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魔女を嫌いな国13

「あのストーカーから逃げるのは大変ですよ」

「え、ストーカー? 神様が?」


 ぽーんと飛んできた声にルネッタが驚けば、トゥレラージュが目をぱちくりさせている。オレンジ色の宝石が落っこちてしまいそうだ。


「お兄ちゃん」

「はい、ルネッタのお兄ちゃんで騎士のトゥレラージュくんですよ。もー、やめてよぉ。めちゃくちゃ焦ったじゃん!」


 疲れたー! とトゥレラージュはルネッタの隣に座り込む。一生懸命追いかけてくれたんだろう。お洒落なトゥレラージュらしからぬボッサボサの髪にルネッタの良心が痛んだ。でもルネッタは悪くない。


「神の気配がしたので、放っておけませんでした」

「それだよ。この国にいる神ってそんなやばいの」

「だからテレーゼ殿が結界を張っていたんだよ」


 トゥレラージュの質問に答えたのはシャオユンだ。

 ルネッタと目が合うと、「心配いたしました」と眉を下げるので、ルネッタの良心はまたまた痛んだが、でもやっぱりルネッタは悪くない。


「ストーカー野郎をぶん殴らないといけないので」

「こらルネッタ! レディが人前でそんな喋り方いけません!」

「人前じゃなきゃ良いのかよ」

「それくらいでないと、我らが王の婚約者は務まらんでしょ」

「それはそうだが、明らかに誰かさんの悪影響受けてるだろ。見ろよ、テレーゼ殿が驚いておられる」

「!」


 一斉に全員の視線が集中したテレーゼは身を固くし、その衝撃で涙が止まったようだった。なるほど。泣いている人を前にして困ったときは驚かせばいいのかもしれない。人がびっくりするような魔法を考えておきましょう、とルネッタは本日の失敗を次に活かすべく決意する。できれば誰かが泣いているところに居合わせたくないものだけど、人生何があるかわからんからな。ストーカーになる神様がいるくらいだもん。


「それで、ストーカーで神様って、いったいなんなの」

「呪いの正体です」

「え?」


 ルネッタは、立ち上がると胸に手を当てた。

 身体を構成する魔導力には乱れがない。これなら大丈夫そうだと、ルネッタは一歩を踏み出す。たった一歩。ほんの一歩なのに、湖から漂う気配が強くなったような気がして心底不愉快だ。


「この湖には、きっとずっと神がいたんだと思います。部屋を壊したときに魔女の書記を空に還したので……もうこの国にはサーネットの魂がないことを悟ったんだと思います。彼女を探しに行ったんでしょう。なぜあのときに気づかなかったのか……あ」


 旅の途中で出会った、神アズウェロはなんと言ったか。

 ぬいぐるみのような姿で、そうだ「この国に神の片鱗が漂っている」 「この国は動きづらい」と零していた。

 つまりこの国にとっては、()()()()が漂っている状態が当たり前で、「異常」として認識されないのではないだろうか。だから、誰も神の存在に気づいていなかったのだ。ならばルネッタだって気づくわけがない。

 第一、生まれたときからずっと結界を張った部屋で過ごしてきたのだ。「通常」の状態がわからぬのに「異常」がわかるもんか。


 ではなぜ、テレーゼが結界を張っていたにもかかわらず、ルネッタは今日になって気配を察知できたのだろうか。うーん。ルネッタが成長したからかな。そうだ。そうに決まっている。まるで呼ばれたようだ、なあんて。ね。そんなそんな。はははは。神様にはぜひともルネッタと関わり合いのない場所で健やかに生きてほしいものである。サーネットを探しにどこへでも行ってくれ。


「神は、そのサーネットのストーカーってこと? 待って、サーネットって何者?」


 トゥレラージュの問いに、ルネッタはこっそりシャオユンの反応を伺う。

 ルネッタを森に近づけるなと指示を受けていたシャオユンは何をどこまで知っているのか。

 シャオユンは顔色一つ変えず、じっとそこに立っていた。ルネッタは、湖に視線を戻す。


「サーネットは、始まりの魔女です」


 サーネットは、とても美しい王女だったらしい。同時に、とても自由に魔法を操る魔道士だったという。

 金色の髪と目の人間ばかりの国で、魔力が多すぎるが故に黒い髪と黒い目を持ち生まれた彼女の名を口にするのは、ルネッタくらいかもしれない。彼女の名前は忌み名となり、誰も口にしない。


 なぜならば、この国で最も偉大で最も恐ろしく最も醜悪な魔女こそが、サーネットだからだ。

 国を呪った魔女。

 国を滅ぼしかけた魔女。

 国民の深い恨みと悲しみの先に立っている最初の王女は、何度も何度も生まれなおした。その度に、神はサーネットの魂を探し求める。


「神は、そのサーネットのストーカーってこと?」

「らしいです」

「らしい」


 はい、と返事をしながらルネッタは湖の前に立った。

 嫌味なほどに美しい水面に、ルネッタが映り込む。

 サーネットもかつてはこうして、水面を眺めていたんだろうか。神と手を取り合って?

 それって、なんだかとっても不愉快だ。


「サーネットは神とこの森で会っていたそうです。……膨大な魔力を持ち、神と頻繁に会っていたサーネットが、当時の王様は怖かった」


 ふう、とルネッタがため息を付くと、ヴァイスもため息を付いた。

 あまりにもくだらない話なので、ため息の二つや三つ出てこようというものである。こんなときに人はお酒を飲みたくなるのかも知れないなあとルネッタは酒場に集まる冒険者たちを思い出してみた。

 すると、「俺から話そう」とヴァイスが説明を引き受けてくれたので、ルネッタは頷いて湖に視線を戻す。

 やっぱりムカつくくらい綺麗だ。


「王はサーネットを城の部屋に封印をかけ閉じ込めたが、サーネットは神を求め、神はサーネットを求めた。まあ、そりゃそうだ。付き合いたてのカップルを引き離しゃ、手がつけられねぇことになるだろよ」


 なあおい、とヴァイスはうんざりしたように言う。


「恋人が突然姿を消した。お前ならどうする」


 問われたトゥレラージュは、「うわあ」と嫌そうな声を上げ髪をかきあげた。


「探すでしょうね」

「そうだな。神もそうした。サーネットの名を呼び、嘆きの雨を降らせながら」

「雨?」

「あちこちの国にいたなら、お前も神の伝承は聞いたことがあるだろ」


 この世にはいたるところに神の伝説が残っている。

 昔から、神は気まぐれに人の前に姿を現した。ときに人を救い、ときに悪戯をし、ときに怒りを顕にする。見えるのに見えない隣人を、人々は祀り敬ってきた。

 神は万能ではないし、彼らの物差しと人間の物差しは違う。


「神ほど、感情表現が豊かな存在はないでしょうね」

「天候を操るくらいだからな」


 さて、カンの良い方ならばそろそろお気づきだろうなあ。賢きルネッタの兄もまた、このくそったれな「伝承」の真相に至ったようである。

 拳を握り、眉間に皺を入れ、「ねえもしかして」と低い声で言った。


「国を荒らした呪いって、サーネットを探し続けてる神が泣きわめいているせい、とか言わないよね?」


 うーん。時に現実ってやつあ、信じられないことがまかり通るもんである。どう考えたっておかしいだろ! というようなことが平気な顔してのさばってたりするのだ。

 だからまあ、つまり。


「大正解です」

「こんな嬉しくない『正解』があるかなあ!」











 




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