ち悪いんだが、ヴァイスの城で暮らすようになってから、この世には、魔法式のように必ず答えがあるものばかりではないのだな、となんとなく知りつつある。

 これは、そういうものの中に含まれている、とルネッタは思う。

 少なくとも、ジェイコスという宰相は、優しく穏やかで話しやすい人であったけれど、垣間見られる毒からは、それだけじゃないぜ? というほの暗さをルネッタだって感じている。


 そのほの暗さを、トゥレラージュが「腐っている」というなら、トゥレラージュにとってはそうなんだろうな、とルネッタはその綺麗な顔を見上げた。


「でも、やさしいです」

「あら」


 ぱちぱち。橙の眼で瞬きしたトゥレラージュは、くたりと笑った。幼い、この四阿みたいにあったかい笑顔だった。


「ルナティエッタ様は、うちの性悪親父を高く評価してくださっておいでなのですね」

「評価、というか」


 んな御大層なことできるほど、ルネッタは立派な生きモンじゃないし、何様って話。違和感に首を傾げたルネッタに、トゥレラージュは笑みを崩さない。

 待ってくれている。

 ルネッタが言葉を探すのを、静かに待ってくれる、その眼差しはやっぱりジェイコスと似ていて。

 ルネッタは膝の上で重ねた手をなんとなく動かした。

 

 このひとが、おにいさん。


「……お父様と呼んでほしいと言ってもらえて、なんていうか、私、多分、嬉しかったんです。だから、私、ロベリオンの名をいただくことを、許して、ほしいです」


 きゅ、と膝の上の手を握ると、トゥレラージュは目を見開いた。


「許しなど!」


 その大きな声に、どきりとルネッタの肩が跳ねる。

 ほとんど、ただの反射だったが、トゥレラージュは眉を下げ「すみません」と謝罪を口にした。


「……ルナティエッタ様、父が決め、陛下が許し、貴女様がそれを受け入れた以上、私の許しなんかね、いらないんですよ。次期王妃をお迎えできるなど、我が家にはこれ以上ない誉れで、私は可愛い妹ができるなんて、嬉しいに決まってんですから」

「え」


 可愛い。可愛い妹? 誰が?

 他に誰かいるんだろうか、と思わずルネッタがキョロキョロとすると、「ルナティエッタ様?」とトゥレラージュがルネッタを呼ぶ。

 視線を合わせると、眉を下げたトゥレラージュが小さく笑った。


「ルナティエッタ様、誤解をさせてしまい申し訳ありません。私は、ずる賢い父が貴女を手駒にすべく、無理強いしたのではと心配だっただけなんです。貴女が良いと仰るなら、どうか私を兄と呼んでいただけませんか?」



『貴女に家族はいない。どうか、お忘れなさい』


 ふいに、ルネッタの頭の中で声がした。

 しゃがれた声には感情なんざない。けれど、不思議とたっぷりと含まれた悲哀を感じる。


『父だ母だ姉だと、そんなものは、貴女にはない。貴女は、ここで生きて、ここで静かに死ぬのです』


 多分、酷い事を言われている。

 でも。でも、なんでだろうなあ。ルネッタはそれが、懺悔に聞こえたのだ。


『誰がなんと言おうと、貴女はこの国の王女だ。王女らしく、国の為に生きて死ぬのです』


 繰り返しそう言った魔導士は、唯一ルネッタの名を呼ぶものだった。

 ルネッタに魔法を教えてくれた魔女たちと同じように、ルネッタに王女であれと、楔を撃ち続けたひと。


 憎いかって聞かれりゃ、ルネッタは首を振る。

 だって、自分は王女だと、この()()を解かねばならんと、それが確かにルネッタを生かしたのだ。多くの魔女たちがそうであったように。

 だから、ルネッタは、



「ルナティエッタ様?」


 は、とルネッタは正面に座る男に視線を戻した。

 心配そうにこちらを伺う、やさしい、綺麗なふたっつの橙色。 


 すごいなあ、とルネッタは目を細めた。


 なんにも無かった、からっぽの両手に、たくさん、たくさん、やさしさが降り積もっていく。

 きらきらと、きらきらと輝く、綺麗で艶々したあったかいやさしさが、しんしんと、ふわふわと、ごうごうと、ルネッタの両手に降り積もっていく。


 自分の小さな両手じゃ、ぜんぶ抱えられないんじゃないかって。零れ落ちていくんじゃないかって、いっそ、不安になるほどに。


「……私、」

「あ? トゥレラージュか?」


 聞きなれた声に振り返ると、丸めた書類を肩に乗っけたヴァイスがこちらを見ていた。今日も今日とて、一人でふらふら城内を歩き回る王様。護衛つけろつったのは誰だ。

 その、あんまりにいつも通りの姿に、ほう、とルネッタの肩から力が抜けた。


「おや陛下」

「なんだ、お前いつ戻ったんだ」

「昨日です。陛下にご挨拶にまいりました」

「いや、来てねぇだろ」

「おんや~陛下。私の顔がそんなに見たかったと! いや~さすがは私。罪な男ですねえ」

「挨拶はいらねーから、さっさと帰れ」


 すぱん、と丸めた書類でトゥレラージュの頭をはたいたヴァイスは、ルネッタを見下ろした。

 ひょい、と片方の眉を上げると、「ルネッタ」とルネッタの髪を耳にかける。


「……なんか言われたか」

「…………」


 ぎゅう、と心臓が、心の真ん中が、音を立てた。

 なんで?

 わからん。ちっとも、わからん。わからんが、なんでだろう。ぐう、と胸が、苦しい。


「……おにいちゃんて、呼んで、ほしいって」


 だからなんだ。

 わからんが、ルネッタがそう言うと、ヴァイスは「そうか」と頷き、人差し指でルネッタの頬を撫でた。


「変態、さっさと帰れ」

「ひどい!」


 みゃあ! と変な悲鳴を上げたトゥレラージュは、眉を下げてルネッタを見る。なんか、こう、罪悪感が湧く顔だった。


「ルナティエッタ様、私を兄と呼ぶのはお嫌ですか……」

「え、と」


 嫌かって、そりゃ、もちろん、嫌じゃない。

 やさしそうだし、ジェイコスの息子だし。きっと良い人だ。だから、嫌って言うより、なんだ、


「少し、怖い、です」

「?」


 きょとん、とした顔に、ルネッタ思わず自分の両手を見下ろした。

 どんどん、どんどん、増えていく宝物たち。

 いつまで、それはルネッタの手にあるんだろう。

 どうやったら、取りこぼさずにいられるんだろう。


 どうしたら、みんな、ずっとそばにいてくれる?


 答えの見えない問いが、()()()()にいた時よりもずっと、ルネッタは恐ろしいのだ。

 怖い、だなんて。

 今まで生きてきて、感じた事の無かった感情だ。使える魔法は増えたのに、ルネッタは、もっとずっとちっぽけな存在になった気分だった。

 どうしよう。


「ルネッタ」


 あ。

 顔を上げたルネッタは、瞬きした。


 ルネッタを見る、濃紺の瞳。

 眉間にはいつだって皺があって、眉は吊り上がってて、口元はいっつも不機嫌そうで、でも、だけど、やさしい、深い、濃紺の瞳。


 何度瞬きしても、目を閉じても、変わらずに、いる。ここに、ヴァイスがいる。

 ルネッタが怖気づいても、迷っても、ヴァイスは、いつもルネッタと呼んでくれる。

 

 たとえルネッタの小さな手が取りこぼすものがあったとしても、ヴァイスなら、それを拾ってくれる。そんなんで足りるわけねーだろ、って。馬鹿だろって。大きな箱を用意してくれる。


 そうだ、そうだよ。なんで、手じゃなきゃ駄目なんだ。

 自分の手が小さいなんて、当たり前なんだ。ルネッタはちっこくて、足りないものばっかりの、ちっぽけな生きモンだ。


 そんな当たり前の事を恐れるくらいなら、でっかい箱を用意すればいい。

 ヴァイスならきっと、手伝ってくれる。


「へーか」

「ん」


 ルネッタの迷いを見透かすような、優しい声。

 短気の癖に、いつでもルネッタを待ってくれる、優しい王様は、静かにルネッタを見下ろしている。


「もし、私が大きな箱が欲しいって言ったら、どうしますか」

「なんだそれ」


 ヴァイスは、眉間の皺を深くして、こともなげに言った。


「具体的なサイズを言えよ。職人呼びゃ足りんのか」


 職人を呼ぶですって!

 一体、どれだけでっかい箱を用意しようとしてんだろうなあ。

 惜しむことなく、疑う事無く、全てをルネッタに与えてくれる王様に、ルネッタの心がそわそわと浮足立った。

 足が生えて、ステップ踏んで、ルネッタを置いて心だけ走り出してどっかに行っちまいそうな、これを、なんて言うんだろう。


 ルネッタは、ぎゅ、と両手を握り締めて、トゥレラージュに向き直った。




「ルネッタ、って呼んでくれますか。お兄ちゃん」



 あ? と訝し気なヴァイスの声に、なんだか口元がむずがゆくなって、ルネッタは唇を噛んだ。


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