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魔女を嫌いな国16

「ああ、違いますよ。貴女にではありません。ご事情は痛いほどにわかりましたし、ルナティエッタ様が良しと仰るなら、俺にとやかく言う権利はありませんからね。ええ、俺がどう感じていようとも」

「お前ほんと嫌味な奴だよね」


 呆れたように言うトゥレラージュにフン、と鼻で笑った怖い顔のシャオユンは、ヴァイスを見る。


「陛下が俺のように髪や目の黒い者をやたら配置なさる意図はわかりましたが、そもそもなぜこの話を公になさらないのですか」

「え」

「え」


 トゥレラージュと二人で声を上げ、ルネッタはヴァイスを見る。何それそんなことやってたの???? 二人の視線に、ヴァイスは「まあな」と偉そうに頷いた。


「ルネッタとこの国を切り離しはしたが、ルネッタが一度も訪れないってのは、無理があるだろ。里心がつく、は、まあねぇだろうが、研究、神の対策、ただの好奇心、理由はいくらでも思いつくからな。実際、言い出しただろ」


 ほいと親指を指され、来たいって言わないほうが良かったってことか?ってな空気を感じてちょっと気まずいルネッタに、ヴァイスは「勘違いするなよ」とどうでも良さそうに言う。


「いつも言ってんだろ。お前はお前の好きにすりゃあいい。だが、お前がこの地を踏む時に、偏見の目は少しでも減ってる方が良いに決まってる。黒いのがやたら歩いてりゃ、お前も紛れるかと思ってな」


 なるほど! これが木を隠すには森ってやつだなと感心したルネッタが拍手しようとした瞬間に、トゥレラージュが「で?」と笑った。


「本心は?」

「嫌がらせ」


 これも嫌がらせだった! 堂々と言い放つその威厳たるや! さすがはヴァイスである。


「ぐす、ワン様や、他の方々の黒い髪や目を見る度に、ぐす、怯えている皆は愉快にございました、ぐす」


 テレーゼまで! ぐすぐすと鼻をすすりながら言うことかなあ。やたらみんなルネッタにヴァイスの影響を受けていると心配そうに言うけれど、これこそヴァイスの「悪い影響」を受けているのでは。

 いやいやけれど、ルネッタはテレーゼ自身のことを知らないからな。決めつけるのは良くないとルネッタは聞かなかったことにする。


「ですが、根本を正さなくては意味がないでしょう。このままでは、ルナティエッタ様は国殺しの魔女と恐れられるばかりではありませんか」

「何が悪い」

「は」

「え」


 口をあんぐり開けたシャオユンとテレーゼをよそに、「なあ?」とヴァイスはルネッタを見た。今日の朝ご飯美味しかったよね、くらいの軽さに、ルネッタも「はい」と軽く頷いた。朝ご飯、美味しかった。


「へーかも怖がられてます」

「それとこれとは違うでしょう」

「へーか格好良いです」

「おう」

「おう、じゃありません。悪役に憧れる子どもじゃないんですから」


 言い得て妙である。たしかにヴァイスは正義の味方か悪役かつったらそりゃあ悪役だ。そんでルネッタは大人か子どもかっていやあ、子どもである。

 納得しちまうルネッタに反して、シャオユンはイライラとした態度を隠さない。ヴァイスは「あのなあ」とあぐらをかいた足の上で頬杖をついた。


「全てを明かせば国が混乱するだろう」


 シャオユンは、何かを言おうとして、でも音にはせずに口を閉じる。ヴァイスは気にした様子なく続けた。


「この国はな、本来やり場がない『災害による苦しみ』を『国殺しの魔女』っつー、人身御供にぶつけさせて『国の災厄を封じた王』をつくることで心酔させる、宗教団体みてぇなモンなんだよ」


 たしかに、とトゥレラージュは耳の下辺りを人差し指で叩いた。瞳は、きょろりと空を見ているので、考え事をする時のクセなのかもしれない。


「信者から教主を取り上げてみろ。大騒ぎだ。それに、俺達の話を信じた奴はどこにいるのかもわからん『神』にびくびくしなきゃならん。水を使った魔法が得意ってだけの魔道士を疑う奴だっているかもしれねぇ。これまでの恨みを晴らす、つってクーデターを企てる奴だって出てくるだろう。反対に王を信じ切っている奴は、『虚言に惑わされる非国民』と隣人を罵ってもおかしくない。話を信じる信じないじゃ済まねぇ、内乱が起きるぞ」

「それは嫌です」

 

 きっぱりと言ったルネッタに、ヴァイスは「だな」と小さく笑った。

 ルネッタたちは国が平和であるようにと王女としての責任を果たし続けてきたのだ。それをルネッタがしっちゃかめっちゃかにするだなんて、とんでもない。ルネッタはこの呪いを終わらせる気満々だけれど、終わりってそういう意味じゃないものね。それじゃあほんとに国殺しの魔女になっちまう。

 ルネッタが憧れるのはあくまで「悪役っぽい」ヴァイスの姿であって、内乱の原因(悪人)ではないのである。

 が。


「シャオユン、ごめんなさい」

「え」

 

 シャオユンの怒りはルネッタのためだってことは、ルネッタだってちゃんとわかっている。


「怒ってくれてありがとうございます」

「ルナティエッタ様……」


 いやあ、ね。だって、ルネッタも王様には腹が立ってお城をふっとばしているからね。シャオユンの案に両手を上げてさんせーい! といかないだけで、怒ってくれるのは嬉しいのだ。

 ヴァイスもシャオユンを否定する気はないらしく、「使い方の問題だ」と頷いた。


「相手の価値観をぶっ壊そうって正論は暴力にすぎねぇが、俺はその正論を暴力の理由にして王になった人間だ。お前を非難する気はねぇよ。……俺は自分のしたことを後悔してねぇからな」


 ヴァイスの眼は、とても静かだ。

 遠くを眺めるように視線を飛ばす、深い深い紺色の底にある色が、ルネッタには見えない。

 胸の奥を引っかかれるようで、ルネッタはヴァイスの袖を引きたくて手を伸ばすが、その手が届く前にヴァイスは、ふ、と小さく息を吐いた。

 再びシャオユンを見上げる。


「だがこれは、俺やお前の問題じゃない。これは、ルネッタやルネッタの先代の魔女たちの()()だ。だから、いいか。ぶん殴るんじゃねぇ」


 シャオユン、と名前を呼ばれ、シャオユンの細い眉が跳ね上がる。


「嬲り殺せ」


 物騒。え? 物騒だよね? なんだかすっごく物騒で陰湿な感じの言葉が聞こえた気がするのはルネッタだけ、ではないようだ良かった。ルネッタは安心する。

 だってトゥレラージュは笑い転げているし、テレーゼは目をパチパチさせている。涙が止まったようでなによりだ。やっぱり泣いている人にはビックリが効くんだな。


「時間をかけるんだ。一年前にルネッタの存在が表に出ている以上、貴族にはすでに不信感を持っている連中がいるだろう。国民だって馬鹿じゃない。()の政治体制に気づいている奴は、違和感を感じているはずだ。そこを突く。いきなりしかけるから混乱が起きるんだ。じっくりと、少しずつ、猜疑心を大きくしてやる。膨らんだ疑いが弾けるとき、神を説得できているように調整すんだよ」

「神を説得って……どこにいるかもわからないのに何を仰るのですか。大体、世論の調整だなんて」

「それは政治の基本だろ」


 難しい話がわからないルネッタには、シャオユンの表情から「無茶を言っているんですね」ということしか読めないが、ヴァイスがあっけらかんとしているのでいまいちピンとこない。

 とりあえず、「神を早く捕まえましょう」とルネッタは心に決める。もとよりそのつもりであったが、ルネッタがお外に出たことは、ルネッタの想定とは違う影響が国にあるらしいのでペースアップが必要そうだ。のんびりしちゃおれんな。


「そういえば、王は陛下が離宮に閉じ込めているんですよね。今は女王を立ててるんでしたっけ」


 トゥレラージュの言葉に、ルネッタはこくりと頷いた。

 ルネッタが「王が受け継いでいる」その内容を知ったのは、つい最近、喧嘩をふっかけられて城に乗り込んだときに、ヴァイスが書記を見つけたからだ。

 書かれていた事実に、ルネッタの怒りはどびしゃーんと弾けた。大爆発だ。それで城をふっとばしちゃったわけである。

 そんでもって、ルネッタの魔法に恐れ慄く王に、ヴァイスは真実を公表しないことと城の再建をチラつかせ、三つの約束をさせた。


 一、ルネッタを家系図から外すこと。そんで今後ルネッタとは一切関わらず、言葉も文も交わさないこと。

 二、王は退位し、長女を女王として即位させること。

 三、退位した王は外部と連絡が取れない離宮で一生を過ごすこと。


 立派な国盗りであった。

 なぜって、この国の歴史に女王はいない。王女が君主として椅子に座るための教育を受けていないことは明白であった。案の定、ヴァイスは自分の国から宰相と「女王のサポート役」なる人員を派遣した。なんだサポートって。ルネッタにだってわかる。


 今、この国の実権を握っているのはヴァイスだ。


 さらに建設中のお城は、元のお城とは真逆の黒ときたらもう、誰の国だかいよいよわからん。

 ルネッタが恨まれてもおかしくはなかったが、「簒奪王」と名を馳せるヴァイスの悪役顔は、ルネッタの存在をかき消した。

 

「国を殺すのは魔女じゃねぇ」


 どっかの悪の巣窟にお出ししても恥ずかしくないくらいの悪人顔でニヤリと笑うヴァイスに、トゥレラージュも笑った。


「ルネッタは陛下と婚約するまで療養していたことになっていますが、この国の人間なら気づいたたでしょうね。『次の魔女は生まれていた』って」

「実際、王は俺との婚約について『災を相応しい国に遣わせた』とかなんとか言ってたらしいからな。今までは聞こえなかった『国の中だけのこと』が俺の耳に入ってきてんのは良い傾向だな」


 けらけらと笑うヴァイスに、ルネッタは目を剥いた。

 災いが相応しい国ですって? なんて言い草だろう。あったまきちゃうな。平和が似合う国は世界中にあれど、災いが似合う国なんてあるか馬鹿ったれ。魔法が使えようが使えなかろうが、人は生涯を平和な時の中で過ごすべきである。


 どうやっても好きにはなれない「元」王の発言に、ルネッタは怒りがふつふつと湧いてくる。ヴァイスと一緒に旅をしていた騎士のリヴィオが王をコテンパンにしてくれたけれど、ルネッタも一発くらい殴っておけばよかったかもしれない。いやあ、でもルネッタは非力だからなあ。殴った自分の手がポキっといっちゃいそうな気もするから、全力で大暴れできるのはやっぱり魔法だな。お城を木っ端微塵にしたのは正解だったのやもしれん。


「そういうわけで、だ。ルネッタ」

「はい」


 ぽす、とルネッタの後頭部をヴァイスの手のひらが覆う。一人で怒りを滾らせていたのに気づいたらしい。「怒ってる場合じゃねぇ」とヴァイスはシニカルに笑った。


「神をとっ捕まえて、終わらせるんだろ」

「はい。私が最後の魔女になります」


 真実を知った時に、ルネッタは決意した。

 うじうじねちねちサーネットを探しまわっているらしいはた迷惑なストーカーをふんじばって、諦めさせるのだと。

 サーネットと神、どちらかが要因なのか、或いは引き合っているのか、それはまだルネッタにはわからぬが、神が諦めれば、国殺しの魔女はもう生まれないだろう。

 力強く頷くルネッタに、ヴァイスは頷き返す。


「本当に呪いの正体を明かすのかは、その時にお前が決めろ」

「私が決めて良いんですか?」


 じっくりと準備を進めていくのだと今聞いたばかりだ。手間暇かけて立てた計画を、ルネッタの手に委ねて良いのか。

 驚くルネッタに、ヴァイスはしっかりと頷いた。


「お前だけに権利がある」


 




 



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