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魔女を嫌いな国14

「え、でも、それじゃさっきのルネッタの話と違うじゃないか。まさか……」


 トゥレラージュの声が震えていることに気づき、ルネッタは慌てて駆け寄った。

 グローブから出ている指先はひんやりと冷たい。ルネッタはぎょっとしてオレンジの瞳を見上げた。


「お兄ちゃん、顔が真っ青です。大丈夫ですか。回復魔法をかけますか?」

「ルネッタ……」

「変な話をしてすみません。具合が悪くなりましたか? それとも……もしかして私の魔法で怪我をしましたか?」


 シャオユンがいるから大丈夫、と考え無しに魔法を置いてきちまったルネッタだけれど、あの後何か起きてしまったんだろうかと途端に不安になる。

 自分の手を離れてしまった魔法がどのような作用を及ぼすのかは未知数だ。おまけに、神の気配が漂う土地ときた。水と風の相性は悪くないし、ルネッタの想定外の事態が起きていてもおかしくない。

 どうしよう、とそのルネッタの不安に気づいたように、トゥレラージュは目を細めた。


「ありがとうルネッタ。お兄ちゃんは元気だよ」

「へーかが、元気のない人ほど元気って言うから信用するなって言ってました」

「うっわ、痩せ我慢世界代表が何を仰ってんだろな」


 こぼれ落ちるみたいに小さく笑うトゥレラージュに、ぽすぽす、と頭を撫でられルネッタは首を傾げた。

 それで? とヴァイスに続きを促すトゥレラージュはたしかに平気そうだ。でもやっぱり信用できないので、あとでちゃんとみせてもらおう、とルネッタはこっそり頷く。

 

「陛下、呪いの正体を国民は知らない、なんて言いませんよね」

「この話をまとめた書記を封印した部屋は、王だけが代々受け継いでいたようだ。俺達が見つけなきゃ、誰にも言うつもりはなかっただろうな」

「あ?」


 ぴゃあとルネッタは思わず近くに立っていたヴァイスの袖にくっついた。

 だって。あ? って。あ? って。トゥレラージュが! 何あの声! 顔!

 上品でキラキラしたトゥレラージュは一体どこに!! これじゃあまるで


「へ、へーかみたいです」

「どういう意味だ」


 いつもキラキラにこにこしたトゥレラージュと別人の如きお顔は「ちなみに陛下」と地響きみたいな声で言う。


「王女はその後、どうなったんですか」

「神と二度と会えないように、封印された部屋に閉じ込められたそうだ。事情を知らない連中は、降り止まない雨に王女が国を呪っていると怯えたらしい。もともと髪と目の色、魔力量から異端扱いされていた王女だったらしいからな。……神を怒らせた、なんて国民に知られるわけにいかねぇ王としては、好都合だったのかもしれんな」

「で?」


 トゥレラージュの唸るような声に、ヴァイスは小さくため息をついた。どんな意味のため息かわからんが、ルネッタもため息をつきたい気持ちになる。ルネッタからすれば、まっこと馬鹿らしいうえに大迷惑なことだもの。


 神様を怒らせちゃったので雨が止みません、って言いたくないのならば、サーネットを神のもとに帰してやればまるっと収まったのに。残された書記によると、どろどろどろどろと絡み合う思惑があったようで、それは叶わなかった。


「神を恐れた王の手によって王女サーネットは殺された」

「なっ……!」

「だが神の執着はそれで終わり、とはならなかった。後は、ただただ繰り返すだけだ」

「黒い髪と黒い目の王女……サーネット王女の魂がこの世に戻ったことを知ると、神が嘆き雨が降る……?」


 眉を寄せたシャオユンに、ルネッタは首を振る。うーん、おしい。


「反対です」


 ち、と舌打ちがルネッタの頭に振ってきた。

 見上げると、ヴァイスも眉を寄せて不愉快を煮詰めたみたいな顔をしている。眉間の皺の深さと濃さときたら、地図に描かれた山脈かなってぐあいなんだけど。不思議とルネッタはヴァイスの不機嫌な顔は怖くない。なんならその眉間をつっついてみたい気持ちにすらなるから本当に不思議だ。


「魔女たちは生まれてすぐ、神に感知される前に魔法をかけられ、封印された部屋に移される。魔力が強くなるにつれて、気配を悟られないようにと魔女自身も先代の魔女の手記に従い自分に魔法をかける。そうだなルネッタ」

「はい。『なぜか?』までは突き止められませんでしたが、そうして自分の成長に合わせて魔法を重ね掛けし続けることで、雨が続かないことがわかったようです。ただ、」

「死を迎える時、魔法が弱まれば魔力が漏れ出る。部屋の封印よりもずっと強い魔女の魔力は牢の外に漏れ出て、神が知る頃には魔女はこの世にいない。そして再び嘆きの雨が降る。──だからこの国は、魔女の死を恐れ、管理したがっていた」


 ルネッタの説明を遮ったヴァイスは、口にしたくないものを突っ込まれた、みたいな顔で吐き捨てた。あれだ。ヴァイスに嫌いなキノコを無理やり食べさせられた時のフェルの顔と似ている。いつもスマートなフェルがあんな嫌悪でいっぱいな顔をするなんて、ルネッタはちょと感動したものである。キノコすごい。

 ところでヴァイスが口にしたキノコはなんだろう。

 ルネッタにはヴァイスのことがよくわからないけれど、そんなにも嫌なら自分で説明したのになあと思う。と同時に、胸がぎゅうと苦しくなった。

 ヴァイスと一緒にいると、あったかくなったり苦しくなったり、ルネッタの心は大忙しだ。


「あ」


 ルネッタは、テレーゼを見やった。

 テレーゼは両手で顔を覆って、また泣いているようだった。

 いつも無感情に振る舞う、目を合わせることもなかったしゃがれた彼女の声が、けれどもいつも悲しみを含んでいたことを、ルネッタは知っている。

 なぜかはわからなかった。

 テレーゼが悲しむ理由も、自分がそれに気づいた理由も、魔法と呪いを背負う責任しか持たないルネッタには、なんにもわからなかった。

 けれど。


 ルネッタは、テレーゼにてってこと歩み寄る。

 言葉にならずに、ぼたぼたと地面に落ちていくそれが後悔だと、今のルネッタにはわかるのだ。


「テレーゼはずっと、私を心配してくれていたんですね」

「っ」

「さっき話してて、おかしいなって思ったんです」


 王女らしくあれ、と育てることはつまりは洗脳だと、魔女たちは知っていた。

 あの部屋の中で大人しく国のために魔法を使わせるために鎖の一つだと、そんなことはわかったうえで、魔女たちは王女である自分を誇っていた。

 王女たれ。

 それは王が魔女を封印するための鎖であると同時に、捨てられた魔女たちが自分の精神を繋ぎ止めるよすがでもあったから。

 とはいえ、だ。


「マナーまで私に教える必要はなかったですよね」


 だって、どうせまともな食事は出ない。

 ルネッタの前に顔を出す人間だって、たかが知れている。向こうはルネッタを人間だとも思っちゃいないだろう。ルネッタがどんな振る舞いをしたって、ルネッタの扱いは変わりゃしない。


「食事のマナーも、言葉遣いも、字を綺麗にかけるかどうかだって必要ない。身だしなみを整えることだって、あの部屋で生きて死ぬなら、必要なかったですよね」


 事実、あの部屋には食事のマナーはおろか、「王女の振る舞い」について語る手記は一冊もなかった。それどころか、文法も文字もぐちゃぐちゃな手記がたくさんあった。

 なのに、ルネッタはヴァイスの城で大きな苦労をしていない。そりゃあ、完璧とはいかないけれど、少なくともフォークとナイフは使えたんだから。今だってヒールの靴を履いて走り抜けられたのは、幼いときからテレーゼがきちんとした靴をルネッタに用意していたからだぞ。

 考えてみりゃ、お辞儀の作法だっておかしいんだ。


「貴女が私に教えたのは、頭を深く下げる臣下の礼じゃなかった」

「っ」


 ルネッタが初めてフェルに会ったあの時、()()()()()()()()()ができたのは、テレーゼがそれを教えてくれたからだ。

 長い長い、気が遠くなるほどの長い間、国殺しの魔女はただ恐ろしい呪いとして扱われてきた。ねえ。でも。たった一人。たった一人だけ。


「貴女だけが、私を王女として育ててくれたんですね」

「っ」


 テレーゼはルネッタに何度も言った。

『父だ母だ姉だと、そんなものは、貴女にはない。貴女は、ここで生きて、ここで静かに死ぬのです』

 何度も。

『誰がなんと言おうと、貴女はこの国の王女だ。王女らしく、国の為に生きて死ぬのです』

 何度も。


「あれは、だから誰に何を言われても傷つくなって、励ましてくれてましたか?」

「励ますなど!」


 テレーゼは弾かれたように顔を上げた。

 涙に浸された金色の瞳。深い皺。

 こんな顔だっただろうか。こんな人だったろうか。ルネッタの胸が苦しくなる。


「あの時わたくしは自分だけはマシだと思っていた、自分だけはあいつらと違うと、でも、同じ、同じよ、貴女を連れて逃げるどころか、優しい言葉一つかけられなかった! だって、なんて言えばいいの? 国のために死ねと言う口で、牢に鍵をかける手でっ……たとえっ」


 歯を食いしばるその向こうで飲み込んだ言葉はなんだろう。

 ルネッタが思わず、ぼとりぼとりと落ちていく涙を両手で受け止めると、テレーゼはぎゅうと目を閉じた。何か、どうしても言いたくない、言ってしまいそうになる言葉を、必死に押し留めるように。


「テレーゼ」

「っ」


 テレーゼは、「言わない」とぶんぶんと首を振った。

 それを見て、ルネッタは考える。

 テレーゼが隠す言葉を聞かない方が良いのかもしれない、と。だって、テレーゼが言いたくないならば、無理に聞き出すのはかわいそうだ。ルネッタだって、ヴァイスに秘密にしたいと思うことくらいある。まあ、すぐにバレてどっちみち怒られるんだけどさ。けれども、怒られると案外スッキリするもんだ。隠し事をしてモヤモヤするよりも、すぱっと怒られた方が楽だなあってルネッタは思っている。

 だからルネッタは言った。


「言いなさいテレーゼ」

「っ」


 震えるテレーゼの両手を、そっと握って。

 王女たれ。ルネッタをそう育てた乳母は、ぐしゃりと顔を歪めると、叫ぶように言った。


「たとえ、この両手で育つ貴女を愛おしく思おうと、わたくしに貴女を愛する資格はないのです!」


 






間が空いてしまい大変失礼いたしました。

おかげさまで、なんとか復活しました!

更新がストップしている間も見てくださった方や評価してくださった皆様、有難うございました。

また、誤字脱字のご指摘も有難うございます。

連続更新はチェックが甘くなってしまい申し訳ないです……。


過去編終了まであと少し。またお付き合いよろしくお願い致します!!



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― 新着の感想 ―
[一言] 涙が止まりません……(;_;) ルネッタがテレーゼにかけた言葉が優しくて、だからテレーゼの心情を想像するとすごく痛くて、最後のテレーゼの叫びで涙腺決壊しました。テレーゼの立場苦しい……でもち…
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