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小話

初めて地下でルネッタと会った後の、ヴァイスとフェルの小話。

本編からカットした部分が出てきたので、もったいない精神で投下させていただきます。








「今日は嵐らしいぞ」


 合流したヴァイスは馬車で身支度を整えると、不機嫌そうに言った。


「こんなに天気が良いのに?」

「魔女の天気予報だ」


 ぐしゃ、と手を髪に突っ込むもんだからフェルは眉を寄せた。ヴァイスに負けずとも劣らぬ皺であろう。

 だって、せっかくフェルが整えたのに!

 自国の魔道士が掛けた魔法が解け、元の真っ黒の髪に戻ったヴァイスのぼっさぼさの髪をいい感じに整えて、上等な服を着せて、と立派な紳士に仕上げたフェルは、中身がそのまんまのヴァイスに口をとがらせる。言ってもどうせ聞かんだろうな。


「どんな方でした?」


 仕方がないので話を向けると、ヴァイスは心底不機嫌そうに言う。


「綺麗だった」


 おや、とフェルは眉を上げる。

 どんな美男美女に言い寄られようと熱っぽ視線を向けられようと、闘牛士かってくらい避けていた男が。他人を「美しい」と表現するとは!

 そういえば第一王女は絵にも描けぬ美姫であったなとフェルはわくわくする。べつにヴァイスが恋を必要としない人間でもフェルは一向に構わない。幸せの形なんて人それぞれだし、跡継ぎは養子でも良かろう。

 が。それとこれとは別だ。

 悪友であり主である男の恋バナ。超おもしろい。

 フェルはなんでもない顔で問う。


「そんなに美人だったんですか?」

「魔法の話だボケ」


 誰がボケだこの野郎。

 思ったがフェルはなんでもない顔を装い続けた。


「綺麗な魔法?」


 ああ、とヴァイスはここで初めて、笑みを浮かべた。

 瞳が好奇心でらんらんとしている。なあんだ。ヴァイスはどこまでいってもヴァイスであった。


「杖も詠唱も使わねぇで魔法を使うし、あっという間に山積みの魔法石をつくれる」

「杖も使わずにですか!」


 魔法石は最初から魔法が込められているわけではない。

 特別な石を技師が削り作り上げた(から)の状態の、水晶玉のような状態のものに魔道士が魔法を込める。のだが、これが難しい。

 魔法を使えるフェルも実践したことがあるが、向いていなかった。

 空っぽの場所に魔法を留めるだけでも難しいし、そこにいつでも効力を発揮できるような「仕掛け」と、暴発しないような「封印」を施さなければならない。

 同時に作業を三つも四つもこなさなくてないけないので、とんでもなく高い魔法スキルが求められる。一つこさえるだけでも「無理だ!」とフェルは叫んだのに、それを山盛り? 冗談じゃない。そんな魔道士、フェルは見たことも聞いたこともない。

 それも、魔法を安定させる杖も詠唱もなしだなんて。


「すごい逸材じゃないですか!」


 欲しい。なんとしても欲しい。

 魔道士不足に悩むオブドラエル国において、喉から手どころか全身出してひっ捕まえたいほどの人材ではないか。


「それに、魔法を使うと黒い髪と瞳が、赤く光るんだ」


 へえ、とフェルは相槌を打とうとして瞬いた。


「それが、美しかった」


 ヴァイスの目には、甘ったるい色はこれっぽっちもない。

 美女やら色恋やらに染まった様子は、ひっとつもない。欠片もない。ヴァイスはヴァイス。それはそう。そうなんだけど。



 眉間に皺もなくぼうっと遠くを見る静かな横顔は、フェルが初めて見る横顔だった。


 



 


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