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あなたはだあれ?

「どうしたんですか? この魔法石」


 声を飛ばしたり映像を飛ばしたりする魔法石は、さほど珍しくはない。

 じゃあどこにでもあるかっていうと、それはまた別の話だけどね。それなりに実力を持った魔導士や魔導技師がいなけりゃつくれないので、手にできる人間は限られているわけだ。

 つまりは、「よほどの実力者か、よほどの資金をもつ組織にとっては」さほど珍しくないという注釈がつく代物。そういうやつ。


 そんな付け加えられた文字の上で過ごしている自覚を持つルネッタであるけれど、顔を見ながら話ができる魔法石を目にするのは初めてであった。


「旅の途中で知り合った商隊がね、使い方がわからないってくれたの」


 ふふ、と笑うソフィの旅は、たまたま出会っただけのルネッタに力を貸してくれた時となんにも変わっていないらしい。困っている人がいれば放っておけず、なんだかんだとトラブルに巻き込まれているんだと。

 意外と心配性なヴァイスが聞けば「お前らなあ」とお説教が始まっちゃいそうだけど、ソフィが危険に晒されることはないとルネッタは知っている。

 だって、ソフィの隣に立つ騎士の強さは常識をお山の向こうに蹴っ飛ばす勢いだし、ソフィは神を従える魔女だ。並大抵のトラブルじゃ危険のほうが逃げっちまう。はい敗退退散。命が惜しくば二度とソフィには近づかんことだ。なあんてね。


 ソフィが出会ったというその商隊も、野盗に襲われていたところを助けたついでに、護衛を兼ねて近くの街まで一緒に旅をしたらしい。


「正確な価値はわたくしにもわからないけれど……きっとすごく高価なものよね?」


 ルネッタは瞬いた。ソフィにわからぬことがルネッタにわかるわけがない。

 ルネッタにわかるのは魔法的な価値だけだ。金銭的な価値などわかるものか。が、珍しいものは高いのだと聞く。ので、まあお高いだろうな。

 こくん、とルネッタが頷くと、ソフィは「そうよね」と頬に手を添えてため息を付いた。


「だから受け取れないって言ったのだけど、使い方がわからない物で商売をするわけにはいかないし、持て余すのも勿体ないからお礼にって言われてしまって」


 困り果てるソフィと、もらっておけとばかりに呑気に笑う騎士と神の姿を容易に想像できて、ルネッタはちょっと笑った。

 すると、ソフィがぱちん、と不思議そうに瞬きをする。丸い瞳が飴玉みたい。


「ソフィ?」

「あ、ううん。なんでもないの」


 首を振ったソフィは「それより」と優しく目を細めた。


「相談って、どうしたの?」

「あ……えっと」


 さて、どう言葉にしたものか。

 なんてったって、自分でもよくわかっていないんだもんなあ。なんて言えばいいんだ。これ。

 むむむ、と眉間に力が入るルネッタに、ソフィは柔らかい声で言った。


「あのね、ルネッタ。わたくし、前に魔法について手紙を出したでしょう?」

「え、と。はい」

「わたくし、お友だちに相談に乗ってもらうのって初めてで、ルネッタにお返事をもらえてとても嬉しかったのよ」


 ルネッタの部屋の引き出しにしまった、一通の手紙。

 大事に大事にしまった、綺麗な封筒便箋に相応しい美しい文字の並びを思い出しながら、ルネッタは頷いた。


「私も、嬉しかったです」


 初めて、友だちに頼ってもらった。初めての友だちの力になれた。嬉しくないわけがない!

 もう一度力強く頷いたルネッタに、ソフィは良かったとソフィは笑った。


「わたくし、お友だちの相談に乗るのも、初めてよ」


 くすくすと、ソフィは楽しそうに笑う。ルネッタのと同じだと優しく語りかけるような、くすぐるような、そんな優しい笑い声だ。

 その声に、ルネッタは身体から力が抜けるのがわかった。自然に肩が下がるので、自分は緊張していたらしいと知る。

 背もたれによりかかり、ふう、とルネッタは息を吐いた。


「私もです」

「一緒ね」


 いつかの夜。静かで穏やかで優しいあの日の夜をソフィは覚えているだろうか。

 二人で飲んだ紅茶の香りが鼻をくするぐっている気がして、ルネッタは目を細めた。


「ルネッタ、今日はどんな一日だったの?」


 蜂蜜たっぷりの紅茶のような声に促され、ルネッタは口を語る。ルネッタの一日は、予定とはまるで違う場所に着地したことを。

 ソフィは、たどたどしいルネッタの言葉に目を大きくしたり、眉を下げたり、表情豊かに相槌を打った。

 時々、ルネッタが探す言葉を見つけてくれたり、拾い上げるように繋げてくれるソフィのおかげで、部屋から出発したルネッタの物語は、どうにかこうにか、この屋敷の部屋で終えることができたのであった。

 朝起きたところから話す必要はなかったんじゃないか、と気づいたのはグラスに口をつけてからだった。話し終えた! という達成感がころんと転げ落ちていくが、ソフィが気にした様子はない。


「大変だったのね」


 大変。うん。大変だった。いっぱい走ったし、びっくりしたし。

 ルネッタが頷くと、ソフィは「お疲れ様です」と柔らかく目を細めた。


「それで……ルネッタは今もやもやしているのだったわね?」


 心のなかにいる「モヤっと」さんが「呼んだ?」と顔を上げるので、ルネッタは頷いた。呼んだっていうか、ルネッタは出ていってほしいんだコイツに。


「でも、もやもやしている理由がわからない?」

「そう」


 名前がわからないので追い出し方がわからない。

 正体不明の不法侵入犯をとっ捕まえてふんじばって、それで、それで?

 ルネッタはこれを放り捨てて良いんだろうか。これは、本当に良くないものなんだろうか。自分のことなのに、なーんにもわかんない。うんざりしてルネッタは眉を寄せる。


「ルネッタ、質問してもいいかしら?」

「あ、はい」


 ソフィの声にはっとしたルネッタが頷くと、ソフィも小さく頷いた。


「テレーゼさんを思いかべると、どう? もやっとする?」


 ルネッタを心配してくれたルイラの声を思い出しながら、ルネッタは首を振った。

 テレーゼにはテレーゼの人生がある。再会できた喜びはあれど、彼女に「もやっと」などとんでもない。


「じゃあ、お兄さんは?」


 ルネッタはふるふると首を振る。


「おにいちゃん、優しいです」

「そうね」


 ふふ、と笑ったソフィは「それじゃあ」と続けた。


「シャオユンさんは?」


 ルネッタの頭の中で、切れ長の瞳が瞬く。

 そういえば、シャオユンは何をどこまで知っていたんだろうな。ルネッタの話に驚いちゃいたが、あの湖のことは知っていた。

 彼は、ルネッタを湖に近づけるなとヴァイスに言われていたのだ。


「ルネッタ」


 は、とソフィの声に気づいたルネッタは慌てて首を振る。

 ソフィは「うーん」と首を傾げた。


「シャオユンさんはあのストーカーがいたっていう湖を知っていたのよね?」

「はい。多分」


 自分が考えていたことを当てられたようで驚くルネッタに、ソフィは「じゃあ」と少し笑ったようだった。


「ヴァイスは?」

「あ」


 途端に、モヤッとさんが立ち上がり大きく手を振る。ああ。ああ。そういう。そういうこと。

 ぶんぶん手を振って心の真ん中まで走り出てきたモヤっとさんに、ルネッタはぎゅうと眉を寄せた。


「あは、はは、ごめんなさいルネッタ! あなた、すっごく可愛い顔をしているわ!」


 すっごく可愛い顔、ってどんなかおだろな。ぜーったい嘘だ。無表情が常である己が、とんでもなくぶっさいくな顔をしているのはそりゃあおもしろいだろうが、ソフィは人様をブサイクだと笑うような人ではない。ならばルネッタは本当に「可愛い顔」をしているとでも? まさか!

 それにしたって、身体を丸めて笑うソフィこそとっても可愛いんだけれど、ルネッタの口から飛び出したのはソフィの方が可愛いよって言葉じゃなくて、勢いづいたソイツであった。


「私、へーかに隠し事をされたこと、シャオユンはそれを知っていたことが、気に入らないんですね?」

「そうみたい」


 はあ、と頭を抱えるルネッタに、ソフィは笑いを収めようと頑張って失敗している。くふくすと漏れる声はけれど不思議と嫌ではないので、ルネッタはもう一度溜息をついた。


「へーかだって私に言えないことがあることくらい、わかってます」


 だって彼は王様だ。

 言えること、言えないことがあるのは当然だ。それ以前に、この世のことをなーんにも知らんルネッタは聞いたって理解できないことばかりなのだ。勉強中、と言うことすら烏滸がましい婚約者()()()に、何が言えるってんだ。


「それに、隠していたのは私のためです」


 ルネッタが暴走しないようにヴァイスは湖のことを隠していた。それも聞いた。

 ルネッタはちゃんと納得しているのだ。なのに。


「何が気に入らないんですか」


 ソフィに言ったってしょうがないのに、言葉はまるで他人事のように飛び出していった。当のソフィは気を悪くするどころか、ますます笑い出してしまった。ソフィが楽しいなら何よりだが、ルネッタはちっとも楽しくない。なんて我儘なんだろうと自分が嫌にすらなる。そんなルネッタを見透かしたように、ソフィは「気に病まないでね」と目尻に浮いた涙を指でぬぐった。


「ねえ、ルネッタ。これってね、どうしようもないのよ」

「これ?」


 そう、とソフィは笑う。


「わたくしも思ったわ。こんなことで、って。それでね、頭で理解している事と心が感じる事って別なんだって、当たり前のことを思い出したのよ」


 なるほど。ソフィが笑っているのは、ルネッタが変な顔をしているからだけではなくて、自分が体験したことを思い出しているからなのかもしれない。ルネッタから目線を外して笑う横顔が可愛らしいので、ルネッタは首を傾げた。ソフィに何があったんだろう。

 ソフィが何を言おうとしているのかも、未だルネッタはさっぱりとわからんが。


「うーん、これってわたくしが言って良いのかしら?」

「何をですか?」


 思わず前のめりになるくらい、ルネッタはソフィが続ける言葉を待っているのに、うーん、とソフィはまだ悩んでいる。でも、なんだか楽しそう。何。何を告げられるのだ。

 ちょっと怖くなってくるルネッタを、ソフィは「でもルネッタが一人で悩んでるのも可愛そうだし……」と眉を下げて見つめてくる。ので。ルネッタの眉も下がる。もともと下がっている眉がもっと下がっていくのが自分でもわかるほどで、モヤッとさんもびっくりして大人しくなった。


「……わたくし、久しぶりにルネッタの顔を見てびっくりしたのよ」

「え?」


 いやびっくりしたのはルネッタだ。話題が突然変わったんだもの。

 ルネッタに「何か」を告げるか否かの話から、ルネッタの顔の話になった。え。もしかしてルネッタの顔が変とかそういう話?


「ルネッタ、とっても自然に笑うようになったのね」


 違った。とってもとっても優しく笑うソフィに、ルネッタは自分の頬が熱くなる。なーに。それ。なんか、恥ずかしいんだけど!


「とっっっても可愛いわ! とっても素敵」

「……そ、ふぃの、ほうが、すてき、です」

 

 なんとか切れ切れに言うと、ソフィはパチパチと瞬きをしたあと「ありがとう」と笑った。出会ったときから少しも変わらない、いや、もっと可愛くなった気がするあったかい微笑みに、つられるようにルネッタの口元が緩む。

 お城のキラキラした夜会で出会ったあの日、どっかの王子様の婚約者として立っていたソフィは、ルネッタの目にそりゃあもう眩しく映った。非の打ち所のない笑みを浮かべたあのソフィも素敵だったけれど、ルネッタには今のソフィはもっとずっと素敵に見える。


「ソフィ、前に会ったときよりもっと可愛いです」


 不思議だな、って思ったそれをそのまま伝えると、ソフィは大きく目を開けた。

 ふたっつの目が、まるんと広がってそして、ゆっくりと細められる。花が開くように。ゆっくりと。美しく。


「だとしたらきっと、リヴィオのおかげだわ」

「リヴィオさん?」

 

 リヴィオがなんぞすっごい美容法でも知ってんのかしらって、そんな言葉を挟む前に、ソフィは真っ直ぐな瞳で柔らかく包むように言った。


「ルネッタは……ルネッタのその日々にいるのは、誰かしら」


 ルネッタ、と呼ぶ声は誰のものかって、問の答えは、それは──。





またもお久しぶりの更新となってしまい申し訳ありません。

いろいろあったのですが、ようやくの冬休み!社畜からの開放!ということで連続更新やります!!

のんびりタイムのお供にしていただけましたら幸いです。


ところでコミカライズは皆様ご覧いただけておりますか!

シリアス展開に向かってお話が進んでいますね…。ルネッタのつらそうな様子に胸が痛くなりますが、それにしても変わらず絵が!美しい!!魔女らしいルネッタの美しさがたまりません。

コミカライズ第3巻も絶賛発売中です!

今回も描き下ろしが「おバカワイイ」のでぜひお楽しみください…!

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― 新着の感想 ―
なんだこの可愛いふたりは!なんだこの可愛いやりとりは! 悶えながら拝読しました! このふたりにしか出せない、優しさに包まれた雰囲気が大好きなのです! ルネッタが少しずつこうやって人を頼ってて、ソフィ…
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