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魔女を嫌いな国5

「お前、なんのために生きてんの?」


 うっせばーーーーーか!!!!!


 今のルネッタならそんな言葉も知っているのだけれど、生憎その頃のルナティエッタは知らんかった。お育ちがいいので。

 なあんて、嘘よ嘘。ルナティエッタの世界は、本棚の中にあるときだけが無限で、あとは冷たく四角い石の中。投げつけられる言葉がどれだけ酷いものかなんて、考えもしなかったってだけだ。

 だって、それが当たり前だったんだもの。

 それがおかしいことだって、だーれも教えちゃくれんかった。

 魔女たちもずっと、それが正しいことだと思っていた。信じていた。


「お前のせいで、お前たち化け物のせいで、俺たちがどんな思いをしているのか知っているのか!!!!」


 知るかばーーーか!!!!


 って。今のルネッタなら言えるかしらん。残念ながら、生まれたとっから死ぬまでが定型文で完結するルナティエッタの人生には、四角い箱の外で生きる人々の姿なんぞありはしなかった。

 あるのは、こうして投げつけられる悪意と、ひらぺったい無感情と、雑にばらまかれる嫌悪だけ。

 そうして生きていくと決まっていた。

 そうして死んでいくと決めていた。

 そうでなれなければならないと──


「ルネッタ!」


 ぱちん! と眼の前で音が鳴った。

 は、と息を吸うとすぐ目の前に長い指があって、その向こうでオレンジ色の瞳が心配そうに揺れている。

 指を鳴らされたのだ、とわかったルネッタは瞬きした。

 そうでもされなきゃならんほど、自分の頭ン中に閉じこもっていたらしい。ヴァイスにいっつも怒られるやつ。「話せ、口に出せ」と。そう言って、ヴァイスはルネッタの瞳をじっと覗き込むんだ。

 そのふたっつの深く深い紺色の瞳を見ていると、ルネッタはそれまで考えていたことを忘れっちまう。

 どうやってんだろな。ヴァイスは時々、そうしてルネッタの知らない魔法を使う。おかしいなあ。ヴァイスは魔法を使えないはずだし、ヴァイスの深いところで燃えているような色をした魔力は静かなまんまなのに。なんでもないと首をふるルネッタは、ヴァイスに「そうかよ」と髪をぐしゃぐしゃにされると、本当になんでもなくなるのだ。


 ──へーか。


 意味はないけれど、なんとなく口の中で転がしてみる。

 意味はないはずなのに、なんだか身体がぽっかりと暖かくなった気がして、ルネッタは胸のあたりを撫でてみた。 


「……どこまで、話しましたっけ」

「怪しいフードのおっさんが登場したところ」

「怪しいフードのおっさん」


 語感がおもしろくて真似すると、シャオユンが眉をひそめる。


「陛下ですよねそれ」

「そう」


 ルネッタが頷くと、トゥレラージュは「うはは」と声を上げて笑った。


「その時はまだ、へーかが偉い人だって知りませんでした。ただ、魔法にとても興味があるようで、あんな風に私に話しかける人は初めてで……」


 ルナティエッタを見下ろす人々の目は、いつだって濁っていたし、そもそもフードを被ってルナティエッタを見もしない人間がほとんどだった。

 なのに、あの日、あの冷たく暗い場所で、ヴァイスの瞳は信じられないほどに輝いていた。


「綺麗だと、思いました」


 ルナティエッタの魔法を綺麗だと言った男こそ、ルナティエッタには綺麗なものに見えた。


「……へーかは、本当に、次の日も、部屋に来たんです」







「魘されてたぞ」


 男は不機嫌そうに言うと、どっかりとその場に腰を下ろした。


「……冷たくないですか」

「お前はそこに寝てた」

「寝てたというか……」


 正しくは気を失ったのであった。

 久しぶりに人と喋って、とっても疲れたルナティエッタはそのまま床に寝転んだ。で、意識を飛ばしたんだろうな。ごつごつとした硬い石の床はそりゃあ、寝心地バツグンとはいかなかったけれど。ひんやりとした冷たさが心地よかったことは覚えている。

 身体が熱を持っているらしいと気づいたルナティエッタは、その夜、不思議な気分で夢を見た。


 首を絞められる夢だ。

 魔法が、絡みついている。魔法は、父王のものだ。

 いや、あれは父ではない。父と呼ぶなと、そう、そのときに言われたんだった。ルナティエッタに父はいないんだって。それから母もいないらしい。

 生きとし生けるものは父と母がいなけりゃ生まれないと聞いていたが、ルナティエッタ()()いないと言うから、いないのだろうなあ。んじゃどうやって生まれてきたんだって、聞いたところで答えは返ってこないだろうね。


 そういえば、と夢の外でルナティエッタは思う。ルナティエッタには姉がいると聞いたことがあったけれど、父と母が父と母でないのなら姉も姉ではないのだろうか。

 わからない。

 わからないことも、もう、悲しくはない。つらくもない。あ、首を絞められるのは物理的に苦しいからご遠慮願いたいけど。まあ、仕方がない。そういうもんだからな。


 夢の中で、ルナティエッタの身体が持ち上げられた。


 足がぶらんぶらんと揺れる。

 ああ苦しい。

 身体中に魔法の蔦が這い回り、ぎりぎりとねじりあげられるのが、心底不快だ。苦しい。もがけばもがくだけ、蔦が絡み合う。


 夢の外で、ルナティエッタはため息を付いた。なんて嫌な魔法だろう。美しさの欠片もない。効率も悪い。魔力が無駄に漏れているのはわざとだろうか。ははーん、なるほど。自分の魔力量を見せつけたいとか? いや、にしたって効率が悪い。

 王が何を考えているのか、頭の悪いルナティエッタにゃわからん。


「お前が息をするだけで、私の愛する民は涙を流す」


 王は「なんて忌々しいのか」と涙を流した。

 足元でうずくまる白いローブの男が「陛下……」と声を震わせる。ああ、そうだ。そう、この白いローブはルナティエッタに食事を持ってきたついでに、なんか色々と言っていたんだった。よくあることだ。やってくる白ローブたちの言葉を聞き流すのもルナティエッタの仕事だからね。仕方がない。


 ところが、その日はいつもどおりといかなかった。

 白ローブは喚くだけじゃあ足りなかったらしい。たまたまそこにいた、どっからか入り込んだ、小さなモンスターを蹴り上げたのだ。

 小さな身体が、鉄柵にぶつかる。その瞬間。


 爆ぜる雷。

 響く断末魔。

 焦げる肉の臭い。


 おぞましい、あまりにおぞましい雷は、高濃度の魔力と共に飛散し、王に異変を告げた。

 お前のせいで一族が滅んだ、お前は悪だ、お前は厄災だ、そんな真っ黒の言葉と一緒に、真っ黒になったモンスターが地面にぽったりと落ちていく。

 ただ、ここにいただけで。

 ただ、小さな身体で生まれただけで。

 名も知らぬモンスターは、たった一匹で、冷たい部屋で、理由もなく死んでいった。


「どうかこの悪魔のために、これ以上傷つかないでおくれ」


 王がそう言って泣き叫ぶ背中を撫でると、白いローブの男はその足元にうずくまった。

 ああ、そうだそうだ。それで、ルナティエッタは「民を傷つけた罰」を受けたのだ。

 夢の中のルナティエッタの前で、王は言う。


「この国で唯一の黒と赤を持つ化け物よ。この世の不幸は、お前が生まれる度に増え続ける」


 夢の外で、ルナティエッタはもう一度ため息をついた。


 今更。

 今更だ。今更、誰に何を言われても心は動かない。

 罵られようが、呪詛を吐かれようが、首を締められようが、大したことではない。

 

 なのに。


「おい!!」


 男の声は、ルナティエッタの全身をビリビリと震えさせた。

 ちょっとびっくりするくらいの大きな声。

 それから、汗びっしょりのルナティエッタを見る、驚いた顔。


「大丈夫か」

「……はい」

「魘されてたぞ」


 男の真っ直ぐな眼差しは、ルナティエッタの心を掻き回していく。


「……そうですか」


 じ、とルナティエッタを貫く光。

 どんな言葉よりどんな魔法より、凶暴な光。




「──お前、俺と来いよ」




 ごう、と風が吹いた。





更新が遅れてしまい、待ってくださっている皆様申し訳ありませんでした。

体調を崩したりシリアスパートを真面目に練っていたりと気づけば間が空いてしまった体たらく。

が!

こね終わりましたので、本日からルネッタ過去編終了まで、毎日更新スタートです!

はじかね本編の番外編も書きたいので、いろいろ頑張りたい所存です。

お付き合いいただけましたら嬉しいです。

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